【おまけ 第2話】没落令嬢の逃避行と、新しい国での穏やかな日々
世界から魔力が無くなってから、フィアの実家であるエルデン家は、苦しみの頂点にいた。
いや、エルデン家だけではない。かつて魔力という特権を盾にふんぞり返っていた魔術師あがりの貴族は、皆一様にそうだった。
一部の要領の良い魔術師貴族を除いて、2年も経つころには、ほとんどの魔術師貴族が没落していた。
エルデン家は代々、土魔法による植物育成をメイン事業としていたが、フィアが魔法学校を卒業した後は、国の根幹であった魔力草の育成でさらに力をつけていた。
その際、周囲の貴族やシャリーク国の魔力草を扱う商家を、かなり強気に排除していったのだ。
魔力が世界から消え去った結果、当然ながら周囲からの風当たりは凄まじく、恨みを買っていたエルデン家はとりわけ苦しい立場におちいっていた。
そんなある日。
かつての12魔術師であるエルウィン師が、ゼレナ山脈に「エルティア」という新しい国を興したらしい、と風の噂に聞いた。
魔力を失い、各国で苦しい立場に立たされている元魔術師たちを受け入れているらしい。
フィアは、その国へ行ってみたいと強く思った。
そこにはきっと、想い人であるクレムがいるだろうから。
「お父様。私、エルティア国へ行ってみたいです」
フィアは意を決して嘆願した。
「バカを言うな!」
父親の怒号が飛んだ。
「無能になった元魔術師ばかりを集めて、山の中腹で作られた国だぞ。まともな文化的な生活が送れるわけがない。それに、あいつらは世界を壊した犯罪者集団呼ばわりされておる。そんな国、すぐに崩壊するに決まっている。今は静かに耐えるのだ」
フィアの提案は、あっさりと一蹴されてしまった。
それからしばらく経ったある日の夜。
ついに、恨みを持った野盗の集団がエルデン家の屋敷に侵入してきた。
かつては魔法1つで追い払えた相手に、大人たちが次々と無惨に切り捨てられていく。
フィアは命からがら馬に飛び乗り、屋敷から逃げ出した。
遠く振り返ると、生まれ育った家が赤々と燃え上がっているのが見えた。
泣き崩れそうになったが、ここで立ち止まってはいつ野盗の追っ手が来るとも限らない。
彼女は涙を拭い、夜の闇の中へ力の限り馬を走らせた。
幸いにも、魔法学校のフィールドワークで野宿の経験はあった。
また、土魔法の使い手であったため植物の知識には長けており、道中に自生している食べられる植物や木の実を見つけて、なんとか飢えを凌いだ。
頼れる先は、もうエルティア国しかない。
以前、エーテル・ノヴァを放つために5万人の魔術師が集められたあの日、フィアもその平野にいた。だから、場所はおおよそ覚えている。
フィアは一心にゼレナ山脈へ向けて馬を走らせた。
数日後、ようやく遠くの山肌に銀の城が見えてきた。
山道が険しくなり、あとは馬を降りて自分の足で歩くしかない。
ゼレナ山脈といえば、昔は凶悪な大型モンスターの巣窟と言われ、人々から恐れられてきた場所だ。
だが今は違う。魔力の消失とともにモンスターは居なくなり、生命活動が極めて少ない、単なる大きな森と山でしかないはずだった。
しかし、しばらく森を進むと、フィアは運悪く大型の猛獣に出会ってしまった。
以前であれば、魔法を1つ放てばあっという間に追い払えていた相手だ。しかし、今のフィアはただの無力な若い女性でしかない。
フィアは必死に逃げたが、無駄だった。
すぐに猛獣に追いつかれ、冷たい地面へと押し倒されてしまった。
(あぁ……まさか、エルティア国を目の前にして死ぬなんて……)
鋭い牙が迫るのを見て、フィアは恐怖に震えながら固く目を瞑った。
スパッ……ドサッ。
肉を断つ鋭い音と、重いものが倒れる音が響いた。
痛みがこないことに気づき、恐る恐る目を開けると、目の前に猛獣の首が転がっていた。
「きみ、大丈夫だった? 危ないところだったよ」
ずっと想い焦がれていた、優しく温かい声。
フィアが弾かれたようにそちらを向くと、手入れされた長剣を構えたクレムが立っていた。
「あれ? もしかして……フィアさん?」
クレムが驚いた顔をした次の瞬間。
フィアは急いで跳ね起きると、泥だらけになるのも構わず駆け出し、クレムの胸に飛び込んで泣き崩れるのであった。
◇ ◇ ◇
フィアが保護されて案内されたエルティア国は、彼女が想像していた以上に発展していた。
まだ建国されてから1年程度で、集まった人数も2千人程度しかいないはずだ。
それなのに、すでに立派な街と呼んでもそん色ないレベルの居住区や設備が整っていた。魔力もない中で、驚異的な開拓速度だ。
理由を聞いてみたら、極めて単純なことだった。
この国だけ何か特別な魔法が使える……といった裏技があるわけではなく、単に皆が「死に物狂で頑張った」とのことだった。
ここに集まった元魔術師たちは、ある程度の年齢がいった人でも肉体が若々しい。
貴族としての教養や、魔法大学で様々な知識を深く学び、過酷なフィールドワークもこなしてきたエリートばかりだ。
知識と経験が豊富で、肉体的にも恵まれている。
何より、貴族の地位から落ちぶれたとはいえ、逆境を跳ね除けようとする反骨精神に溢れた人達ばかりだったのだ。
また、エルウィン師の力が非常に大きい。
彼が文字通り陣頭指揮を執り、効率的な街づくりを進めていた。
元12魔術師の中で、家柄ではなく珍しく実力だけでのし上がった人である。その政治力や統率の手腕はかなりのものだった。
さて、そのエルウィン師は、今ではエルティア姓を名乗っていた。
この国の国王である。
まぁ、形ばかりの国王であって、実際には誰よりも土にまみれて一番働いているのだが。
そして、あのカールくんも同じエルティア姓を名乗っていた。
「一応、彼は世界を救った英雄だからね。せめてエルティアという新しい国くらい、彼に渡してやってもいいだろう」
街を開拓する元魔術師のみんなは、汗を拭いながら笑って口をそろえている。
エルティアには、エルザもいた。
到着した直後は、彼女の美しい姿を見ると少し胸が痛んでいたけれど、今はもうまったくない。
エルザは相変わらずしょっちゅうカールを口論でいじめているが、2人の醸し出す空気や仲の良さを知れば、彼女が誰をどう思っているかは一目瞭然だったからだ。
私はというと、街の郊外で畑を育てていた。
そして今、クレムが私の隣で土を耕し、手伝ってくれているのだ。
貴族のお嬢様だった頃の生活の質からは、当然ながら大きく落ちてはいる。
けれど、私は今の生活に心から満足している。
だって、彼がすぐ横で微笑んでくれているのだから。
「フィアさん、こっちの種まきはこれでいいかな?」
「ええ、ありがとうクレム君」
フィアはほんのりと暖かい気持ちを胸に抱きながら、新しい世界で芽吹いた植物たちに、優しく水をあげるのであった。




