【第105話】魔界の生存者と光の巨人
『次元の膜越しに、無理やり引き留めている……』
なんだそりゃ? そんな化け物、どうすりゃいいんだよ?
俺たちはあまりの事態に困惑し、立ち尽くした。
「バイゼル師、我々はどうすれば良いですか?」
冷静さを取り戻そうと、エルウィンさんが虚空に向かって確認する。
「……残念ながら、とりうる手段がない」
バイゼル師の沈んだ声が響いた。
「我々に、ただ座して死を待てと言うのですか?」
エルウィンさんの声に微かな怒りが混じる。
「君たちがあがくのは自由だ。だが、我々第三の世界のシステムからでは、これ以上の物理的な介入の余地がない、というだけの話だ」
淡々と返答された。
バイゼル師が最初に出会った時に言った「私は君たちの仲間ではない」という言葉の意味が、ここに来て痛いほどよく分かる。彼らにとって、我々はあくまで計画の駒の一つに過ぎないのだ。
だが、ここで諦めるわけには行かない。
エルウィンさんとバイゼル師の間で、何度か緊迫した問答が続く。やがて、深いため息を吐きながら、バイゼル師が一応のアドバイスらしきものをくれた。
「アン・テラの科学力次第だが……あの融合魔族は、本来の生命の理から外れた、かなり無茶な状況にあると思われる。もし何らかの方法でもう一度魔界に行き、あの融合体に何らかの強い刺激が与えられれば、融合が解ける可能性はゼロでは無い。ただし……これが実現可能だと思うかね?」
うぅ……正直、厳しすぎる。
魔界へ繋がる黄泉の門は全て破壊してしまったし、最後にガルシアさんの次空斬で世界の繋がり自体を完全に分断している。そもそも、どうやって行けと言うんだ?
それに、仮にどうにかして魔界に着いたとして、俺が融合魔族にアトミックブレイクを放ったところでどうなる? あの強大な魔王にすらダメージが与えられるか怪しいのに、全魔族の力が合わさって世界規模の質量を持った化け物に、何らかの刺激になるだろうか……?
「魔界には、ガルシアさんがいる……」
俯いていたジャック兄さんが、絞り出すようにつぶやいた。
ジャック兄さんのすがるような気持ちは痛いほど理解できる。だが……あの限界を超えた状態で、魔界に一人残ったガルシアさんが生きているとは到底思えない。仮に辛うじて命をつなぎ留めていたとしても、あんな荒野で放置されていれば、すでに息絶えているはずだ。皆がそう理解しているからこそ、誰も何も言うことができない。
どうすることも出来ない。
銀の城の中枢に、重苦しい沈黙がいつまでも続くのであった。
◇ ◇ ◇
「うぅ……こ、ここは……。うっ……」
全身の傷がひどく疼く。私は一体、どうなったのだ……。
「おぉ、目を覚ましなすったか」
不意に、しわがれた老人の声が聞こえてきた。
「はい……。ここは一体、どこですか?」
ガルシアは、重い体をわずかに動かしながら老人へ問う。
「ここは魔界の僻地じゃ。まさかこんな辺境に、人間が血まみれで倒れているとは思わなんだ。覗き込んでみれば微かに息もある。慌てて連れ帰って看病したんじゃよ」
「それはありがたい。心から感謝する」
「それにしても、あんな大怪我をしておったのに何とか持ち堪えるとは。あんた、相当体を鍛えていたんだねぇ」
老人は、ガルシアの鍛え抜かれた肉体を見て感嘆の声をあげた。
ただ、その直後に老人はひどく硬い顔つきになり、こう言った。
「しかし、せっかく生き残ったところ申し訳ないが、今この魔界は大変なことになっておる。とんでもなく巨大な魔族が現れて、世界そのものを歪ませているんじゃ。世界の終わりとは、まさにこんな状態のことを言うのだろうな」
老人はゆっくりと歩み寄り、部屋のカーテンをあけて外の景色を見せた。
ガルシアは目を見張った。そこには、山よりもはるかに巨大な光の巨人が、ひび割れて歪んだ空に必死にしがみ付いている異様な光景が広がっていたのだ。
◇ ◇ ◇
数週間後。
ガルシアは、超人的な回復力で何とか自力で動けるまでに復活した。
ガルシアを助けてくれた老人は『ボルマン』と名乗った。
彼は56年前、まだ子供の頃にカルバン領から生贄としてこの魔界へ送られてきたらしい。だが運良く儀式の隙を突いて逃げ出すことに成功したのだ。
他にも何人か同じように生き延びた人間がいたらしく、その数名とこの僻地で息を潜めて隠れ暮らしていたという。
「そして、今日まで生き残っているのは、ついにわしだけになってしまったわい」
ボルマンは寂しそうにそう言うと、窓の外の歪んだ空を見る。
「さて、その命もいつまで続くことか……」
ガルシアは、いつまで経ってもこの魔界が次元の狭間へ放逐されないのを不思議に思っていた。
おそらく、あの空にしがみついている光った巨大な魔族が、強引に世界を繋ぎ止める何かをしているのだろう。カール君たちが地上で困っている姿が目に浮かぶ。
こいつをどうにかしないと、私たちの世界は救われない。
体が回復してきたので、あの巨大な魔族に挑んでみようと考えたガルシアだったが、相手が巨大過ぎて、足元に近づくことすら叶わなかった。
また、最大の武器であった魔剣は、次空斬という神業を放った時の凄まじい衝撃で根元から折れてしまっていた。今の彼には、戦うための武器すらない。
「ボルマンさん。このあたりで、どこか武器が手に入りそうな場所はありませんか?」
ガルシアは真剣な眼差しで尋ねる。
「まともな武器となれば魔王城に行けばあるじゃろうが……あそこには、人間を虫けらのように殺す強い魔族がわんさか居る。武器を持たずにあんな場所に行くのは、ただの自殺行為だぞ」
「しかし、このまま何もせずに動かないというのも、私の性に合わないのでね。その魔王城とやらを、少し見てきますよ」
ボルマンから魔王城への行きかたを教えてもらい、ガルシアはさっそく一人で向かってみた。
道中、警戒を怠らずに進んだが、不思議なことに魔族には一体も出会わなかった。
(もしや、あの空にいる巨大な魔族は……魔界にいる全魔族が合体した姿なのか?)
ガルシアの持ち前の勘が、事態の真実を正確に捉え始めていた。
そして彼は、誰一人として魔族に遭遇することなく、静まり返った魔王城へと無事に着くのであった。




