【第107話】再会の涙と究極魔法
「やあ、カール君。待たせたね」
その声を聞いた瞬間、俺とクレムは弾かれたように駆け出し、涙を流しながらガルシアさんに思い切り抱きついた。
「ガルシアさんっ! 本当に、本当に生きて……っ!」
「ああ、心配をかけてすまなかったね」
俺の頭を撫でるガルシアさんの手は温かく、紛れもなく彼が生きていることを証明していた。ジャック兄さんを地上へ放り投げ、たった一人で万の魔族が待つ魔界に残ったあの時、二度と会えないと覚悟していたのだ。俺は子供のように声を上げて泣きじゃくった。クレムも言葉にならず、ただガルシアさんの服の裾を強く握りしめて咽び泣いている。
その横で、一緒にゲートをくぐり抜けてきた老人が、驚愕の顔で周囲の景色を見渡していた。
「ま、まさか……。本当に、生きて地上界に戻ることが出来るとは……」
老人はその場にへたり込み、ボロボロと涙を流してうずくまった。
「56年……長かった。土の匂いも、風の冷たさも、魔界の澱んだ空気とはまったく違う。もう二度と、私の故郷であるこの世界の空気を吸うことはできないと諦めきっていたのに……」
故郷の土にすがるように震えるボルマンさんの肩を、ガルシアさんが優しく叩いた。もらい泣きしているガルシアさんの目にも、光るものがあった。
「ふはははははは」
突如として、銀の城の広間に場違いなほど豪快な笑い声が響いた。俺は驚いて涙を拭い、天井を見上げる。
「カールよ。君は毎度、とんでもない奇跡を引き寄せるな」
バイゼル師の声は、これまでにないほど明るく、そして楽しげだった。
「さて、感動の再会のところ悪いが、君たちにはさっそく動いてもらう必要がある。セーズ・テラを、いや多世界を救うときが来たのだ!」
バイゼル師の声が、銀の城に高らかに響き渡るのであった。
◇ ◇ ◇
バイゼル師からの指令は、これまでの複雑な術式や陰謀に比べれば、驚くほどシンプルなものだった。
「可能な限り多数の魔術師を、なるべく早く集めてくれ」
集めた魔術師の魔力を束ねて、次元の壁越しに融合魔族へ直接攻撃を仕掛けるとのことだった。だが、世界を無理やり繋ぎ止めているあの巨大な融合を解くほどの衝撃を与えるには、常軌を逸した人数の魔術師が必要らしい。
具体的には、最低でも3万人以上は必要とのことだった。
俺は息を呑んだ。すぐ来られる国内外の魔術師に声をかけるとして、はたして3万人もの人間が素直に集まってくれるだろうか。正直、ここ最近の他国からの風当たりの強さを考えると、あれほど多くの魔術師が俺たちの呼びかけで集まってくれるとは到底思えなかった。
……とはいえ、これはようやく見つけた一筋の光明だ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
俺とクレムは、すぐさまガバレリア領の魔法師団へと戻り、頼れる仲間であり、最高の上司であるエルウィンさんの元へ駆けつけた。
「お、お前たち! 勝手に何やってるんだ!!!」
執務室の扉を開けた瞬間、エルウィンさんのきつい雷が落ちた。黙って抜け出したのだから当然だが、今はそれどころではない。
俺たちは早口でこれまでの経緯とガルシアさんの生還を伝え、バイゼル師からの指令を報告した。
「ふむ……3万人か」
エルウィンさんは腕を組み、深く考え込んだ。
「我がリディア国で動かせる魔術師が約5千人。関係が良好な近隣諸国の魔術師の半分が来てくれるとして、追加で1万人。およそ1万5千人程度なら確実に集められそうだが、それ以上になると果たして……」
エルウィンさんの顔には、隠しきれない濃い疲労が浮かんでいた。この数週間、俺たちを守るために他国からの非難の矢面に立ち、相当な心労を重ねてきたのだろう。政治的な関係性や、各国の利己的な現実を誰よりも知っている彼の顔色は決して良くない。
「リディア国からの公式な協力依頼という形だと、3万人は厳しいかもしれない……」
エルウィンさんはそう呟いてから、1つ何かを閃いたように顔を上げた。
「であれば、黄泉の門の防衛に参加してくださった、あの歴戦の皆さんに声をかけてみよう。彼らの言葉であれば、各国の魔術師団も無下にはできないはずだ」
そう言うと、エルウィンさんは疲労を微塵も感じさせない足取りで、さっそく他国への通信魔道具が置かれた奥の部屋へと戻っていくのであった。
◇ ◇ ◇
それから3週間後。
今、俺たちはゼレナ山脈の中腹にある銀の城の前に立っている。
眼下に広がる山肌を埋め尽くすほどの、5万人を超える魔術師の大軍団とともに。
黄泉の門の防衛に参加してくれた老魔術師たちに、「世界を救うために、もう一度だけ協力して欲しい」と手紙を送ったのだ。
あの日、カルバン領の地下で共に死線を潜り抜け、奇跡的な生還を果たした防衛隊の面々の団結力は凄まじかった。声をかけた皆からは「私にまかせろ!」「若い者たちにはまだ負けん!」と、この上なく心強い返事が次々と舞い込んできた。
彼らがそれぞれの国で弟子や部下たちに号令をかけてくれた結果、こうして事前の目標を大きく上回る、5万人を超える魔術師の軍団が集結することになったのだ。
「感無量ですね……」
山肌を埋め尽くす数万のローブ姿を見下ろしながら、あの常に冷静なエルウィンさんが、涙をこらえて感動の声を漏らしている。
そしてその横では、ジャック兄さんとガルシアさんが固い抱擁を交わしていた。
自分が犠牲となり魔界に残るという決断をしたガルシアさんの生還に、ジャック兄さんは声にならない声で咽び泣いている。その姿を見ていると、こっちまで泣きそうになってくる。
「さて、これだけの魔術師を集めて、一体どうするつもりなのよ?」
ふいに、隣に立っていたエルザから問いかけられた。彼女もカルバン領から精鋭を引き連れて合流してくれたのだ。
「決まってるだろ! みんなで協力して、あの融合魔族をやっつけるんだよ!」
「そんなの分かってるわよ! 具体的にどうやって攻撃するのかを聞いたのよ、まったく」
俺の勢いだけの答えに、エルザは呆れたようにため息をつきながらツッコミを入れてくる。世界規模の危機を前にしても、相変わらずエルザ節は変わっていなかった。
「魔界に伝わる究極魔法『エーテル・ノヴァ』を発動する」
突如として、銀の城からバイゼル師の威厳ある声が響き渡った。
山肌を埋め尽くしてがやがやとうるさかった5万人の集団が、空から降ってきたバイゼル師の声によって一気に静まり返る。
「……」
しばらくの重い沈黙のあと、バイゼル師がゆっくりと語りだした。
「よくぞ集まってくれた、セーズ・テラの魔術師たちよ。今、君たちの住むこの世界『セーズ・テラ』は、次元の壁を越えた崩壊の危機にある」
5万人を超える魔術師が、息を潜めて一斉に銀の城を見上げた。
「この崩壊を止めるには、魔界という世界そのものを歪めている、光の巨大魔族を打ち倒す必要がある。そのためには、いにしえの魔界に伝わる究極魔法『エーテル・ノヴァ』を発動しなければならない」
魔界に伝わる究極魔法という言葉の響きに、歴戦の魔術師たちが一斉に息を呑む音が聞こえた。
「この魔法は個人の力では決して放てない。発動するには最低でも3万人を超える魔術師の魔力を完全に同調させる必要がある。まさに今、ここに集まった5万を超える魔術師が心を一つにし、この究極魔法を撃つために協力し合う必要があるのだ」
バイゼル師の言葉に、熱を帯びた強い力がこもる。
「己の力を信じよ! そして、みなの力を合わせて、この世界の崩壊を救ってみせよ!」
その宣言が終わると同時、地響きのような雄叫びが上がった。
5万人を超える魔術師たちの決意に満ちた声が、ゼレナ山脈の空を揺るがすのであった。




