【第66話】名探偵エルウィンと、王様からの呼び出し
「……しばらく時間が欲しい。対策を検討し、3ヶ月後に改めて話そう」
ヴォルク師はそう言い残すと、台座からフッ……と幻のように消えてしまった。
どうやら、今回の種明かしと対話はここまでのようだ。
正直、次元だのデータのコピーだの難しい話ばかりで、終盤は何を言っているのかよく分からなかったが……たぶん、「あとはすごい未来人であるヴォルク師に任せて待てばOK!」という認識でいいはずだ。
俺は、ずっと背負ってきた重いバグの責任から解放されたような気がして、少しだけ肩の荷が下りるのを感じていた。
◇ ◇ ◇
銀の城を後にした俺たちは、帰路についた。
「何かあれば、いつでも声をかけてくれ」
森の出口近くまで見送りに来てくれたガルシアさんは、爽やかにそう言い残すと、道なき道をさっそうと戻っていった。(あっという間に見えない・・・あの人本当に人間か?)
俺は『カール・スマッシュ』の激しい反動で自力では一切動けない状態だったため、ジャック兄さんとクレムの両肩にガッツリと担がれながら街道を歩ていた。
俺たち脳筋トリオの3人は、無敵の銀騎士との激闘や、山から城が生えてきた超展開について、修学旅行の夜のように大興奮で語り合っていた。
ふと前を歩く二人を見ると、エルウィンさんとエルザが、何やらひどく難しい顔をして歩いている。
「……何か気になることでもありましたか?」
俺は不思議に思い、エルウィンさんに声をかけた。
すると、我が引率者はチラリとこちらを振り返り、美しい顔で冷たく言い放った。
「ふむ。本当に君たちのそのお花畑な脳みそがうらやましいですよ。人生、何も悩まずに済みそうですからね」
(なぜか急に直球の嫌味を言われた! なんでやねん!)
「エルザ嬢も、あの話を聞いていくつか気になる点があったのだろう?」
エルウィンさんが、隣を歩く腹黒令嬢に話を向ける。
「ええ……」
エルザは扇子をパチンと閉じ、鋭い目を向けた。
「あのヴォルク師という男……何か決定的なことを隠しているか、明らかな『嘘』をついているわね」
(えぇー!? 本当に!?)
俺は心底驚いた。
あんなに小難しくて、何を言ってるのか全然分からないようなSFチックな説明を受けて、その中に隠し事や嘘があったと瞬時に見抜けたの!?
俺は慌てて、自分を担いでくれているクレムやジャック兄さんの顔を見た。
みんなでバチッと目が合った。三人の顔には「まったく分からん」と書いてある。
(よっし、分かってなかったのは俺だけでは無い! ホッ……)
「エルウィン様、どういうことでしょうか?」
ジャック兄さんが、俺たちを代表して恐る恐る尋ねた。
エルウィンさんはため息をつき、呆れたように答える。
「正直、彼の説明は『つじつまが合わないこと』が多すぎるのですよ」
(え? そんなところあった? こっちは完全に「謎は全て解けた!!」って叫ぶ名探偵ばりに、スッキリ解決した気分だったのに……)
「まずは……」
そう言うと、名探偵エルウィンさんは、歩きながらヴォルク師の話の矛盾点を綺麗に整理してくれた。
なぜ彼らが直接「テンパメント」をせずに、わざわざこの世界の人間にやらせるのか?(彼らの方が技術も知識も上のはずである)
なぜ「第1の試練」や「第2の試練」などという、回りくどい関門を用意する必要があるのか?
そもそも、なぜこの世界の「文明を緩やかに発展させる」必要があったのか?(調律するだけなら文明レベルは関係ないのでは?)
調律に反対して介入してきたという第3の世界は、なぜ「崩壊の影響」を無視できるのか?(彼らも巻き込まれるはずなのに、なぜ放置しようとするのか?)
「……といったところでしょうか。これらに対する合理的な説明が一切ない以上、このまま彼らの言う通りに任せていて良いものか、正直ひどく不安ですね」
(……じぇんじぇん気付かなかった……!!)
言われてみれば、確かにおかしいことだらけだ! マジでエルウィンさんがこの場に居てくれて本当に良かった……!(冷や汗)
「加えるなら」
エルザが、氷のように冷たい声で続けた。
「あのヴォルク師からは、『2つの世界を救いたい』というような純粋な善意や使命感が、微塵も感じられなかったわ。予定外の介入をされて面倒だ、という利己的な感情は容易に読み取れたのにね」
た、たしかに。
言われてみればその通りだ。「困ったやつらだ」と愚痴をこぼした時のあの顔は、世界を救う聖人のそれではなく、自分の計画を邪魔された研究者のような苛立ちだった。
(俺の頭よ、もうちょっと働け……!)
さっきまで大興奮でキャッキャと盛り上がっていた俺たち3人は、自分たちの底抜けのバカさを恥じ、その後の帰路で一切言葉を発さなかったのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
――その頃、誰もいなくなった銀の城の広間にて。
「……トロワ・テラ(3番目の世界)のやつらめ。小賢しく面倒なことをしてくれたわ」
ヴォルクの魔力体は、誰もいない空間で怒りをあらわにしていた。
「まぁ、結果的にはあいつらにしても、まさか300年も早くシステムが強制起動されるとは想定外の状況だろう。こうなってしまったからには、これ以上の介入はできまい」
ヴォルクは透けた手で顎を撫で、何とか自分を納得させる。
「さて……我々にとって最も『良い結果』に導くように、策を考えねばな」
彼の瞳には、世界を救うという大義よりも、冷徹な計算の光が宿っていた。
◇ ◇ ◇
そして、俺たちがゼレナ山脈を下り、ようやく王都リンギアに戻った頃には――外界は、とんでもないことになっていた。
それもそのはずだ。
各国が「ゼレナ山脈から巨大モンスターのスタンピードが起きるかもしれない!」とピリピリと警戒していた真っ最中に、今まで聞いたこともないような大轟音とともに、山の中腹に『見上げるほど巨大な銀色の城』が突然、ドカンと姿を現したのだ。
それはもう、大騒ぎどころの話ではない。
そして、本件に一番関係ありそうな人物(直前まで山をウロウロしていた怪しい集団)と言えば、間違いなく俺たちである。
スタンピードの警戒を近隣諸国へ呼びかけていたリディア国政府には、「おい、あの銀色のバカでかい建物はなんだ!?」「お前ら何か知っているのか!?」と、他国からの強烈な問い合わせが相次いだらしい。
詳しい事情を何も知らない大人たちからすると、
「スタンピードが来るかもしれない恐怖」と、
「未知の城に調査に入りたくても、モンスターが怖くて入れないジレンマ」と、
「パニックを起こして混乱する国民への説明責任」が重なり、王宮は蜂の巣をつついたような大混乱だそうだ。
まぁ、そりゃそうでしょうね。俺たちも城が出てきた時は腰抜かしそうになったし。
その結果。
事態を重く見たリディア国の国王陛下みずからが、「ゼレナ山脈を調査していたという関係者に、直接話を聞きたい」と言い出したらしい。
なぜか一介の学生(と、引率のヤバい魔術師)である俺たちまで、国のトップである国王様からの呼び出しを食らう事になってしまった。
「……とほほほ」
俺は、まだまともに動かない体に鞭を打ちながら、次なる面倒事の気配に深いため息をつくのだった。




