【おまけ 第4話】黄金の城の巫女と、反世界の干渉者
管理官ゼノンは、第15の世界であるガンズ・テラの辺境、雲を突くような巨岩の頂に鎮座する『金の城』へと降り立った。
かつてセーズ・テラに設置された銀の城が「魔力」を統括する拠点であったならば、この金の城は、ガンズ・テラ特有のエネルギーである『奇跡』を増幅し、次元を操作するための巨大な装置である。
本来の計画、すなわち281年後に予定されていた調律ショーであれば、ゼノンは長い時間をかけて、もっとも「見栄えのする」配役を選び抜くはずだった。
守ってやりたくなるような、儚くか弱き悲劇の美少女を主役に立て、絶望の淵で世界を救うために健気に祈りを捧げさせる……それがアン・テラの観衆が好む王道のシナリオだったからだ。
しかし、今やそんな悠長なショーを演出している余裕など1秒たりとも残されていない。
セーズ・テラの魔界という強大な質量が、アン・テラを目指して次元の狭間を猛スピードで突き進んできているのだ。ゼノンにとっては、もはや主役が誰であろうと知ったことではなかった。
てっとりばやく、この世界の「奇跡」を一身に受け止め、強引に次元操作(調律)を実行できるだけの「器」を用意する必要があった。
こればかりは、次元を越えて意識を転移させているだけで実体を持たないゼノンには不可能な作業だった。現地の人間を依り代とし、システムを動かす代行者に仕立て上げなければならない。
ゼノンは金の城の観測システムを全開にし、城の周囲に存在する「奇跡」の資質を持った人間を索敵した。
本来であれば、数世代にわたって血統を監視し、もっとも適した個体を見出すのがアン・テラの作法だ。だがゼノンは、通常なら試練の際にのみ解放される城の探索能力を強引に使い、条件に合う人間を無理やり見つけ出した。
それが、ミラという名の少女だった。
年齢は16歳。はきはきとした物言いが特徴的な、どこにでもいる健康的な村娘だ。ゼノンが好む「か弱き巫女」の雰囲気など微塵もなく、むしろその瞳には強い意志の光が宿っていた。本来のショーであれば、絶対に選ばれなかったはずの子だ。
しかし、背に腹は代えられない。ゼノンは精神干渉を行い、村近くを歩いていたミラを気絶させると、そのまま金の城の最深部へと転送させた。
「う、うぅ……私は一体。ん? ここは……」
目を覚ましたミラにとって、それはまさに「瞬間移動」としか言いようのない状況だっただろう。それまでいた馴染みの森は消え、周囲を黄金の輝きを放つ冷たい壁に囲まれているのだから。
狼狽する彼女の前に、ゼノンは天の使いを装った神々しい声で語りかけた。
「目覚めよ、ミラよ。あなたは滅びゆく世界を救う試練に選ばれし、聖なる巫女なのです……」
突然、得体の知れない存在からそんな話をされて、彼女はさぞかし驚き、混乱したことだろう。
しかし、相手は所詮16歳の少女だ。ゼノンは神話めいた適当な嘘を次々と並べ立て、彼女の正義感と使命感を巧みに刺激して、その気にさせた。
そうして、かつて銀の城で行われた「スライム修行」と同質の、過酷なエネルギー吸収訓練をこの世界でも開始させた。
ミラがこの工程をこなし、奇跡の力をある程度操れるようになるまで、丸々2年の歳月を要した。
正直なところ、2年という期間でも次元操作を行うための器としては未だに不十分だった。だが、これ以上の時間をかけてしまえば、セーズ・テラの魔界にガンズ・テラの欠片をぶつけて相殺するという唯一の回避策が間に合わなくなる。
だが、ここで予期せぬ事態が起こる。
アン・テラと対をなす裏世界、すなわち『裏アン・テラ』が表立って介入してきたのだ。
多世界の法則において、世界には必ず「表」と「裏」のペアが存在する。それは素粒子と反粒子のように、互いに相反する性質を持ちながら別次元で共存する、表裏一体の反世界である。
裏アン・テラの基本スタンスは、表世界であるゼノンたちとは正反対の「他世界の事象には一切不介入」という厳格なものだった。しかし、表のアン・テラが行ってきたあまりにも酷い次元の私物化と、今回のなりふり構わぬ暴挙を見過ごせず、ついに重い腰を上げて介入を決断したのである。
◇ ◇ ◇
ガンズ・テラの領空において、アン・テラの象徴たる「金の城」と、裏アン・テラが送り込んだ「次元船」による、人知を越えた戦争が幕を開けた。
しかし、裏アン・テラは時間がない中で無理やり次元の壁を越えて干渉してきたため、万全の拠点を構えていたアン・テラの金の城には敵わなかった。裏アン・テラは、瞬く間に劣勢に立たされていった。
激しい次元の火花が飛び散る半年の抗争の最中、裏アン・テラは秘密裏にミラとの会話に成功した。
彼女がゼノンに騙され、アン・テラを救うための弾丸として世界ごと使い潰されようとしている真実を伝えたのだ。
裏アン・テラは、疲弊しきった次元船の残存エネルギーと次元の狭間のエネルギーを利用し、ミラを魔力無き「セーズ・テラ」へと次元転移させ、援軍を呼んできてもらう計画を立てた。
なぜ、すべての魔力を失い、衰退の極みにあるはずのセーズ・テラへわざわざ支援を頼むのか。それはただ1つ、『カール』という特異な人間の存在があったからだ。
裏アン・テラの観測によれば、カールはあまたの世界の中でも類を見ない『次元の特異点』として定義されていた。
彼は、本来ならあり得ない確率の「運」を強烈に引き寄せる。
彼という存在をこのガンズ・テラに連れてくることができれば、この理不尽な戦争に必ず勝てる。裏アン・テラはそう断言した。
ミラはその言葉を深く信じ、ゼノンの目を盗んで、次元の狭間に生じたわずかな亀裂の隙間へと己の身を投げ出した。すべてを覆す特異点との出会いを求めて。




