【第54話】絶体絶命の危機と、揃い踏む遺物
俺は、直立不動で待機している銀の騎士に向かって、恐る恐る会話を試みた。
「あのぉ……すいません。少し会話とか、質問とかできますか?」
すると、銀騎士はカチャリと目を光らせ、重々しい声で応じた。
「さっそく準備ができたのか? さぁ、いざ尋常に勝負を……」
「いやいやいや! 違います! まだ準備中です! タイム!」
「……そうか。ならば準備をしなおして、改めてかかって来るが良い」
再び、銀騎士はピタリと動きを止め、石像のように固まった。
……駄目だ。こいつ、まるで壊れた魔導具か、決められた言葉しか発しないからくり人形のようだ。まともな意思疎通や会話は無理らしい。
そして、このまま真正面から戦ったところで、今の俺には絶対に勝ち目がない。
何しろ、さっきの戦闘で放った俺の最大火力――魔力を限界まで込めた無属性物理殴り――が、あの銀の鎧には文字通り『傷一つ』付けられなかったのだ。これには、自信満々だった俺のプライドもわりと本気でショックを受けていた。(涙)
だが、光明はある。
とりあえず、あの『淡く青く光る武器』さえ持っていれば、凶悪なモンスターがウヨウヨいるゼレナ山脈の森を、完全にノーリスクで素通りしてここまで来られることが証明されたのだ。
一度リンギアに持ち帰って、エルウィンさんやクレムたちにこの状況を報告し、みんなで万全の準備をしてからまた来よう。
よし、方針は決まった。まずはリンギアへ帰還だ!
……って。
あれ? 帰りはどうするんだ??
俺はハッと自分の腰を探り、そして目の前の銀騎士を見上げた。
さっきまで俺が持っていた『青く光る斧』は、起動のキーとしてこの銀騎士の右手にしっかりと握らされている。
(俺、魔除けの光る武器を、敵に渡しちゃってるよォォォ!!)
やばいやばいやばい。これ、完全に八方塞がりだ! 取り返しのつかないミスをしちまった!!
ここで誰にも見つけられずに野垂れ死ぬか。
ヤケクソで銀騎士に挑んで細切れにされるか。
武器なしで山を下りて、途中で大型モンスターの群れに美味しくいただかれるか。
どう転んでも地獄の3択しかないじゃないか……!
俺は誰もいない山頂の草原で、一人で頭を抱えてしゃがみ込んだ。
だが、そこでふと、自分の荷物袋の奥底にあったあるモノの存在に気がつく。
「そうだ……俺、『蜂のパペット』を持ってるじゃん!」
あれはトーナメント戦の時に使って以来、遠隔操作がすごく面白かったのと、斥候用として何かと便利そうだったので、エルザに「今後も使わせてくれ」とお願いして譲り受けていたのだ。
今回のゼレナ山脈探索にあたっても、念のためにこっそり荷物に忍ばせておいたのである。
ただし、俺の魔力操作技術でこの小さなパペットを正確に操れるのは、あくまで『目で見えている範囲』までだ。
視界の範囲を越えてしまえば、あとは直前に下した「まっすぐ飛べ」などの単純な命令を、魔力が尽きるまで愚直に繰り返すだけの自動操縦になってしまう。
さて、どうしたものか……。
俺はひらけた草原の端まで歩き、はるか下界にあるリディア国の方角をじっと覗き込んだ。
!!
「あ……そうだった!!」
俺は、天才的な閃きに思わずポンッと手を打った。よし、あそこに飛ばしてみよう! ダメで元々だ!
俺は手帳から紙を1枚とり『カールです。エルウィン・アークライトへ伝言を。ゼレナ山の中腹で銀騎士を発見。魔剣と魔槍を持って、助けに来て下さい。モンスターに襲われません。たぶんここが試練の祠のあるエルティアです。銀騎士に魔斧を渡したら戦闘になり、現在停戦中。下山も出来ず立ち往生中。』と書いた紙を蜂にくくりつけ、魔力を込めた蜂のパペットを空高く放ったのだった。
◇ ◇ ◇
――それから、約1ヶ月間。
俺は一人で、この山の中腹でひたすら待ち続けた。
幸い、山なので綺麗な湧き水は豊富にあったし、長期での調査を覚悟して固い保存用パンを大量に持ち込んでいたので、食事はなんとかなった。
あのテルト村の暗い洞穴で、いつ終わるとも知れない発狂しそうな孤独の中、光るスライムだけをかじって生き延びていた地獄のサバイバルに比べれば、ここは空気も美味いし景色も良い、まさに天国と言っていい。
ただし、そのパンの備蓄もあと2週間分しかない。
下山にかかる日数を逆算すると、あと10日以内に救援が来なければ、完全に食料が尽きる。一か八かで、丸腰のままあのモンスターだらけの森へ突入して帰路につくしかない。
(たぶん、高確率で巨大トカゲの餌になるけど……涙)
俺が焚き火の前で石のように固いパンをかじりながら、そんな悲惨な末路を想像していた、その時だった。
「カール!!」
背後から、聞き慣れた声が響いた。
振り返ると、そこにはクレム、エルザ、エルウィンさん、そしてジャック兄さんの4人が、息を切らして立っていた!
「おぉぉぉーっ! みんな! 助かったぁぁぁ!!」
俺は涙目になりながら、固いパンを放り出して駆け寄った。
「ふん。新しく建設された監視塔へ向けて、ピンポイントで通信用の虫を飛ばすとはな。脳筋のお前にしては、随分と頭を使ったじゃないか」ニヤリ。
エルウィンさんが、いつもの底意地の悪い笑みを浮かべて俺を褒めた。
そう、俺はリディア国側の麓に急遽建設されたばかりの『簡易監視塔』を目指して、蜂を飛ばしたのだ。
常駐している守備隊の監視員が見つけてくれるはずだと願って。そして、もし見つけてもらえれば、緊急用の通信網を使って、森の異変としてすぐにリンギアの軍本部へ伝わる仕組みが出来上がっているはずだ。
その国のシステムを利用しない手はない、と考えたのだ。
「いやぁ、マジで上手くいって良かったっす……」
俺は全身の力が抜けて、その場にへたり込み、深い安堵の溜息をついた。
「さて。感動の再会はここまでにしておこうか」
エルウィンさんは俺の頭をポンと叩くと、草原の中心で静かに佇む『銀の騎士』の方へと歩みを進めた。
「あれが、エルザが言っていた銀の騎士か……。そして、君の手紙にもあった通り、ここが我々が探していた国、『エルティア』ということだね」
エルウィンさんのその言葉に、俺はこくりと頷いた。
(ここが、300年後の未来で世界のバグの起点となる国、エルティア……!)
だが、俺がその事実を改めて噛み締める間もなく、異変は起きた。
ジャック兄さんとエルウィンさんが持ってきた『青く光る魔剣』と『青く光る魔槍』が、突如として眩い光を放ち、激しく共鳴し始めたのだ!
ゴゴゴゴゴ……!!
先ほどよりもさらに強い地鳴りが響き渡る。
草原の大地が再び割れ、なんと斧の時と全く同様にして――地中から新たに『2つの巨大な銀の棺』が、ズズズと姿を現したのだった。
「なるほど……武器の数だけ騎士が眠っているというわけか」
エルウィンさんは顎に手を当て、冷静に状況を分析する。
「騎士と武器がまるで磁石のように引き合っていますね。そして、これを渡すと戦闘が始まり、停戦も可能でしたね…。」
俺は嫌な予感がする。まさかこの人…!?
「魔剣だけは帰りの安全のために残しておきますか」
そう言って、エルウィンさんは新たに現れた棺から出てきたもう1体の騎士に、ジャック兄さんの魔槍をそっと持たせてみた。
カチャリ。
魔槍の光が鎧に移り、2体目の銀騎士の目が光る。
「――我を、起こしたのは……誰だ……」
寸分違わず、最初の1体と全く同じ起動音声だ。
それを見たエルウィンさんは、まるで血に飢えた戦闘狂のように、顔を歪めて凶悪に笑った。
「私はエルウィン・アークライト。さぁ……戦いましょうか」ニヤリ。
やっぱり。
その狂気に満ちた笑顔を見て、俺は思わず一歩後ずさりした。
レベル41の規格外マッドサイエンティストと、傷一つ付かない無敵の銀騎士。とんでもない怪獣大決戦が、今まさに始まろうとしていた。




