【第101話】魔界の核と、狂戦士の咆哮
俺たちは厨房脇のストックルームにたどり着いた。
少し開いた扉の隙間から覗くと、厨房では若そうな魔族が忙しなく立ち働いているのが見えた。バイゼル師が依り代にした魔族の記憶のおかげで、ここから食堂や大広間、そして王座の間など、城の主要な部屋への道順は頭に入っている。
問題は、最終目的地であるコアのある部屋の正確な場所だ。
「古い城の隠し部屋というものは、地下の最深部か、大きな鏡の裏側、あるいは階段の裏などに作られるケースが多いですね。さて、この魔王城も同じような構造でしょうか」
エルウィンさんが声を潜めて推測を口にする。
「どこにありそうですか?」
クレムが緊張した面持ちで尋ねた。
「そうですね。我々にとって最悪なケースは、王座の間の裏側にあるパターンです。あそこなら常に見張りが立っていても違和感がないので、外部からの侵入が極めて困難になります。魔界の核がそれほどまでに大事な物であるなら、そこにある可能性が一番高いでしょうね」
迷っている暇はない。一番可能性が高そうな場所から当たってみるしかない。
俺たちは気配を殺しながら、迷路のような廊下を進んでいった。内部の廊下には見張りが立っていないと記憶から知っていたため、王座の間の手前まではすんなりと来ることができた。
だが、問題は王座の間の扉の前だ。そこには筋骨隆々の魔族の見張りが2人、微動だにせず立っていた。
さすがは王座の間を守る近衛兵といったところか。全く隙がない。相手が1人なら俺の力で一瞬で片付けられるだろうが、2人同時となると、負けはしないまでも大きな騒ぎになってしまう。
さて、どうしたものか。
我々が物陰で息を潜めて躊躇していると、見張りの2名がどこからか声をかけられたらしく、揃ってその場を離れてしまったのだ。
おぉ、すごいラッキーだ。
俺たち4人は顔を見合わせ、この好機を逃すまいと急いで王座の間へと忍び込んだ。目指すは一番奥、豪奢な装飾が施された王座の裏側だ。
「やはり、隠し部屋がありますね……」
エルウィンさんが王座の背後にある壁の不自然な継ぎ目を見つけ、魔力を流し込んで隠し扉を開けた。
中に入ると、薄暗い下へと続く階段が現れた。足音を殺してその階段を進むと、やがて広めの部屋に出た。
その一番奥に、厳かな祭壇が設けられている。そして祭壇の中央には、大きくて見るからに高密度な魔硝石が、脈打つように青白い光を放って輝いていた。
やった。あっさりと魔界の核を見つけたぞ。
作戦のあまりの順調さに、俺が心の中で快哉を叫ぼうとした、その時だった。
「なぜ人間が、命を賭してまで魔界にわざわざ来たがったのか不思議に思っていたが……なるほど、魔界の核が目当てだったのか」
頭の芯に直接響くような、低く、しかし絶対的な力を持った声だった。
その声を聞いた瞬間、俺たちは全身の血が凍りついたように身動きが取れなくなった。莫大な魔力の重圧が部屋全体を満たし、呼吸をすることすら困難になる。
「私はこの世界を統べる、魔王と呼ばれているものだ。さて、来訪者の諸君。少し話をしようか」
闇の中から、圧倒的な強者の気配を纏った魔王が、ゆっくりと姿を現した。
◆防衛隊組
デッドマンズ・ワルツ。
死者を操るというカルバン領の恐るべき秘術によって、死んだ魔術師たちと魔族の死体がゾンビ兵として味方に加わった。エルザとドノヴァン師の力によって、戦況は徐々に人間側が優勢になりつつあった。
「このままではまずいぞ」
「あの二人の死霊使いを先に殺せ!」
焦りを見せ始めた魔族たちが、空からドノヴァン師とエルザに向けて強力な魔法を集中させる。炎と雷の豪雨が、2人を焼き尽くそうと降り注いだ。
「ウロボロス・ゲート!」
ドノヴァン師が杖を振りかざし、あの時俺たちを苦しめた極大魔法を発動した。
巨大な蛇が自らの尾を噛むような魔法陣が空中に展開される。2人に一気に集まっていた致死の魔法の束が、そのゲートに吸い込まれ、魔族が5人以上固まって浮遊している場所へと向きを変えて撃ち出された。
「なっ!?」
狙われた魔族たちは慌てて空中で回避行動をとろうとする。だが、そこには自爆覚悟で空高く跳躍したゾンビ兵たちが食らいついており、彼らの腕や足を掴んで逃がさない。
極大に膨れ上がった魔法が、そのまま魔族たちのど真ん中で炸裂した。
すさまじい爆発が起こり、一気に5名もの魔族を空の彼方へ葬り去ることに成功した。
これで魔族の残りは23名。対するこちらは130名以上の老魔術師たちと、痛覚を持たないゾンビ兵が残っている。これなら押し切れる。
誰もがそう希望を抱いた時だった。
上空の空間が次々と歪み、魔族側に新たな援軍が転移してきたのだ。その数、ざっと25名。さらに遠くの空には、こちらへ向かって飛んでくる数十名の援軍の黒い影も見える。
……この数は、どう考えても絶望的だ。
「陣形を崩すな! 防御障壁を重ねろ!」
オズワルド師が叫び、老魔術師たちが幾重にも光の壁を展開する。だが、倍以上に膨れ上がった魔族たちの猛攻は凄まじかった。
氷の槍が嵐のように降り注ぎ、結界に亀裂を走らせる。そこへ大質量の火球が叩き込まれ、防御陣がガラスのように砕け散った。
「ぐぁぁっ!」
「防ぎきれん……っ!」
結界を破られた老魔術師たちが、次々と魔法の直撃を受けて倒れていく。血飛沫が舞い、荒野は焦熱地獄と化していった。回復魔法が全く追いつかず、人間側は瞬く間に劣勢へと追いやられていく。
このままでは防衛線が崩壊し、黄泉の門を破壊されてしまう。皆が濃密な焦燥感に駆られている時だった。
「エルザ嬢! 私に魔法をかけてくれ!」
大剣を構えたガルシアさんが、血の混じった息を吐きながらエルザに叫んだ。
「え? 私はクレムのような支援のバフ魔法はかけられないわよ」
エルザが困惑したように返す。
「違う! カール君を強制的に動かした、あの魔法だ!」
その言葉に、エルザはハッとして目を見開いた。
「バーサーク・パペットのことね。なるほど、それなら行けるかもしれないわ……でも、後で身体がどうなっても知らないわよ」
「早くしたまえ! 世界が滅びるよりはマシだ!」
ガルシアさんの覚悟に満ちた叫びを聞き、エルザは迷いを捨てて杖を突き出した。
「バーサーク・パペット!」
黒い魔力の糸がガルシアさんの身体に絡みつく。次の瞬間、ガルシアさんの全身の筋肉が異様なまでに盛り上がり、その両眼が血のように真っ赤に染まった。
理性を代償にして身体能力の限界を強制的に突破させる、恐るべき狂戦士化の魔法だ。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
獣のような咆哮を上げたガルシアさんが、地面を爆発させるような踏み込みで跳躍した。
まさにバーサーカーモードだ。大剣が凄まじい風切り音を立てて閃き、油断して近づいていた魔族の胴体を、瞬きする間もなく次々と真っ二つに切り捨てていった。




