【第69話】286年のコールドスリープと、絶望の到達目標
ゼレナ山脈の麓に広がる、薄暗く危険な森に入った。
俺たちの最初の目的地は、中腹ではなく、麓で暮らすガルシアさんの丸太小屋だ。
今回の移動には、強力な魔除け効果があった『青く光る遺物』が一つも無い。そのため、俺たちは息を潜めながら最短距離を急いで駆け抜けた。
幸いなことに、道中で大型モンスターと遭遇するような最悪の事態は避けられた。
「お久しぶりです。ガルシアさん!」
「おお、君たちか。……ということは、もう約束の3ヶ月が経ったのか」
小屋の前で薪割りをしていたガルシアさんが、斧を置いて俺たちを迎え入れてくれた。
さっそく、ジャック兄さんが王都でグランゼン様(俺の新しいパパ)に買ってもらった、最高純度の『ミスリルの剣』を彼に手渡した。
剣を鞘から抜き、白銀の刀身を月の光に透かしたガルシアさんは、感嘆の声を漏らした。
「ほう……! あの青い魔剣には一歩劣るかもしれないが、素晴らしい業物だね。これほどの剣なら、あの銀騎士の鎧も『斬れる』かもしれないな」
(いやいやいや! オリハルコンって、たぶん普通の物理攻撃じゃ『斬れない』はずの金属なのよ! なのにこの人ときたら、平然と斬る前提で話してるよ……呆れ)
俺は相変わらず人間をやめている剣聖の弟子に、心の中で激しいツッコミを入れた。
こうして最強の物理アタッカーを仲間に加えた俺たちは、そのまま山の中腹へと向かった。
道中、何事もなく無事に到着した。(※ガルシアさんが先陣を切って、立ち塞がるモンスターを何匹一刀両断にしたかは、恐ろしくて数えていない)
◇ ◇ ◇
かつて草原だった中腹の闘技場跡地。
俺たちがそびえ立つ『銀の城』の前に到着すると、まるで待っていたかのように、巨大な扉が重々しい音を立てて自動で開いた。
「入れ」……ということだろう。
俺たちは顔を見合わせ、無言のまま城の奥へと足を踏み入れた。
最奥の広間。例の台座の上には、すでに淡く光り輝くヴォルク師の魔力体が立っていた。
「……待たせてしまったね」
ヴォルク師は、3ヶ月前とは打って変わって、どこか満足げな笑みを浮かべていた。どうやら、彼の中で確固たる『解決策』が見つかったらしい。
「さっそく、聞かせていただけますか?」
エルウィンさんが、探るような冷徹な視線で切り出した。
ヴォルク師はゆっくりと頷き、語り出した。
「過去のデータベースや、考えうる様々なケースをシミュレーションして検討したのだが……」
少しの間を置き、彼は俺を真っ直ぐに見据えた。
「……調律者カールには、この城のシステムを使って『眠り』についてもらうしかない」
(……やっぱりか)
それは、俺たちも王都での3ヶ月の間に想像していた答えの1つだったため、そこまで大きな驚きはなかった。
……驚きはしなかったが、やはり「お前はこれから286年もコールドスリープしろ」と直接言われて、心穏やかでいられるわけがない。家族や仲間たちと、永遠の別れになるということだからだ。
「……その選択肢に至った、合理的な理由を聞かせてください」
エルウィンさんが、感情を交えずに質問する。
ヴォルク師の言葉は、俺たちの想像通りだった。
• 特殊な魔法である『テンパメント(調律魔法)』は、他人に譲渡・付与することが一切できない。
• 世界の重なりが起きる『286年後』というタイミングは、絶対にずらすことができない。
• 銀の城のコールドスリープ機能を使えば、彼の肉体を仮死状態にし、286年後まで『延命』させることができる。
「なるほど」とエルウィンさんは頷き、さらに質問を重ねる。
「……そもそも、なぜあなた自身で調律を実施しないのですか? まぁ、今となってはどうしようもない質問ではありますがね」
「ふむ、実はそれも検討したのだよ」
意外な答えが返ってきた。
「①この残された10年間の間に、何とかしてテンパメントを私自身が再現・習得する。②どうにかしてシステムのロックを解除し、もう一度スリープして危機の直前に起きる。③テンパメントを何とか私が実行する。……これらを模索してみたが」
ヴォルク師は首を横に振った。
「上記、3つともすべて『不可能』であるという結論に至った」
「……それに」
ヴォルク師は自嘲するように目を伏せた。
「そもそも、私如きが使えるような魔法ではないのだよ。あのテンパメントという代物は」
(ん? どういうことだ?)
俺は首を傾げた。あの規格外に強い5体の銀騎士の主人であり、2000年前の超技術を持つ世界から来た高度な闇魔法使い。
控えめに言っても、レベル45超えの超級……いや、レベル50は軽く超えていそうな大魔術師だ。そんなヴォルク師が「私如き」と卑下するなんて。
ヴォルク師は話を続けていた。
「他にも、再度私のいた世界から、別の船を送ってもらえないか? テンパメント以外の崩壊回避策がないか? 諸々の検討を重ねたよ」
しばらく、重い間が開く。
「……全部、無理だった」
ヴォルク師は静かに告げた。
「残念ながら、彼を眠らせて286年後に託す以外、もう世界を救う方法は残されていない」
俺は唇を噛み締めた。
(そうか。俺はもう、今の時代にはいられないのか……)
「ああ、1点勘違いされているようなので、補足をしておくが」
悲壮な覚悟を決めかけた俺に、ヴォルク師が人差し指を立てた。
「仮に君をスリープさせるとして、それは『今すぐ』ではない。……『10年後』を予定している」
「え? 10年後?」
「そうだ。その10年間、君には死に物狂いで『修行』に入ってもらう必要がある」
ヴォルク師は、俺の全身を値踏みするように見渡した。
「今の君の魔力は、レベル36といったところだろう。その若さでは驚異的な数値だが……せめて『レベル90』くらいまで到達していないと、そもそも世界の重なりを調律するテンパメントの反動に、肉体も魂も耐えきれず消滅してしまうのだよ」
「は……?」
「私如きではテンパメントが使えないと言った理由は、まさにそれだ」
――レベル、90。
伝説の究極魔法『アトミックブレイク』を編み出したという1800年前の大魔術師バルタザールが、レベル100だと言われていた。それに匹敵する、まさに神話の世界の領域。
衝撃的すぎる事実と、あまりにも絶望的な到達目標を突きつけられ――俺は、完全にその場に固まってしまったのだった。




