【第102話】狂戦士の猛攻と魔王の決断
バーサーカーと化したガルシアさんは、自身の肉体に刻まれる多少の傷など一切気にすることなく、敵の群れへと一直線に突進していった。
そのあまりの速さに、目で追える者など敵味方含めてほぼいない。大剣が閃くたびに魔族の四肢が宙を舞い、黒い血が荒野に撒き散らされる。
ガルシアさんがこの絶望的な戦局において、唯一にして最大の要であることは誰の目にも一目瞭然だった。
当然、魔族たちもなんとかしてこの規格外の人間を止めようと、高火力の魔法を彼に集中させてくる。しかし、老魔術師たちは防御の陣形を組み直し、全力でガルシアさんを護り、絶え間なく回復魔法を飛ばし続けた。
ガルシアさんの剣によって次々に魔族が倒れていく。すると、その倒れたばかりの魔族を狙って、後方からエルザとドノヴァン師が死霊魔術の呪線を絡みつかせ、強制的に使役していく。
本当のところ、二人がまともに使役できるゾンビ兵の数はとうに限界を迎えていた。それでも無理をして動かしているのだが、新しく斬られたばかりの絶対的な強者である仲間が、次から次へと敵に変わって襲いかかってくるという悪夢のような光景は、予想以上に魔族たちの精神を深くえぐっていた。
ここに来て、強者であるはずの魔族側に得体の知れない恐怖の感情が蔓延していく。
今回この門へ集まってきた魔族の多くは、少し強い羽虫でも潰すような、害虫駆除の感覚で参加した者がほとんどだったはずだ。それが今や、油断すれば一瞬で首を飛ばされ、死体となって操られるという、命を懸けた文字通りの死闘となっている。
攻めてきた目的もまるで分からない相手。なぜ自分たちは、わざわざ命を捨ててまでこんな下等種族と本気で戦う必要があるのか。
そう思う者が、魔族の中で続出したのだ。
相手の戦意が揺らいだその瞬間を、百戦錬磨の老魔術師たちが見逃すはずがなかった。相手の困惑と連携の乱れを見抜くと、今ここが勝機とばかりに、残った魔力を振り絞って幾重にも重なる巨大な合わせ技を放った。
防御や自身の回復に集中していた魔族たちにとって、それは致命的な一撃となった。手痛い反撃を受け、ついに背を向けて逃亡を始める魔族が出始めた。
今だ。勝鬨を上げろ。
「「「うぉぉぉぉぉっ!!」」」
老魔術師たちの地を揺るがすような雄叫びを聞いた魔族たちは、完全に戦意を喪失し、一斉に転移魔法を展開して退却していくのであった。
◆魔王城組
「解せぬ……。なぜ人間が、魔界の核などを欲するのだ」
魔界の核を背にした魔王は、重圧を放ちながらしばらく考え込み、静かに口を開いた。
「われが魔王の座についてから5千年間、ただの1度たりともそのような蛮行を企てた者はいなかった。それ以前の魔王が、最初の人間を造り出した2万年前にまで歴史を遡っても、そんな記録は残っていない。お前たちの真の目的は何だ?」
「地上界を救うためです」
エルウィンさんが、一切の怯みを見せず、真剣な顔で真っ直ぐに答えた。
横で見ている俺でもはっきりと分かる。この圧倒的な存在感を放つ魔王には、どんな些細な嘘も通じない。
なぜか、相手の目を見ているだけで見抜かれると本能で理解できるのだ。嘘をついた瞬間に、問答無用でこの世から消し去られるだろう。俺の直感がそう激しく警鐘を鳴らしていた。
「何があった? 地上界が破滅するというのなら、それは贄の供給源を失う我らにとっても死活問題だ。包み隠さず申せ」
「詳しい話は時間の都合上省略させていただきますが、我々の地上界でも、そしてこの魔界でもない、まったく別の世界から我々は理不尽な攻撃を受けています。その他世界規模の攻撃を避けるために、どうしてもこの魔界の核が必要なのです」
魔王は、鋭い眼光でじっとエルウィンさんを睨みつけた。
「……嘘は申しておらんな。なるほど、さて、困ったことになったな」
俺は心底驚いた。こんなスケールの大きすぎる突拍子もない話を、魔界の頂点に立つ魔王があっさりと聞いて、信じてくれたというのか。
「われが人間の言葉を信じたのが不思議か? なに……我らが住む世界とは別の次元に世界があるらしいと言うのは、実は以前から何となく把握しておったのだ。地上界を観測する魔法を研究していた変わり者が、『どうも別の世界の法則が干渉しているらしい』と申しておったからな」
なるほど。たしかに世界の境界や次元の狭間に近い魔界で、これだけ魔力が豊富にあれば、そういった他次元の観測に成功する可能性は十分にあるのだろう。
「して、この核を使って、その別世界からの攻撃とやらをどのように回避するというのだ?」
「そこにいるカールという者が、とある魔法を使ってその魔界の核に次元の狭間のエネルギーを極限まで注入します」
「ほう、人間にそんな神がかった事が出来るというのか!?」
これには、ずっと威厳を保っていた魔王もわずかに目を丸くして驚いたようだ。
「そして、エネルギーが満ちた後に我々は地上界へと戻り、この魔界という空間ごと切り離して『次元の狭間で大爆発させる』ことで、相手の攻撃を波で相殺し、無効化します」
「なるほどな。お前達が必死にここへやって来た行動の意味がよくわかった。その攻撃とやらは、いつ頃起きるのだ?」
「今回の攻撃の到達は、280年以上先になります。ただし、急ぎ対処してこの事象を終わらせないと、その別世界から、また別の嫌がらせのような攻撃が来る可能性があります。ゆえに、なるべく早い対処を求められているのです」
魔王は静かに目を瞑り、しばらく考え込んだ。
「魔界と地上界を繋ぐあの門は、あと数時間もすれば閉じてしまうか……。次に開く72年後を待つという手もあるが、その間に別世界から未知の攻撃をされては、もう打つ手はなさそうだな」
やがて、魔王は目を開き、力強く決断した。
「故郷であるこの魔界を捨てるのは苦渋の決断だが、共倒れになるよりはマシだ、致し方ない。われら魔族も皆で地上界へ移住するぞ」
そう言うと、魔王は俺の方へと向き直った。
「坊主。魔界の核へ次元の狭間のエネルギーとやらを、さっさと注入せよ」
あまりにも突然の魔王からのご指名に、俺は肩をビクッと跳ねさせながら「はいっ!」と大きな声で答えた。
俺はバイゼルに教えられた通り、祭壇の中央で青白く輝く魔界の核に両手を添え、己の底なしの魔力を押し込むように念じた。
『テンパメント!』
「!!」
魔法を発動した瞬間、想像を絶するほどの凄まじい力の奔流が核から逆流してきた。俺の身体は木の葉のように吹き飛ばされそうになったが、両手が強力な磁石のようにコアにぴったりと吸い付いていたおかげで、なんとかその場に留まることができた。
必死に踏ん張りながら周りを見ると、魔王以外のエルウィンさんやジャック兄さん、クレムは、衝撃波によって部屋の壁際まで無残に吹き飛ばされてしまっていた。
「おお! これほどの波動とは!! かつて感じたことの無い絶大な力よ。われでも身の震えが止まらんわ」
強大な魔王ですら、そのエネルギーの奔流を前にして感嘆の声を漏らしている。
やがて暫くすると、荒れ狂っていた力の奔流は静かに落ち着いていった。
そこには、先ほどまでの青白い光ではなく、まるで本物の太陽のように力強く、そして圧倒的な熱量で黄金色に輝く魔界の核が存在していた。




