【第64話】銀の城の浮上と、調律の観測者
あの洞穴ダンジョンで、巨大スライムから『銀のヴォルクに会え』とお告げを受けてから、早くも3年半の月日が流れていた。
当時10歳だった俺も、すでに14歳を超えている。(まぁ、本当の年齢は24歳なんだけど)
学生生活を送りながら、自力で世界のバグを調べ、山で野宿サバイバルをし、最後は腹黒令嬢にバーサーカー化させられて無敵の騎士を粉砕する……。
振り返ってみれば、本当に長く、そして濃すぎる3年半だった。
やがて、自己修復を終えた最後の銀騎士が立ち上がり、ゆっくりと定位置についた。
すると、草原の円状に並んだ5体の銀騎士たちが、一斉に同じ方向を向き、重なり合うような声で同時にしゃべりだしたのだ。
「5体の聖騎士を倒せし者よ。見事であった」
「今まさに――『試練の祠』への扉が開かれん」
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
その宣言と同時だった。
今までの棺が現れた時の地響きとは比べ物にならないほどの、山そのものを揺るがすような轟音が鳴り響き、大地が激しく上下に揺れた。
「うおっ!? なんだなんだ!?」
俺たちが慌てて体勢を低くすると、なんと5体の銀騎士が並ぶ真ん中の円形闘技場の部分が、ズズズズッと天に向かってせり上がり始めたのだ。
土砂が滝のように崩れ落ち、地中深くから現れたのは――想像を絶するほど『巨大な銀の城』だった。
「…………」
俺たちは全員、言葉を失い呆然と立ち尽くした。
「こ、これは……」
あの冷静なエルウィンさんでさえ、目を見開いて震える声を漏らした。
「やはり、本当に実在したのですね。銀の時代にあったとされる『銀の城』が!」
どうやら、歴史書に口伝されていた幻の城とそっくりだったようだ。
(すげーーーっ!! マジで城が出てきやがった!)
俺は内心で大興奮だった。相変わらず体は1ミリも動かないけど!
しばらくして激しい揺れが収まり、その全容が完全に明らかになった。
太陽の光を反射して眩いほどに輝く、今まで見たこともない巨大な銀色の建築物。それが、山の中腹にそびえ立っていた。
やがて、銀の城の中心にあった巨大な扉が、重い音を立てて自動で開いた。
いつの間にか、その扉の左右には5体の銀騎士が静かに控えており、まるで「中へ入れ」と促しているかのようだ。
俺はジャック兄さんとクレムの両肩にガッチリと支えられながら、みんなと一緒に恐る恐るその巨大な建物の中へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
建物の中は、暗闇ではなく、あの遺物たちと同じ『淡く青い光』で満たされていた。
(ま、まさか、この城の壁も柱も、全部がオリハルコンで出来てるのか……!?)
もしこれを削って王都で売れば、一体どれだけ大儲け出来るのか……などという、この期に及んでどうでも良い俗物的な感想を抱きながら、俺たちはさらに奥へと進んだ。
最奥の広間には、一段高くなった立派な台座があった。
その台座の上に何かがある……。全員がそう直感した、その時だった。
城内を満たしていた淡い光が、一気に台座の上へと収束していき――一人の光り輝く人物のシルエットへと変わったのだ。
『――第1の試練を乗り越え、よくぞ参った。世界を救いし者たちよ』
声が、広間に響き渡る。
『私は銀のヴォルク。調律の観測者である』
(でた! 巨大スライムも言っていた謎のワード、『調律』だ!)
『世界は今まさに混沌に呑まれ、崩壊へと向かっている』
ん? 混沌? 崩壊?
たしかにモンスターは出たけど、今のところリディア国は平和そのものだぞ。
『世界を救うべく集った勇者の候補者たちよ。さぁ、第2の試練であるこの試練の祠を超え、2つの世界を救うのだ』
あぁ、なるほど。完全に理解した。
この光り輝くヴォルク師は、自分が起動したのが『本来の予定より300年早い』という事実を知らないのだ。
そして、彼が想定している300年後の未来の世界は、まさに「混沌とし、崩壊へ向かう」ような絶望的な状況になっているのだろう。
さて、問題はこの光り輝くヴォルク師が、まともに話の通じる相手かどうかだ。
一通りの立派なセリフを終えて待機状態になったヴォルク師に向かって、俺はさっそく声をかけることにした。
「あのぉ……ヴォルク様? ちょっとお話をさせていただけますか?」
俺はおそるおそる尋ねた。これでもし「問答無用で第2の試練開始!」とか言って即戦闘になっても困る。もう俺のHPもMPもゼロなんだよ。
その時だった。
『ジジ……ッ……ジジジジッ……!』
「うわっ、なんだ!?」
ジャック兄さんやクレムたちが、突如響いた異音に動揺して武器を構えた。
だが、俺だけはこの音を知っている。
あの日、洞穴で巨大スライムが俺に干渉してきた時に発した、あの耳障りで不快な『バグの機械音』と全く同じだったからだ。
激しいノイズ音と共に、台座に立っていた光り輝く偉大なシルエットが、チカチカと明滅し――一人の『普通の老人』の姿へと変化した。
身体が半透明に透けていることを除けば、どこにでもいそうな好々爺だ。
「……なるほど。予定とは違うイレギュラーな起動。どうやら、外の世界は大変なことになっているようだな……」
老人は自分の透けた手を見つめながら、一人で納得するように呟いた。
どうやら、状況のズレをシステム的に察知したらしい。
「すまない、驚かせたな。改めて名乗ろう。私がヴォルクだ。……ふむ、君のその特殊な魔力の波長、巨大スライムから話は聞いていよう」
(おぉ……! ついに、まともに会話が通じて、しかも事情を分かっている人が現れたぞ! 半透明だけど!)
「ふぉっふぉっふぉ。わしのこの身体が気になるようじゃな」
俺の視線に気づいたのか、ヴォルク師は穏やかに笑った。
「驚くかもしれんが、私の肉体は『2千年前に』すでに朽ちておる。今ここにいるのは、残された魔力体のようなものだ」
2千年前!? 銀の時代の人間ってことか!?
「魔力とはエネルギーであり、同時に魂の器でもある。あらかじめこの城のシステムに私の魂を保存しておいたのだ。……まぁ、肉体がないため、一度起動してしまえば魔力は消費される一方で、二度と回復はしないのだがね」
ヴォルク師は、俺たち全員をゆっくりと見渡した。
「今起動してしまった以上、この魔力体が保つのは……せいぜい『10年間』という時限付きの命だと思ってくれ」
そう言って、調律の観測者ヴォルクは、2千年の時を超えた真実を静かに語り始めたのだった。




