第18話:スタンピード
――数日後。
「レオニス君、スタンピードが起きたぞ」
レオニスがそう言われたのは、大公邸の客室で朝食をいただいているタイミングだった。
呼び出しに応じ大公の執務室に向かうと、騎士の一人が直接報告に来ていたらしく息の荒い状態で大公の側に控えている。
それだけでなく、執務室には数人の補佐官たちが出入りし、報告や指示のために忙しなく動き回っているのが分かる。
その様子を横目で見つつ、レオニスとプエラリフィアは大公の正面に立つ。
大公は普段の雰囲気を変え、真剣な表情で二人を見ていた。
「火急のため挨拶は省きます。殿下、スタンピードの状況は?」
そう告げるレオニスに対し、大公は頷いて一つの羊皮紙を広げる。
そこには、このギレーナ全域の詳細な地図が描かれていた。
「これは……」
「本来、見せるべきではないのだろうがな。まあ、認定冒険者である君たちだ、下手な事はすまいよ」
そう言いながら大公は指を地図の中心に置く。
「ここが領主邸だ。我々が今いる場所だな。スタンピード発生は北側……このエリアでまず確認されている」
北側というのは、森と山地に続くエリアであり、基本的にだれも出入りをしようとはしない場所だ。
アベントゥーランを中心として南東南西にマーシャントブルグ、カテドラルを置くギレーナであるが、北部というのは危険域のため基本的に立ち入りが禁止されている。
唯一そちら側に入るとすれば、冒険者たちだろうか。
「山間部からのスタンピードということであれば……ゴート系の魔物でしょうか?」
レオニスの一言に対し、報告に来ていた騎士が口を開く。
「いえ、現時点ではボア系を筆頭に動いているようです」
「ボア系……か」
考えているレオニスに対し、大公は一つの羊皮紙を見せてくる。
「レオニス君、頼めるか?」
「そうですね……私とフィアで十分でしょう。とはいえ、冒険者たちも防衛戦力として手配されるのでしょう?」
そう言うレオニスに対して、大公は頷く。
「無論だよ。だから、少々分け前の面で考慮してくれると助かるな。君たちにお願いしたいのは、大元を叩いて欲しい、ということだ」
「……なるほど。了解しました」
大元を叩くには、どうしても広範囲にわたって調べなければならないし、大元を倒すまではスタンピードを続く。
そのため、大公としては十分な魔物が出てくるだろうと予想しているようだ。
そして、それらの魔物を冒険者たちが討伐すれば、冒険者たちはそれを自分の戦果として手に入れる事が出来る。
そうすることで、冒険者たちも力を尽くそうとするだろう。
「大元の討伐が終われば、一旦こちらに戻って来て欲しい。その後の状況によっては、掃討を行って貰うかもしれん」
「分かりました。状況次第で対応しましょう」
「それと……」
頷くレオニスに対し、大公はもう一つのお願いを口にする。
それはレオニスとしては驚くものだった。
「アナスタシアを、君たちと一緒に行動させて欲しい」
◆ ◆ ◆
――ギレーナ北部、山間部近辺
「『雷鳴の矢を! ――【ライトニングアロー】!』」
魔力の篭もった言霊が紡がれ、今まさに襲いかかろうとしていた魔物はその一撃に倒れる。
その様子を、隣に立つ青年が剣も抜かずに見物しており、魔法を放った女性に対して拍手を送り称賛をしていた。
「流石ですね。ギレーナでも最高峰の魔道士と言うだけある」
「あら、お上手ですね。ありがとうございます」
アナスタシアを褒めるレオニス。
彼らの前には大きなファングボアの死骸が横たわっている。
しかも、強力な雷により眉間を一撃で撃ち抜かれているのだ。
これを仕留めたのは、アナスタシアである。
ギレーナでも名高い魔道士である彼女にとって、この程度のことはさほどの難事でもなかった。
だがアナスタシア嬢は、褒め言葉を口にするレオニスに対してなんとも言えない表情を向けた。
「でも、レオニス様も、プエラリフィア様も、この程度のことは簡単でしょう?」
そう言ってくるアナスタシアに対し、レオニスは苦笑する。
アナスタシアは世間知らずのお嬢様などではない。
もちろん外交に携わる大公家の一員というのもあるが、彼女は実のところかなりの実践派なのである。
同時に実戦派でもあり、故に彼女の魔道士としての実力は非常に高い。
レオニスが探った段階では【氷属性】に高い適性を持つ彼女だが、実際に操るのは水属性と風属性、そして発展の雷と氷属性だった。
そしてその全ての魔法を自らの手足のように操り、さらには詠唱を省略しても発動させることが出来るというのは、彼女の弛まぬ努力と研鑽によるものだというのは誰も疑いようがない事実である。
氷属性が使えるなら水属性を使うのは分かる。だが、風属性や雷系という適性以外の魔法を操るというのは、相当なものだ。
単なる天才や秀才で括られるような存在ではない。
だが、このような優れた戦いを見せつつも、その求める先は更なる高み。
ゆえに、自分と共にいる二人――レオニスとプエラリフィアの実力を理解できていた。
もちろん彼女が二人の戦い振りを見たわけではない。
だが、身体の運び方、視線、動き、その全てが道理に適っており、実に隙が無いのだ。
それは、ただ座っている体勢や歩く姿勢、普段の姿から分かっている。
だからこそ、アナスタシアはできる限り学ぶためにも二人への同行を願ったのである。
そして事実、レオニスもプエラリフィアも強く、その足元には何体かの魔物の死骸が転がっていた。
「否定はしないですが、私やフィアはそれなりに近接戦闘を得意としますから」
レオニスは基本的に剣士であり、フィアも短剣や弓を使い戦うことができる。
それに魔術を織り交ぜたり、スキルを織り交ぜる形で戦うのだ。
対するアナスタシアは単純に魔道士として、魔法主体で戦うという訳なので、魔法が外れたり、対応する属性で対処しなければかなり厳しいのである。
「ですから、それだけ戦えるというのは貴女の努力の証拠ですよ」
「ありがとうございます」
レオニスの言葉に、少し頬を染めて頬笑むアナスタシア。
そんな話をしながら、できるだけスタンピードの直線上からずれた高い位置を移動する。
正面からスタンピードに当たればかなり大変なことになるので、少し険しいが道を外れて移動するしかないのである。
そうしていたところ、プエラリフィアが声を掛けてきた。
「二人とも、ここからじゃ。魔物の種類が混在し始めておるぞ」
レオニスとアナスタシアが向こうを見ると、先程見たボア系だけでなく、ゴブリンやオーク、オーガ、ウルフ系など様々な魔物が移動してきているのが見える。
先程はボア系の魔物ばかりだったが、これは単なる通常の魔物の移動でしかない。
通常魔物というのは動物と同じく、縄張り意識があり、さらに同族で固まる傾向にもある。
そして、何らかの要因で縄張りを移動する場合、同族と共に移動する事が多いし、仮に人間に攻撃を仕掛けてきたとしても、その相手が強ければ逃げたり、別の道に逸れるという理性も残っている。
先程レオニスたちが倒したファングボアも恐らくそれだろう。
実際、一部のファングボアはレオニスたちを回避し、バラバラに近くの森に入っていったのだ。
対して、スタンピードの場合は縄張り関係なく、一種の恐慌状態である。
そのため、暴走する魔物は種類数関係なく、ただスタンピード原因から逃げるためだけに一方向に動く。
そして周囲の魔物が倒されたとしても、理性というものがほぼ無い状態なので逃げることがない。
だからこそ、スタンピードの直線上にある都市は防衛するなり、あるいは破棄するなりしてスタンピードを止めるか逃げるかしなければいけないのだ。
レオニスはその様子を見ながら、二人に指示を出す。
「どうやら、この辺りからがスタンピードの本番のようだな。俺は前を、中衛はアナスタシア嬢、後衛をフィアでいくぞ」
「「了解」」
レオニスはスタンピードの様子を見ながら考える。
防衛戦力である冒険者たちへの分け前を考えるならばあまり魔物を減らすわけにはいかない。
だが、今見る限り予想以上の魔物が移動しているのが分かる。
しかも、多少は道を逸れて移動する魔物もいるらしく、レオニスたちの近くにゴブリンやウォーラビットといった小型だが厄介で、数の多い魔物が現れる。
それを見ながらレオニスが、「倒すか……」と呟きながら剣を抜こうとすると、後ろから杖を構える気配が。
「小さいのが多いですね……一気に排除します、『風よ集え 荒れ狂いしその鉾を 我が敵諸々に向けよ 轟け――【サンダーボルト】』!」
一瞬にして詠唱を行い、雷系の範囲魔法を放つアナスタシア。
基本的に魔法というのは、魔術と異なり高度な魔法になるほど詠唱が長くなり、それだけ詠唱を覚えておく必要がある。
さらに、詠唱魔法の場合はイメージというのも影響してくるため、使い慣れたものと初めて使うものでは発動の威力に大きな差もできる。
だが、アナスタシアは高度な雷系魔法、それも範囲魔法を即座に選択し、詠唱し、敵に当てたのだ。
当然、一瞬にして魔物は絶命。なお、スタンピードの魔物の場合、大きな音というのは効果がないので気付かれる心配もない。
軽く息を吐いて肩の力を抜いたアナスタシアに、レオニスが声を掛ける。
「流石ですね。ただ、今はできるだけ魔力を温存してください、後がきつくなりますよ」
雷系魔法は風属性の発展型の魔法だ。
そのため、通常の風属性より威力があるものの、魔力消費も当然大きくなる。
この後に控えるのはスタンピードの大元だ、あまり連発するのは得策ではないと注意するレオニス。
対するアナスタシアも、素直に頷く。
「分かりました……ただ、一つお願いが」
頷きながら、少し躊躇いがちにそう付け加えるアナスタシアに対し、レオニスは少し不思議に思ったのか足を止める。
「なんです?」
「できれば……普通の口調で話していただけませんか? 今は臨時とはいえパーティを組んでいるのですから……」
レオニスやプエラリフィア側の考え方としては、どちらかというとオブザーバーのような、付き添いのような役目として彼女を扱っていた。
だが、アナスタシアとしてはパーティの仲間として考えて欲しいとのことらしい。
そのことに対して、レオニスは考えてから口を開いた。
「……しかし、公女殿下相手にそれは失礼では? ご家族や周囲に知られれば何を言われるか……」
こう言ってはなんだが、パーティメンバーというのは対等という扱いをされる。
そのため指摘や注意など、かなり厳しいことも口にする可能性があるということでもある。
さらに、パーティであるというのは『自分の身は自分で守る』という冒険者の鉄則に従うということでもある。
何か軍事行動を行う軍人の分隊でもなければ、保護される必要のある要人という扱いも受けられないのだ。
そして同時に、このような事をレオニスたちが行ったと知られた場合、周囲は『大公の一族を危険に晒した』と認識する可能性も高いのだ。
だが、レオニスのいわんとすることを理解しつつもアナスタシアは首を横に振る。
「もしこのことを問題にするようでしたら、その者は大公家や、ギレーナの上層部にふさわしくないでしょうね。このような状況においては、実力こそ全てなのですから」
彼女のその言葉に、レオニスは少しだけ表情を変えた。
彼女は、守られるべき『公女』ではない。民を守り、民のために動こうとする覚悟を抱いた『上層部の一員』であり、同時にそれだけの力を保有する『魔道士』であることを……そのことを彼女が誇りに思っていることを、レオニスは認識したのである。
そして彼女自身、もし問題にするならばその者を『切り捨てる』と暗に告げている。
これを聞き、レオニスは軽く目を伏せ、再度目を開いた際には苦笑しながら頷いた。
「……分かった、ならば遠慮しないことにしよう。同時に、アナスタシアも俺の事を呼び捨てにしてくれ、敬語も無しだ」
「ええ。そうして頂戴。それとレオニス ……私の愛称は『ナーシャ』よ。家族はそう呼ぶわ」
そう言いながら右手を差し出してくるアナスタシア。
「ああ……了解だ、ナーシャ」
愛称を呼ぶようにと告げるアナスタシアに対し、レオニスは軽く肩を竦めつつ頷き、アナスタシアの右手を握り返した。
そしてお互い不敵に笑みを浮かべる。
それはまさに戦友を得たときのような、対等な相手……好敵手を得たときのような笑み。
「……お主ら、妾を忘れておらんかのう? 仕方ない、ここいら一帯、【百火繚乱・乱れ桜】でも放とうかの」
「止めんか! こんなところでしたら火事になるわ!」
と、そこで話に入れず、拗ねたような表情で弓に手を掛けるプエラリフィア。
そしてそのとんでもない一言に対し、ツッコミを入れつつ彼女の頭を軽く叩くレオニス。
「む、聞いておったのか」
「流石にな。というか、別に無視していた訳じゃないんだが」
「ふんっ、どうだか」
こういうときに、どこか残念なツンデレのような感じになるプエラリフィア。
レオニスは微妙に呆れ顔である。
なお、彼女が放とうとした【百火繚乱・乱れ桜】というのは、火のカテゴリに属する魔術であり、プエラリフィアは専ら弓矢に乗せてこの魔術を放つ。
だがこの魔術は、ある一定範囲に対して何百本もの魔術の火矢が降り注ぐため、可燃物の側ではかなり危険なものである。
レオニスたちがいる辺りには草木も多く、燃える可能性があるのでそんな物を撃たれては困るのだ。
「ごめんなさいね、話し込んじゃって。プエラリフィアさんも、私をナーシャと呼んでくださいね」
流石は公女。相手の様子に合わせて自分の方から近付き、仲間に入れることでプエラリフィアを宥めに掛かる。
こういうのをリア充とでもいうのだろうか。まあ、公女であればリアル充実していそうではあるが。
さて、声を掛けられたプエラリフィアはというと、気を良くしたのか腰に手を当てて『ふふん』といわんばかりの表情をしていたりする。
「お、そうか! ならば、妾のことも『フィア』と呼ぶが良いぞ、ナーシャよ! 折角じゃ、妾の強さを少し分けてやるかの!」
「ええ、フィアさんもよろしく」
「うむっ!」
自信満々、調子に乗った感じになっているプエラリフィア。
そんな彼女に頬笑かけながら、どこか笑みが深いものになっているアナスタシア。
それを見ながら、レオニスは額に手を当てる。
(……調子の良い奴め。ナーシャも口が上手いというか)
少なくとも、下手な言質は取られるべきではない。
そう改めて気を引き締めたレオニスであった。
◆ ◆ ◆
あれから1時間ほど。
既に周囲は木々の生い茂る場所となり、足元も注意が必要である。
「結構、山の奥に入ったな……どうだ?」
レオニスは隣を歩くプエラリフィアに声を掛ける。
プエラリフィアは、現在周囲を探索するために【プローブ】を使用しながら歩いていた。
レオニスは今回アナスタシアがいる関係で、魔術を使わないようにしている。
まず気付かれることはないだろうが、一応魔法が『使えない』と思われている以上、下手に使えることを公開しようとはレオニスは思っていなかった。
特にアナスタシアが熟練した魔道士であるため、下手に魔力が動いていることを認識された場合に理由を突かれることを防ぐためでもあった。
さて、プエラリフィアは脳内に映し出される【プローブ】の様子を確認しながら、レオニスと話している。
「今のところは特に……んむ?」
特に問題はない、と言おうとしたタイミングで反応が。
それは明らかに大きな反応であり、周囲の魔物とは戻ってくる反応が桁違いだった。
「……いや、中々の反応があるのう。恐らくじゃが、A……いや、ぎりぎりSランクといったところではないかの?」
「面倒な……」
プエラリフィアの報告に、微妙な表情を浮かべるレオニス。
プエラリフィアも、なんとも言い難いというような表情である。
それに対して、アナスタシアだけは少々青ざめていた。
「Aか……S、ですって? そんなの……普通に軍事行動が必要となる種類だわ……!」
Sランクの魔物。
それは、国難に匹敵すると言われるカテゴリの魔物だ。
というのも、Sランクの魔物として一般的に知られるのは【ドラゴン】だからである。
空から圧倒的な火を吹いたり、竜巻を起こしたり、地割れを起こし地面を隆起させたり……そんな自然の化身とも噂されるような種族が軒並み名を連ねるのがSランクのドラゴンたちだ。
当然、街を襲われてはひとたまりもない。
「それで……一体、何がいるの?」
震える声を必死で抑えながらそう疑問を口にするアナスタシア。
しかし、その答えをプエラリフィアが告げる前にその存在が姿を現す。
「――ほう、こいつは……」
レオニスのどこか感心するような声。
それと共に姿を現したのは、三つ首の魔物。
首を複数保つ魔物といえば、有名なものは【ケルベロス】だろうか。
だが、現れた魔物が明らかに普通とは異なるのは、その首のどれもが一致した様相をしておらず、一つは獅子、一つは山羊、一つは蛇の頭を持っていた。
そして胴体は前が獅子、後ろは山羊、そしてなぜか尻尾はサソリの尾。
「……な、何……これ……?」
あまりにも奇々怪々な見た目に、アナスタシアの背筋を寒気が襲う。
同時に生理的な嫌悪感や、その見た目から来る威圧感、それらがごちゃ混ぜになって彼女は思わず硬直してしまった。
「おうおう、中々の体躯じゃ」
対するプエラリフィアは、目の前の魔物を見ながらそう呟く。
どこも気負いがなく、そして緊張や恐怖もないその自然なままの立ち姿。
アナスタシアはそれを見て、ようやく硬直が解けたのか視線を鋭くさせて魔物を見据える。
「……それで、これは一体何という魔物かしら?」
魔物の一挙一動を見逃さぬよう、真剣な表情をしている彼女の横で。
レオニスは軽く首を回してから呟いた。
「こいつは【キマイラ】だな。珍しいと同時に、逃がすとずっと追いかけてくるような面倒なやつだ」
そう告げるレオニスの言葉に、再度アナスタシアは固まったのだった。




