【おまけ 第3話】調律ショーの裏側と、傲慢なる傍観者の焦燥
※第90話以降の、別次元での出来事です。
はるか高位の次元に位置する第一の世界、アン・テラ。
その中枢施設の一室で、ガンズ・テラ担当の管理官であるゼノンは、酷く苦虫をかみつぶしたような顔で空間に投影された観測盤を睨みつけていた。
トロワ・テラの愚かなものどものせいで、セーズ・テラに設置していた要塞「銀の城」が完全に乗っ取られてしまったのだ。
我々アン・テラが何千年もかけて準備してきた、多世界を巻き込む壮大な見世物。
それが『調律ショー』である。
高次元の存在となり、停滞しきったアン・テラの住人たちにとって、下位の世界の者たちが必死に足掻き、そして無惨に滅びていく様を観測することほど、極上の娯楽はなかった。
『調律ショー本部』がはじき出した最新の予測では、ガンズ・テラとセーズ・テラが282年後に衝突する運命は、現状では不可避であろうとのことだった。
ただし、観測データの片隅には、セーズ・テラに存在する次元の狭間に近い領域「魔界」を丸ごと切り離し、防波堤として使えば衝突を避けることが可能かもしれない、という忌々しい予測結果も表示されていた。
とはいえ、セーズ・テラのような下等な文明レベルの者たちが、その複雑な次元切断の術式を成功させる確率は「万に一つもない」と、本部の頭脳は冷酷に計算している。
「……それにしても、今回の調律ショーはひどくカタルシスに欠ける展開になりそうだな」
ゼノンは深い大きなため息をはいた。
何千年もかけて緻密に準備してきた、世界と世界がぶつかり合う次元規模のショー。
そのメイン進行役とも言える担当が、この私だ。私の優雅な晴れ舞台になるはずだったのだ。
衝突の運命に絶望し、無駄だと知りながらも必死に抵抗するセーズ・テラの人々の惨めな姿。そして、最後には彼らの愛する世界がガンズ・テラとぶつかり、音もなく弾け飛んで消滅していく瞬間。
まさに「カタルシス」と呼ぶにふさわしい、劇的で美しい光景を期待していたのだが、銀の城の主導権を奪われた今、私が直接干渉してその絶望を演出することはできそうにない。
このままでは、観衆であるアン・テラの住人たちを退屈させてしまう。どのような演出を加えれば最後まで飽きさせずにショーを完遂できるか、今から計画を根本的に考え直さなければならない。
「ヴォルクの無能め……下位の世界の猿どもに出し抜かれおって」
ゼノンは、銀の城を奪われた同胞に向けて、憎々しげに悪態をつくのであった。
◇ ◇ ◇
それからしばらく後のこと。
苛立ちを隠せないゼノンの元へ、観測チームから緊急の通信が入った。
報告を受けたゼノンは、耳を疑った。
どういうわけか、セーズ・テラの「衝突回避可能性」が、突如として50%以上にまで跳ね上がったというのだ。
は? 一体、何が起きたというのだ?
万に一つもなかったはずの確率が、半々を超えている。
このまま傍観して放置すれば、最悪の場合、本当に世界衝突を回避されてしまうかもしれない。
銀の城を乗っ取られ、我々が用意したテンパメントの美しい仕上げが出来ないことまでは、百歩譲って許容したとしよう。だが、ショーの最大の見せ場である「世界の消滅」そのものまで回避されてしまっては、長年この娯楽を準備し、莫大な資源を投入してきた我々の立場が完全に危うくなる。
「どうするつもりだ! このままではショーが台無しになるぞ!」
ゼノンは焦燥に駆られ、本部へと強い思念を送って問いただした。
「落ち着きたまえ、ゼノン管理官。本部は既に対策を打っている」
冷徹な声が返ってくる。
「今、失態を犯したヴォルクのエネルギー体を、次元の狭間へと直接送り込んでいるところだ。もし、セーズ・テラの者たちが魔界の核へテンパメントを使い、次元の狭間のエネルギーを注入するような事態になれば、そのエネルギーの逆流を利用して、ヴォルクの意識を魔界の内部へ強制的に侵入できるように仕掛けてある」
何という事だ……。
「次元の狭間から他世界へ直接エネルギー体を送り込むなど、どれだけ莫大な代償を払うか分かっているのか! 大赤字じゃないか!」
ゼノンは思わず叫んだ。
アン・テラの技術をもってしても、次元の壁を直接突破して物理的な干渉を行うには、星を一つ丸ごと燃やし尽くすほどの大量のエネルギーを使わざるをえない。
そこまでのコストをかけてようやくヴォルクを送り込むなど、割に合わなすぎる。
ゼノンは、本部のなりふり構わぬ強硬手段に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
◇ ◇ ◇
「報告します。セーズ・テラによる魔界の放逐は、完全に免れました」
しばらくして、観測チームから再び連絡が入った。
「そして、衝突回避の可能性は1%未満にまで落ち込みました」
その報告を聞き、ゼノンは大きく安堵の息を吐いた。
どうやら、魔界の核に侵入したヴォルクが、魔界そのものを乗っ取り、次元の剥離を必死に力技で抑え込んでいるらしい。
自身の失態の尻拭いのために、次元の膜にへばりつく化け物になり果てたヴォルクの姿を想像し、ゼノンはいい気味だと口元を歪めた。
これで、セーズ・テラは逃げ道を失った。あとは282年後の衝突を待つばかりだ。
そう高を括り、魔界の放逐を免れてから数週間が経過した頃。
ショーの今後の演出改善について余裕たっぷりに検討していたゼノンに、信じがたい絶望的な報告が飛び込んで来た。
「緊急事態です! セーズ・テラが魔界の切り離しに成功し、ガンズ・テラとの衝突を回避してしまいました!」
……え?
ゼノンの思考が完全に停止した。
『衝突回避の可能性は1%未満』と、つい先日の観測で報告していただろう!
なぜ急に、そんなあり得ない結果が現実のものとなるのだ!!!
ゼノンはあまりの事態と怒りに、目の前が真っ暗になり、激しい目まいに襲われた。
だが、悪夢はそれだけでは終わらなかった。
観測チームの者が、恐怖に震える声でさらに驚きの報告を口にした。
「し、しかも……切り離されたセーズ・テラの魔界は、次元の狭間ではなく、一直線に我々の世界、このアン・テラに向かってきています!」
「…………」
あまりの荒唐無稽な報告に、ゼノンは声を出すことすらできず、彫像のように固まってしまった。
このままではまずい。娯楽どころの話ではない。
アン・テラの中枢で、すぐさま最高レベルの対策会議が始まった。
激論の末に出された結論は、ただ一つだった。
「ガンズ・テラから世界を構成する一部を無理やり切り飛ばし、こちらへ迫り来るセーズ・テラの魔界へと激突させて相殺するしかない」というものだ。
もう、調律ショーなどと優雅なことを言っている場合ではないのだ。
さすがにこの事態をもって「アン・テラ世界の崩壊の危機」と騒ぎ立てるのは大袈裟に過ぎるが、最も軽微な代償とエネルギー消費でこのイレギュラーを回避しようと思うと、物理的な盾を使うこの方法以外に選択肢がなかったのである。
そして、本来の計画であれば、270年以上先の衝突直前になってからゆっくりとガンズ・テラへ意識を飛ばし、安全圏からショーを管理する予定だったゼノンは、急きょ今すぐガンズ・テラへ行き、自らの手で世界の一部を切り離すためのテンパメントを実施する必要が出てしまったのだ。
「ぐぬぬぬぬ……っ!」
ゼノンは屈辱に顔を真っ赤にして、誰もいない空間を睨みつけた。
トロワ・テラのものどもも、失態を犯したヴォルクも、そして何より、最後まで運命に抗い、我々の計画を根底から粉砕したセーズ・テラの虫ケラどもも。
皆、なんて忌々しい奴らだ!!
自らの娯楽のために他世界を滅ぼそうとしていた者による、とんでもない理不尽な逆恨みなわけだが……。
ゼノンは怒りに全身を震わせながら、ガンズ・テラへ精神を送り込むための冷たい転送システムに深く寝そべり、不本意な作戦を実行するため、遥か遠き第15の世界へと向かうのであった。




