【第67話】王の御前と、突然の王族入り
リディア国の魔法師団副団長を務めるグランゼン様には、俺たちがゼレナ山脈へ「2回目以降の入山」をするにあたって、エルウィンさんから事前の報告を通していた。
グランゼン様は、ただの師団のトップというだけでなく、現国王の叔父にあたる由緒正しき『王族』である。彼を通せば、国としての便宜を図ってもらいやすかったからだ。
だが、さすがに今回の調査で判明した『世界の危機の詳細』や『エルティアの銀の城』といった規格外の出来事に関しては、まだ一切の説明をしていなかった。
そのグランゼン様から、俺たちが王都に帰還した直後、血相を変えた使者がすっ飛んできた。
「国王陛下みずからが、『世界の危機と、突如山に現れた銀の建物』について直々に詳細を知りたがっている」とのことだった。
帰国の翌日。驚くほどの速さで、王城での接見の場が用意された。
王宮の長く豪奢な廊下を歩きながら、エルウィンさん以外の俺たち4人は、ガチガチに緊張して冷や汗を流していた。
あの常に堂々としている腹黒令嬢のエルザでさえ、扇子を握る手がわずかに震えている。大貴族だからこそ、国王陛下からの『直接の呼び出し』がいかに恐れ多い異常事態か分かっているのだろう。
さらに最悪なことに、ここに来るまでの馬車の中で、我が引率者であるマッドサイエンティストもといエルウィンさんが、
「せいぜい、御前で下手なことを言って不敬罪で処刑されないと良いですね」ニヤリ。
という、最高にタチの悪い冗談(そして俺たちには絶対に冗談に聞こえない脅し)を言ってきやがったのだ。
マジでこの人は……俺たちの胃に穴を開ける気か!(怒)
◇ ◇ ◇
案内された接見の場所は、公式の儀式などで使われるような広大な『玉座の間』ではなく、より密室性の高い『王の執務室』だった。
部屋の中には、グランゼン様、国の政治を司る宰相、近衛騎士団長など、国の中枢を担う数名だけが厳しい顔つきで待機している。
俺たち5人は、ふかふかの絨毯の上に一斉に膝をつき、深く頭を下げて王の言葉を待った。
「よい。面をあげて楽にせよ」
重厚で、しかしよく通る声が頭上から降ってきた。
恐る恐る顔を上げると、そこには立派な髭を蓄え、鋭くも知的な眼差しを持った初老の男性――リディア国の国王『アルベルト・フォン・リディア』その人が座っていた。
「エルウィンよ、そなたとこうして顔を合わせるのは、12魔術師の任命式以来だな」
アルベルト王が、親しげに声をかける。
「ハッ。最後にお目通り叶ってより、随分と月日が流れてしまいました。陛下のお健やかなるお姿を拝見でき、何よりと存じます」
エルウィンさんが、いつもの狂気を微塵も感じさせない、完璧で優雅な貴族の礼を執って淀みなく答えた。
(すげぇ……あの変人が、まともな臣下に見える……!)
俺たちは事前に「お前たちは聞かれるまで基本喋るな」とキツく言われていたので、ただ黙ってそのやり取りを聞いていた。
会談が始まり、エルウィンさんから事の顛末――銀騎士との戦いや、ヴォルク師から告げられた『286年後の世界の危機』について――が、理路整然と報告された。
報告を聞き終えたアルベルト王は、こめかみを揉みながら深く息を吐いた。
「ふむ……。あの山の中腹に現れた巨大な建物が事実として無ければ、にわかには信じがたい、途方もないおとぎ話だが……。さて、どうしたものか」
そこで、傍らに控えていた宰相『クラウス・アイゼンハルト』が、重々しい口を開いた。
「……極めて、面倒なことになりますな」
感情に流されない冷徹で優秀な宰相として有名なクラウス様だが、今回ばかりはさすがに頭が痛いのか、少し顔を歪めている。
「このまま、我々も『山に現れた城については何も知らない』とシラを通すことも出来ますが……後に我が国の関与が判明した際に、他国から何を言われるか分かりません。そして、このままあの城を放置し続ければ、いずれ業を煮やした他国が、軍隊を組んで無理やりにでもあの銀の城に乗り込もうとする国も出てくるでしょう……」
(えっ!?)
俺は心の中で激しくツッコミを入れた。
あの傷一つ付かない無敵の銀騎士たちや、さらに意味不明なオーバーテクノロジーの塊である銀の城と、軍隊で戦争するかもしれないって!? そんなの、ありえない! 絶対に返り討ちに遭って全滅する!(汗)
「かといって……」と宰相は言葉を継ぐ。
「諸外国に対して馬鹿正直に『286年後に世界が崩壊する危機が来ます』と、銀の城の秘密を全て話してしまえば、各国がどんな反応をするか全く読めませんな。パニックに乗じて領土拡大を目論む国や、神の怒りだと暴動を起こす国も出るやもしれん……」
俺のような政治の分からない脳筋でも、それくらいは容易に想像がつく。
「人類の危機だから、みんなで仲良く手を組んで解決しよう♪」なんて綺麗事には、絶対にならないだろうなぁ……。
その後、宰相と王は深い考えの海に沈み、執務室には重苦しい沈黙が下りた。
――しばらくの沈黙の後。
アルベルト王が、ふと視線を動かし、俺の顔を真っ直ぐに射抜いた。
「……おまえが、カールか」
「は、はいっ! 陛下!」
突然名指しされた俺は、声が裏返りそうになりながら必死に答えた。
「平民の出でありながら、魔術師となるためにアークライト家の養子になったと聞いたが……間違いないか?」
「は、はい……間違いございません」
(なになに、超怖いんですけど……!)
俺の背中を滝のような冷や汗が流れる。
もしかして、「平民のくせに身の丈に合わない魔法に関わった罪」とか、「偽物貴族として国を混乱させた罪」とかで罰せられたりするのぉ!?
俺は顔を引きつらせ、処刑台の幻覚を見始めていた。
王は俺の返事を聞くと、短く頷き、エルウィンさんの方へ向き直った。
「では、エルウィン。ただちにその養子縁組を解消せよ。そして――」
王は、隣に立つ王の叔父を見た。
「グランゼン。そちが、このカールと新たに養子縁組をせよ」
「……………………は、はい?」
俺は、あまりの急展開にぽかんと口を開け、茫然としてしまった。
「承知いたしました。ただちに手続きを進めましょう」
エルウィンさんが、一切の躊躇なく深く頭を下げる。
「なるほど……。その方が何かと良いでしょうな。承知いたしました、陛下」
グランゼン様も、王の真意を完璧に理解したように深く頷いた。
えっ?
ちょっと待って?
なんで俺以外の大人たちは、みんな一瞬で納得顔になってんの?
平民の俺が、国王の叔父であるグランゼン様の養子になるってことは……つまり。
(俺、いきなり『王族(またはそれに準ずる超大貴族)』になっちゃうの!?)
事の重大さと政治的な意味を全く理解できないまま、俺は「世界の調律者」という厄介な立場を守るため、有無を言わさずリディア国の王族の端くれへと強引に組み込まれてしまったのだった。




