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白き竜への鎮魂歌(レクイエム)  作者: 栢瀬千秋
始まりの街・アベントゥーラン
17/18

第17話:話し合い

「これは……」

「間違いないのう、魔術陣じゃ」


 レオニスとプエラリフィアは、そこに描かれている魔術陣を見る。

 それはかなり緻密であり恐らく現在の魔法使いたちでは理解出来ないものだろう。


「……召喚系、それもこの場所ではないな。暗号化されてないだけ助かったか」

「解析が必要じゃが、間違いないのう。しかし、この時代でこれだけのものを組む存在がおるとは驚きじゃ」


 プエラリフィアはこの世界における魔法の程度を把握している。

 レオニスからだけでなく、様々な資料や最近の学術書を図書館で調べ上げていたのである。


「破壊すべきか……しかし、既に発動しておるようじゃから、証拠として残すべきか」


 魔術陣を見ながらプエラリフィアが唸る。

 それもそうだろう、この魔術陣によってどこかの場所に対し魔物の襲撃が発生してしまうのだ。

 人為的なものであるのならば、証拠として出すことで犯人を捕らえられるかもしれない。

 だが、この魔術陣を見たところで理解できるとも思えないのが事実だ。それこそ、証拠として出そうとしたところで、逆に『何故分かるのか』という話になって、犯人として疑われる可能性が出てくる。


「難しいところだな……証拠として提出したとて、それを信じてもらえるとは思えんしな。転写した上で破壊しよう」

「じゃな」


 レオニスの判断に頷くプエラリフィア。

 同時にレオニスは1枚の魔導紙を取り出し、魔術陣の上で術式を展開させる。


《コマンド:【コピー】 ターゲットチェック エクスキュート》


 同時に魔導紙が光り、地面の魔術陣がそのまま複写される。

 それを自身の魔道書である【緋竜大星図】に挟むと、隣のプエラリフィアが別の術式を展開する。


《コマンド:【ディグ】》


 プエラリフィアが使うのは掘削の術式だ。

 土にせよ石壁にせよ、掘削のためのこの術は、攻撃性を無いものとして組むことで高い掘削力を発揮している。

 基本的には建築で使うような一般魔術とされるものだ。


「これで構成も維持できぬはずじゃ……何?」


 地面を掘削していたプエラリフィアが驚きの声を上げる。

 本来【陣】というものは、それが設置されている場所に依存する。

 例えば地面に設置している場合、その地面が破壊されてしまえばその陣は効果を失ってしまう……はずなのだが。


「……魔術陣、残っているな」

「面倒じゃのう……解析せんと処理が出来ん」


 このタイプの術式は、他の術式と連動しているため双方同時に破壊する必要があるか、【エーテル設置型】と呼ばれる、エーテルによって常時発動し、エーテル上に存在するために構築破壊が出来ない形の術式かのどちらかだ。


「しかし、エーテル設置型をこの時代の人間が発動させられるか……?」

「確かにのう……どうにもきな臭い気がする」


 この術式はかなり複雑だ。

 召喚系の術式を組み上げるだけで困難なのに、エーテル設置型を組むのはこの時代では不可能と言って過言ではない。


「まあ、後で解析するとして……《コマンド:【デストロイ】 ターゲット:エリアセレクト オーバーライド・エクスキュート》」


 だが現状ここで解析している時間は無い。

 やむを得ず、レオニスは術式破壊用のコマンドを使い、強制的に停止させることにした。

 これも最近レオニスが作り上げたもので、強制的にそこに存在する術式を停止させて使用不可にするためのコマンドだ。

 その代わり、術式自体が破壊される関係で解析が出来なくなるので、レオニスは先に複写して解析のために別で残す必要があったのだ。


「さて、戻るか」

「そうじゃな」


 そういいながら、二人は洞窟をでていくのであった。


 ◆ ◆ ◆


 ――翌日 アベントゥーランの街・ギレーナ大公邸


「――ということで、連中の捕縛は完了。1名元ギルド職員の男がいますが、こちらも合わせてお渡ししておきます」

「分かった」


 ソファーに腰掛けながら話し合うレオニスとギレーナ領主、エゴール・メゼンツェフ大公。

 捕縛された『盗賊』たちはレオニスたちがアベントゥーランに到着した段階で待機していた騎士団に引き渡されている。

 さて、報告をするレオニスに対して、大公は気になっていた事を確認した。


「その職員だが……かつて君を狙ったとか。そうなのかね?」

「ええ。とはいえ、立証は困難でしょう。既に数ヶ月経過していますし。それに……」


 一旦言葉を切ると、レオニスは隣のプエラリフィアを見る。


「……彼女に出会えたのは、その結果ですからね。お気になさらず」


 そう言いながらプエラリフィアの手を取るレオニスを見て、大公は苦笑するしかない。


「……幸せそうなら何よりだよ。やれやれ、お熱いことだ」


 そう言う大公ではあるが、彼こそ普段から大公妃といちゃついていると言われており、その認識が一般人にまで当たり前に浸透しているほどの愛妻家であるのだ。

 そんな大公にそう言われることに、思わず苦笑するしかないレオニス。周囲の騎士たちも、無表情ながら目が笑っている。


「んんっ……とにかくよくやってくれた。彼らについてはこちらでしっかりと調べることにするよ」


 周囲の生温かい視線を受けて、咳払いをして誤魔化す大公はレオニスに対して報酬の一戸建ての権利書と、そして大公家の紋章が入ったメダルを渡される。

 このメダルは大公家が信頼する者であることを証しするものであり、現在これを持つのはレオニスたちだけである。


「では、堅苦しい話はこの位で――」

「大公殿下、一つお伝えしておきたいことが」


 これで話を終えよう。そう思っていた大公に、レオニスが声を掛ける。

 その表情に、大公は嫌な予感を覚えつつも表情を改めてソファーに掛け直す。


「……どうしたんだね?」

「連中を捕らえた洞窟ですが……とあるものが隠されていました」

「というと?」

「魔法陣……召喚系の魔法陣です」


 そう告げたレオニスの言葉は、大公の予想を遥かに超えた重いものであった。




 私人としては、これから少し息抜きをしたいところで聞きたくない話だろう。

 だが、大公は公人として、レオニスの言葉に耳を傾け注意する必要があると強く感じていた。


「召喚系……というと?」

「詳しくは分かっていませんが……スタンピードの可能性を孕んでいるかと思われる、そんな魔法陣です」


 スタンピード。

 それは領主として聞き捨てならないものである。

 スタンピードとは、魔物がそのテリトリーから溢れ出し、周囲に向かって襲ってくる一種の恐慌状態だ。

 多くの場合、これまで存在していなかった強大なモンスターが現れることによって引き起こされる。

 そして、テリトリーを追われた魔物()を追って、強大なモンスターまで街に近付いてくるので非常に危険とされることでもある。


「……どの程度の規模になると思う?」

「どうでしょう……流石に時間がなく、解析より破壊を優先しましたので」

「なるほどな……」


 レオニスの言葉に対して眉間に皺を寄せる大公。


「一応、全てではありませんが魔法陣を写してきましたが」

「本当か! であれば……」


 レオニスの言葉に、パッと顔を上げた大公は、執事であるイライジャに、とある人物を呼びにいかせる。


「アナスタシアを呼べ。至急だ」

「アナスタシア殿下ですね。かしこまりました」


 レオニスは首を傾げる。

 というのも、その名前に聞き覚えがないからだ。

 イライジャが『殿下』と付けるのだから、間違いなく大公家の一員。しかし、レオニスには心当たる人物がいなかった。


「アナスタシアは、私の長女だ。【魔力暴走】を患っていたのでな」

「おや、顔に出ていましたか……なるほど」


 レオニスが名前を知らないのも無理はないだろう。実際に会っていないのだから。

 そんなレオニスを見ながら、大公は説明を続ける。


「アナスタシアは公女として外交に携わるのだが、基本『魔道士』だからな、研究を得意としている。きっと助けになるはずだ」


 そう言う大公の表情は自信ありげで、長女のことを誇りに思っているというのが在り在りと見て取れる。

 それに、大公の言った『魔道士』の称号。それは単なる魔法使いではなく、国に仕え、国のために魔法を使い研究するエリートのことを指す。

 そしてそれは各国共通で、魔法面での実力者の証明ともなる。実力が無ければ、『魔道士』を名乗ることはできないのだから。


「大公殿下、アナスタシア様をお連れしました」

「うむ」


 イライジャが一人の女性を伴って戻って来た。

 彼女は非常に美しく、間違いなく大公と大公妃の娘と言われて納得できるような高貴な雰囲気を纏った人物だった。


「――お呼びでしょうか、殿下?」


 同時に、見事な所作で大公に対して腰を折る彼女。

 レオニスは横目で、彼女を観察する。


(流石は国に仕えるというだけあるな……親子よりも、主従を重視した態度だ)


 普通のご令嬢であればこうは反応しないだろう。

 父親から呼ばれたと思うのであれば、間違いなく『お父様』や『父上』という呼び方をするはず。

 だが、彼女は間違いなく『殿下』という敬称をもって呼びかけた。

 さらに、彼女の所作も彼女の立場というのを明確にしている。


「よく来た。お前に、少し意見を聞きたいと思ってな」


 そう言って大公は彼女をソファーに座らせつつ、レオニスに視線を向ける。


「レオニス君、我がギレーナの魔道士であり、私の娘であるアナスタシアだ……アナスタシア、彼が例の薬の材料を提供してくれた――」

「――レオニス・ペンドラゴンと申します。お目にかかれて光栄です、公女殿下」


 大公がレオニスに対して促すような視線を向け、同時にレオニスも立ち上がってから自己紹介を行う。


「あら、貴方が私の恩人なのですね。お会いできて嬉しいですわ」


 アナスタシア公女は、大公妃に似たプラチナのような髪をゆったりと結い、公女らしいドレスに身を包んだ美女だ。

 年齢は恐らく二十歳になろうかというところだろうか。

 瞳はアイスブルーの美しい瞳を持っており、何より彼女の特徴は、その耳にあった。


(……エルフ、だと?)


 アナスタシアの耳は普通の人間と違い、エルフのような尖った耳を持っている。

 確かにエルフというのはこの都市にも住んでいるが、まさか大公家でお目に掛かるとはレオニスも予想していなかったようだ。

 同時に、彼女のどこか浮世絵離れした美しさも、納得できるものではあるのだが。


「驚いたかね? アナスタシアは『先祖返り』なのだよ」

「そうでしたか……でしたら魔法とも相性が良いでしょうね」


 どこか自慢げな大公にレオニスはそう答える。

 エルフという種族は長寿であり、また美貌を誇る種族だ。同時に、魔法への高い適性を持つことでも知られている。

 なお、レオニスが探った限りでは、彼女はエルフにしては稀な【氷】属性を得意としているようである。


(先祖返りということは、恐らく大公家の血筋にエルフがいたということだろう。だが、エルフの得意とする【風】ではないということは、魔法適性は親からの遺伝だな)


 魔法適性は遺伝しやすいのは周知の事実だ。

 そして、基本的には1つとして知られている適性も、場合によっては複数持ち合わせることもある。

 納得しつつ、レオニスが紅茶を口にしていると、アナスタシアの方が話しかけてくる。


「レオニス様は、魔法はお好きですか?」

「『様』は不要です、公女殿下。そうですね……」


 レオニスは少し考える。

 というのも、好きかと聞かれると否定はできないのだが、つい最近使えるようになった身としては(魔術についても含めて)あまり断言することは難しい。

 少し考えてから、レオニスはこう答えることにした。


「憧れはありますが、私は【白】なので」

「あら、そうなんですか!?」


 驚いたような彼女の表情。

 少々彼女には申し訳ないとは思いつつも、話を区切るためにそう言うレオニス。

 だが、彼女の反応はレオニスの予想を超えていた。


「まあ! 【白】の方とは初めてお会いしました! 色々お聞きしたいですね……」


 そう言ってポンと手をたたくと、嬉しそうな表情になる。

 同時に、彼女の目は興味津々な色を湛え、研究者らしい顔つきになる。


「こらこら、まずは私の話を聞いてくれ、アナスタシア」


 と、そこで大公が口を挟み、話の方向を戻す。


「あら……失礼いたしました」


 ホホ……と口元を手で押さえて、少しわざとらしい笑い声をあげると、彼女は表情を改めた。


「それで? 私が呼ばれたのであれば、何か魔法方面ですね?」

「うむ。実はな……」


 そう言って大公が説明を始める。

 まず、レオニスとプエラリフィアの行った『盗賊』の捕縛の件、そして『魔法陣』の件を時系列に沿って話す。

 同時に、レオニスも魔法陣の写しを見せ、規模や召喚系と思われる理由を述べていく。


「……それで、どのような可能性があるか、公女として、そして魔道士の見地から回答して欲しいのだ」

「そうですか……」


 そう言って頷くと、しばらく魔法陣の写しを眺め、考えた彼女は口を開く。


「……まず、規模から考えるとAランクのモンスターが召喚され、同時に周辺のモンスターのスタンピードを起こすであろうと考えられます。しかも、場所はその魔法陣のあった場所ではないですね。詳しくはもう少し調べてみますが……」


 彼女はレオニスの渡した魔法陣を見ながら、そう告げる。

 さらりと告げられた内容だが、それは実際に正しい。

 そしてそれだけの内容を、僅かな時間で読み取るというのは、彼女の技量の高さを見せるものだ。


「……いずれにしても、少し頑張って調べてみます。これがギレーナに向かうのであれば、十分な対策が必要ですし」

「うむ、その通りだ。――レオニス君」


 アナスタシアの言葉に頷く大公は、その視線をレオニスたちに向けた。


「状況が状況なのでな。しばらくここに留まってくれないか? もしもの場合に備えて即戦力が欲しい」

「なるほど……」


 もしスタンピードが発生するならば。

 もちろんアベントゥーランの冒険者たちは実力者が多い。とはいえ、即座に集まるかというとそれが難しい可能性もあるのだ。

 その点、レオニスたちに相応の信頼を置く大公としては、ここでレオニスを確保しておきたいというのが心情だろう。なにせ彼自身の実力もさることながら、パートナーであるプエラリフィアも圧倒的な実力を備えていることが分かっているのだから。


「良いでしょう。もちろん『契約』という形は取らせていただきますが、ギレーナの危機になる可能性があるのであれば、そのために働くというのもやぶさかではありませんから」

「分かった。よろしく頼むよ。――イライジャ、部屋を」

「かしこまりました」


 優雅に礼をすると、イライジャはレオニスたちを先導して客室に案内する。

 その様子を見ながら、大公は一つ溜息を吐いたのであった。


 ◆ ◆ ◆


「……それにしても、面倒な事になったな」

「ええ……」


 大公と公女アナスタシアが頭を抱えるような表情でそう呟く。


「やはり、リスティアス王国か……」

「それも、バルニア伯爵領、ですね」


 レオニスたちによって捕らえられた『盗賊』は、大公家の騎士たちによる徹底的な尋問によって背後を全て吐いたらしい。

 そして案の定、他国の者たちによる行動だったことが明らかになった。というのも、どうやらその他国の家臣が混ざっていたらしいのだ。


 さて、二人が憂鬱な表情をしているのには訳がある。

 というのも、隣国であるリスティアス王国はギレーナが独立都市となる以前から何度となくちょっかいを掛けてくる迷惑な国なのだ。

 あるときには内部の切り崩しを謀ったり、時には実力行使で圧力を掛けてきたり。

 そんなかの国の中でも、特にギレーナに欲望の手を伸ばそうとするのがバルニア伯爵家だ。


「私の【魔力暴走】も、恐らくは連中の差し金でしょう。非常識にも程があります」


 しばらく前に、関税に関する話し合いがバルニア伯爵領にて行われた。

 もちろん、リスティアス王国以外のギレーナと国境を接する国々も参加しており、それぞれどの程度の関税が掛かるかなどの外交の席だったのだ。


「事もあろうに、お前を『婚約者』などと言い張り周囲を白けさせておきながら、あっさりとそれが嘘であると見抜かれて逆恨みをするなど……貴族としての誇りや、人としての常識がないようだな、連中は」

「本当に……呆れますね」


 もちろん大公家は徹底的に伯爵家に対して仕返しを行い、現在の伯爵家は他国のみならずリスティアス王国内でも白い目を向けられているらしいが。

 とはいえ、そこが今の問題ではない。


「……問題は、あの伯爵家の魔法に関する力が増したことだな」

「ええ……不思議です」


 単純に魔法使いというのは、どこでも沢山存在している。

 だが、魔道士と呼ばれるような研究開発を行い、実力を持つ魔法使いというのは一握りでしかない。


「あのグラン=イシュタリア王国なら、魔道士の数も多いでしょう。しかし、こちらの大陸ではこのレベルの術式を組めるものは僅かです……そうなれば、たかが伯爵家程度で雇えるとは思いません」

「ふむ……少し、この件は考える必要があるな」


 大公はそう言うと、一つ手を叩く。

 同時に、カーテンの影から一人、覆面をした人物が現れた。


「バルニア伯爵家やその周辺で起きた最近の変化を調べろ。早めにな」

「はっ」


 そう言って即座にその場から消える人物。これは大公の隠密で、情報収集や破壊工作など、色々行う影の者たちだ。

 大公家で彼らの存在を知るのは、今のところ大公とアナスタシアだけ。


「……いずれにせよ、準備を整えねばな」

「はい」


 大公の呟きにしっかり頷くアナスタシアは、先程部屋から出て行ったレオニスたちをふと思い出す。


(彼らにも、多少は裏側を知っていてもらう必要があるかしら?)

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