【第108話】究極魔法と復讐
エーテル・ノヴァの発動手順は、言葉にしてしまえば至極簡単なものだった。
広大な山肌に、集められた5万人の魔術師たちがレベル順に並ぶ。レベルが低い者は一番端の方に位置し、レベルが高い者ほど中心に向かって配置され、全体で巨大な扇形を形成する。
そして、その扇の要、中心に立つのが俺だ。
扇の端の人は目の前の人に魔力を送り、送られた人はさらに目の前の人に魔力を送る。これが次々と連なり、巨大なうねりとなって最終的に俺の元へ魔力が集約される。
通常の魔法であれば、これほど膨大な魔力を複数人から一気に受ければ、器が耐えきれずにパンクしてしまう。しかし、それをパンクさせずにスムーズに流し込むための巨大な魔法陣を大地に敷設し、術式を制御することこそが、この究極魔法エーテル・ノヴァの秘訣だ。
溜まりに溜まった魔力を使って、俺がエーテル・ノヴァを発動する。狙いは一つ。銀の城の内部で開いている黄泉の門へ向けて撃ち放つだけだ。
ガルシアさん達が魔界から繋いでくれた新しい黄泉の門は、幸いな事に、バイゼル師と融合した『銀の城の内部』に出現していた。
バイゼル師はかつてのヴォルク同様に城と一体化して動けないため、今までの遠くにあった黄泉の門へは直接干渉することが出来なかった。ただし、今回の黄泉の門は違う。城の内部にあるため、バイゼル師の力でいくらでも干渉可能なのだ。
だからこそ、黄泉の門を1ヶ月以上も安定して維持できているし、俺が放つエーテル・ノヴァを黄泉の門にさえ通せれば、照準を合わせて魔界の光の巨大魔族へと当てることも造作ないのだ。
「さぁ、いよいよ大詰めだ。皆、魔力を流せー!」
広大な山肌と銀の城に、バイゼル師の号令が高らかに響き渡る。
その瞬間、圧倒的な魔力の奔流が俺に向かって雪崩れ込んできた。
凄まじい力だ。次元の狭間のエネルギーを魔界核に流し込んだ時ほどでは無いにしろ、それでも激しい魔力の濁流に全身の筋肉と骨が軋み、体が悲鳴を上げる。
「カール! テンパメントを使え! 次元を操る力なら、その魔力を受け止められるはずだ!」
エルウィンさんの鋭い声が飛ぶ。
俺は歯を食いしばりながら、必死にテンパメントを唱えた。
すると、体が破裂しそうだった感覚が嘘のように引き、魔力の奔流をしっかりと制御できるようになった。
後方から、どんどん俺の中へ魔力が流し込まれてくる。
自分の身体から、視認できるほど濃密で凄まじい量の魔力がオーラとなって立ち上がっているのが分かった。
そして、溜まりに溜まった魔力がついに最高潮に達した。
放つ時が来たのだ。
「カール、今だ!」
『うぉぉぉぉぉぉっ! エーテル・ノヴァーー!!』
俺の咆哮とともに、ついに究極魔法が発動した。
あまりに激しい極太の光線が放たれ、視界のすべてが真っ白に染まる。
その膨大な光の束が、空間を揺るがしながら黄泉の門の深い闇の中へと吸い込まれて消えていった。
数秒後。
門の向こう側から、次元の壁を突き破るほどの激しい爆発の衝撃波が押し寄せてきた。
最前線にいた俺や周りの人たちは、抗う間もなく木の葉のように吹き飛ばされ、地面を転がった。
あまりの出来事と衝撃に、しばらくは誰も立ち上がることができなかった。
耳鳴りがする中、俺はふらつく足でなんとか立ち上がり、虚空に向かってバイゼル師に問う。
「ど、どうなりました!?」
「……無事、成功だ!」
バイゼル師のその報告を受けた瞬間、山肌を埋め尽くす魔術師たちから地響きのような雄叫びが上がった。
や、やった! やったぞー!
俺は嬉しさの余り、泥だらけの両手を高くあげて飛び上がった。
「カール! 喜ぶのは早い、まだ最後の仕上げが残っています!」
エルウィンさんから、気を引き締めろと厳しい注意をうける。
そうだ。俺には最後の大仕事がある。
『テンパメント』を使って、今切り離した魔界を次元の狭間へ放逐するという、この計画の最大の目的だ。
俺は銀の城の中枢、中央台座に向けて歩き出す。
10歳の時にあの暗い洞穴に落ちてから始まった、9年近い俺の戦いの旅は、今ここでついに終わりを迎えようとしている。
一歩一歩台座に近づくたびに、これまでの思い出や様々な感情が胸の奥から湧き出てきた。
生き残るために必死でもがいた日々。仲間たちと笑い合った時間。圧倒的な強敵に対する恐怖。そして、失われた命への悲しみ。
世界で一番ビッグな男になると誓った10歳の俺に、今のこの俺の姿を見せてやりたい。
当時想像していた、剣一本で悪を討つ伝説の勇者とはだいぶ違う形になってしまったけれど、それでも、思った以上にビッグな男になれたんじゃないかと思う。
もちろん、それは俺一人の力なんかじゃない。エルザ、クレム、ジャック兄さん、エルウィンさん、ガルシアさん、ドノヴァン師……みんなで必死に繋いできた、素晴らしい軌跡だ。
俺の夢は、今ここで叶う。
俺は晴れやかな顔で台座の前に立った。
大きく息を吸い込み、両手を広げてシステムの光に触れる。
そして、腹の底から声を振り絞って叫んだ。
『テンパメントーーーー!!』
その瞬間、世界を揺るがすような凄まじい力の波動が巻き起こった。
俺の身体から、そして山肌にいる全ての魔術師たちの身体から、淡い光が立ち昇っていく。
いや、人間だけではない。世界中に生息するモンスターや、大地に根付く魔力草と言った、魔力を帯びている物全てから、キラキラとした光の粒子が空へと立ち昇っていくのが見えた。
魔界の切り離しに成功したんだ。
これで俺たちの世界は救われた。
そしてそれは同時に、この世界の文明の根幹を成していた『魔力』とのお別れを意味していた。
俺はすべてをやりきったという深い満足感と、身体からすべての力が抜け落ちていく虚脱感に襲われ、そのまま気を失いそうになった。
その時、薄れゆく意識の中で、バイゼル師の最期の言葉が響いた。
「セーズ・テラの住人たちよ。我々トロワ・テラの復讐への協力、心から感謝する。君たちが切り離した魔界は、無事次元の隙間へ放たれた。その強烈な反作用で、君たちの世界がガンズ・テラと衝突する運命は完全に回避された」
良かった。俺たちは本当に成功したんだ。誰もが安堵の息を漏らした。
だが、最後に消えかけた声で、バイゼル師の話は続いた。
「ただし、1点だけ君たちに謝らなければならないことがある。私は切り離した魔界を『次元の波を止めるための防波堤に使う』と言ったが、あれは嘘だ。放たれた魔界の行き先は次元の狭間ではない。……今、その超質量は、一直線に『アン・テラ』へと向かっている」
え!? ど、どういうことだ!
俺は跳ね起きるように目を見開いた。
「諸悪の根源であるアン・テラを完全に破壊しない限り、この多世界の悲劇に永遠に終わりは来ない。我々は最初から、アン・テラを道連れにして破壊することだけを目論んでいたのだ。最後の最後に君達を裏切る形となり、本当に申し訳ない。……だが、絶対的な悪を討つ事に協力してくれた君たちへ、深い感謝を捧げる……」
その言葉を最後に、バイゼル師の気配は完全に消え去った。
いや、彼が消えたのではない。魔力が失われたことで、この銀の城自体のすべての機能が、永久に停止してしまったのであった。




