次の一歩
同じ月の後半、俺は木の形成の生物学的プロセスについて集中的に勉強し始める。ついに、もう一つの独自の魔法を開発する時が来たのだ。
俺の最終的な目標は、完全に成長した木をほんの数秒で出現させ、思いのままに操れるようになることだ。
俺は木が自然にどう成長するかを綿密に調べてきた。一番最初のステップは、成長可能な種を作ることだ。俺の森の魔法への適性のおかげで、これは比較的簡単な作業だ。
比較的簡単と言ったが、何百種類もの木の種があり、それぞれに独自の特性があるという事実は、意図的に無視している。
馬鹿げているように聞こえるかもしれないが、実際、俺は木の種の内部構造を勉強しなければならなかった。前の人生で生物の先生が俺の頭に叩き込もうとしたが、実際に知る必要があるとは夢にも思わず、完全に無視していたものだ…
裸子植物の木の発達についての詳細な復習で退屈させるつもりはない。そんなことをすれば何時間もかかるし、率直に言って、クソほど退屈だからだ。
森の魔法を使えば、木や種のすべての生物学的要素を完璧に合成することができる。しかし、魔法は手順を飛ばさせてはくれない。何をどうすればいいのか、正確に理解する必要がある。
ケーキを焼くのと同じだ。目の前にすべての材料が並べられていても、正しい分量と正確な作業手順を知らなければ、ケーキはゴミみたいな出来になる。
同じ原理が魔法にも当てはまる。材料をすべて持っていても、それを実際にどうすればいいか知らなければ無意味だ。だから勉強しなければならない。要するに、俺はレシピを学んでいるのだ。
退屈な詳細はさておき、月末には、ついにこの魔法の機能する試作品が完成した!
美しい春の日だ。朝日が植物を黄金色の光で包み、花々は高くそびえ立っている。
森の端に向かって歩きながら、俺はこの魔法を初めて試す準備をする。
これまでも小規模なテスト――種自体を作り出すだけ――は行ったことがあるが、今回の試みは全く違うものになる。
種が早く成長できるように、マナを直接種に注入する方法を長時間考えた。残念ながら、種の内部構造に壊滅的なダメージを与えない方法は見つからなかった。
そこで、俺は代替のアプローチを思いついた。純粋な生のマナの薄い殻で種全体を包み込むのだ。
これはより怠惰で簡単な解決策だが、今重要なのは、それが実際に機能するかどうかだけだ。
理論上、マナでコーティングされた種が土に触れると、それは割れて開き、即座に周囲のマナを吸収して成長の燃料にする。しかし、それだけでは木を発芽させるには不十分だ。
だから、種はそのマナを使って、根からの栄養吸収プロセスを劇的に加速させる。
恐ろしく失敗して、変形した木や枯れた木になる可能性は何十通りもあるが、だからこその試作品だ。
手を伸ばし、マナを集中させる。長い松ぼっくりに似た小さな種が、手のひらに実体化し始める。その表面には、マナの薄く半透明な白いベールが揺らめいている。
土に埋める必要があるのかはまだ分からない。草に触れるだけで植物が育つなら、それが理想的だ。もしかしたら、もっと多くのマナがあればできるかもしれない。
手首を軽く弾き、投擲に少し速度を加える。種は前に飛び出し、土に部分的に埋まる。
うまくいったか?
突然、小さな芽がゆっくりと土を押し分けて出てくるのが見える。それは枝分かれし始め、急速に細い幹を形成して上へと伸びていく!
幹は太くなり始め、枝には葉が生え始める。現実世界でタイムラプスのビデオを見ているようだ。
ついに、数秒の激しい変化の後、木は青々とした葉と広がる枝で完全に満たされる。
最終的な高さはごく平均的だ。驚くほど高いわけでも、がっかりするほど低いわけでもない。幹も特に太くない。葉は鮮やかで飽和した緑色だ。リンゴの木からリンゴを取ったような見た目をしている。
成長には思ったよりずっと時間がかかった…外殻に込めたマナが少なすぎたに違いない。あるいは、ここの土壌の栄養が乏しいだけかもしれない。
プロセスを分析すると、初期の発芽段階は間違いなく加速されていたが、最終的な成長段階は鈍かった。つまり、木が完全に成熟する前に、マナのコーティングが枯渇したか、弱まったに違いない。
木が自然に成長するには何年もかかり、その発達の各段階には特定の時間が必要だ。完全に成熟するには単に発芽よりも多くのマナを必要とする可能性があるため、それに応じてマナの濃度を上げる必要がある。
それでも、種から若木へとほんの数秒で成長するのを目撃するのは、純粋に驚くべきことだ。もし俺の前の世界に魔法が存在していれば、地球温暖化なんて問題にもならなかっただろうな…
これはまだ最初のテストに過ぎない。この魔法を素早く効率的に唱えられるようになるまでには、まだ何百もの改良を加えなければならない。基本的に、俺の前には山のような作業が待ち受けている。植物生物学をもっと勉強しなければならない上に…
植物について学ぶのは嫌いじゃない。俺が嫌なのは、前の人生で授業に注意を払ってさえいれば簡単に身につけられたはずのことを、わざわざ学ばなければならないことだ。
土の棘、根の操作――それらの技術を理解するために、深く勉強する必要はなかった。でも、それが人生ってやつなんだろうな…
いや、今考えてみると、これらのマナを注入された種は、俺の土の棘の確固たる代用品として機能する可能性がある。だが、その可能性を探るのは後回しにしよう。




