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スライム食ったら世界を救うことになった【完結済】  作者: エリト


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【第104話】最後の仕上げと、見えざる楔

俺たちは、当初不可能だと思われていた過酷な課題をクリアした。

魔界の(コア)へのエネルギー注入、黄泉の門の破壊、そして時空の切断。すべてを終え、あとは銀の城にいるバイゼル師に最後の仕上げを任せるだけだ。


ただ、俺たちの心の中に、やり遂げたという達成感はない。

それどころか、己の無力さに対する怒り、大切な仲間を置いてきてしまった悲しみ、そしてどうしようもないやるせなさといった負の感情が、黒い渦のように胸の奥で渦巻いていた。


そして、誰もが満身創痍だった。精神的にも肉体的にも限界を迎え、もう1歩も動けない。

重い足取りのまま、俺たちはカルバン領の魔法師団の施設で、泥のように眠り、一夜を明かすのだった。


翌朝。

激戦を生き残った歴戦の老魔術師たちは、それぞれの国や領へと帰っていく準備を始めていた。誰もが疲労の色を濃く浮かべながらも、俺の肩を叩き、「あとは任せたぞ。吉報を待っている」と言い残してくれた。


中庭では、アストリア国のオズワルド師とグスタフ学長が別れの挨拶を交わしている。


「この機会に、お前のしぶとい最期を看取ってやろうと思ったのにな。また生き残りおって。ふふっ」

「何を言うか。それはこっちのセリフだ。ハハハ」


かつて魔術師としての成功を競い合っていた二人は、顔を見合わせて笑い合い、がっちりと固い握手を交わした。やがて、オズワルド師を乗せた馬車がゆっくりと出発していく。


その様子を少し離れた場所で見守っていたドノヴァン師に、グランゼン様が声をかけた。


「ドノヴァン殿。本当に、素晴らしい戦いだった」


「いや……」

カルバン領魔術師団の長であるドノヴァン師は、静かに首を横に振った。


「私がこの手で世界と娘を救うつもりでしたが……結果としては、娘と、彼女が信じた若き仲間たちに助けられる形となりました」


ドノヴァン師は、どこか晴れやかな顔で澄み渡る朝の空を見上げた。


「我々老兵の時代は、ここで終わりました。このカルバン領魔術師団の行く末も、これからの未来も、すべては次の若い世代に任せます」


それは、彼が長年胸に抱き続けてきた国への恨みと、過去の妄執からの完全な訣別宣言であった。


「ドノヴァン殿のその決断に、心から感謝する」

グランゼン様は、恨みを産んでしまった王家として、そして国を支える者として、彼に向かって深く頭を下げるのであった。


◇ ◇ ◇


その日の夜。俺たち5人は、ドノヴァン師から夕食に招かれた。

今回の死闘の慰労と、この後の動きについて最終的な確認をするためだ。

ガルシアさんに救われ、魔界から生還したジャック兄さんも、まだ顔色は悪いものの同席している。


「このあとは、どうするのだ?」

静かに問いかけるドノヴァン師に対し、エルウィンさんが答えた。


「我々は銀の城へ行き、バイゼルにすべての首尾を報告します。その後は、バイゼル師が城のシステムを用いて、魔界を次元の狭間へと完全に放逐する予定になっています」


「……という事は、こちら側で直接やれることは、ほぼ終わったということか」


「ええ、そうなります」


エルウィンさんのその言葉を聞いて、俺はふと、これまでの長い旅路を思い返していた。


10歳の時、誰の目にもつかない暗い試練の祠に落ちたあの日。

生き延びるために光るスライムを食らい続け、異常なまでの魔力を手に入れた。クレムやジャック兄さんやエルウィンさんと出会い、そこから銀の城を発見し、調律という名の欺瞞を知らぬままヴォルク師と出会った。

魔法学校ではエルザと出会い、共に数々の死線を潜り抜け、黄泉の門の存在を知り、世界の崩壊という途方もない危機に巻き込まれていった。


この8年半という月日は、本当に濃密だった。

ただの無力な少年だった俺が、世界を救うための旅の終着点に立とうとしている。ここで、ようやくひと段落となるのだ。


……とはいえ、完全に終わるまで、最後まで油断大敵だ。

俺には最後に、『銀の城とテンパメントの力を連動させて、魔界を次元の狭間へと放逐する』という、とてつもない大仕事が残っている。


己の両手を見つめ、俺は改めて深く気合いを入れ、気持ちを引き締めなおした。


◇ ◇ ◇


数日後、我々5人は再びゼレナ山脈を登り、銀の城へと到着した。


既に、世界の危機とそれに立ち向かった者たちの話は各国の王家や魔法師団の間に広まり、周知の事実となっていた。そのため、世界を救う最後の瞬間を見届けるべく、銀の城へ同行したいと申し出る者が後を絶たなかった。


しかし、最終的にこの場に足を踏み入れたのは、俺たち5人だけだ。

あとは最後の仕上げを残すのみであり、何が起こるか分からない未知のシステムを操作する場に、多くの人間を巻き込むわけにはいかない。今回の件がすべて無事に終わり、安全が確認されてからにして欲しいと、皆さんには固くお願いをしたのだ。

グランゼン様の強力な計らいもあって、そのように手配され、我々だけでここまで来ることができた。


静寂に包まれた銀の城の中枢広間に入る。


「よくぞ無事に参った」


どこからか響くバイゼル師の声には、確かなねぎらいの感情がこもっていた。


「さぁ、カールよ。中央の台座にきたまえ。長かった戦いの、最後の仕上げといこう」


促されるまま、俺はゆっくりと台座に向けて歩を進める。

一歩踏み出すごとに、ガルシアさんの笑顔や、散っていった老魔術師たちの顔、そしてこれまでの激闘の記憶が頭の中を駆け巡る。彼らの命の重みが、今の俺の背中を押してくれている。


俺は真剣な顔で台座の前に立つと、バイゼル師に言われた通りに両手を広げ、システムの光に触れた。


「テンパメントを発動しろ!」


『俺は、俺たちは世界を救うぞーーー! テンパメントーーーー!!』


俺は腹の底から叫びながら、体内の魔力を限界まで練り上げ、最後のテンパメントをシステムへ向けて発動した。


「……」


ん?

数秒が経過したが、何も起こらない。

光が溢れるわけでも、城が揺れるわけでもない。


あれ、これで成功したのか? それとも、まさか失敗か!?

俺が戸惑って振り返ろうとした時だった。


「……切り離しに、失敗した」


虚空から響いたバイゼルの声は、これまでにないほど苦々しく、重いものだった。


「え……? マジか……」


俺は二の句を告げず、ただ絶句した。

後ろで見守っていたエルウィンさんたちも、信じられないという顔で固まっている。


「どうやら、魔界の魔族たちを乗っ取ったアン・テラのやつが、魔界の(コア)と全魔族の命を強制的に融合させたようだ。正直なところ、遠隔でどうやってそんな真似をやったのかは私にも分からない。……忌々しいが、さすがはアン・テラの異常な技術力だ」


「もしかして……」

俺は嫌な想像に行き当たり、声を震わせた。

「その融合魔族のせいで、ガルシアさんが命と引き換えに放った次空斬が、失敗してしまったのですか?」


「いや、違う。すべての黄泉の門の物理的な破壊と、空間を断ち切る次空斬の術式自体は完璧に上手くいったようだ。あの剣士は見事に役目を果たしてくれた」


では、なぜ切り離しに失敗したというんだ!?


「数万の魔族と魔界の(コア)が一体化した融合魔族の力は、もはや一つの小さな世界に匹敵するほど計り知れない。やつらはその莫大な重力と執念を使って、切断されたはずの魔界と地上界との剥離を……次元の膜越しに、無理やり引き留めているのだ」


俺たちは、突きつけられたあまりにも絶望的な事実に、ただ呆然と立ち尽くすのであった。


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