第14話:交渉
――冒険者ギルド・応接室
「で、実際はどのようなご用件で? ……とはいえ、ほぼ分かっていますが」
そう言って商会長とエリスに向き直るレオニス。
彼からはこれまでのような殺気は感じられておらず、ただソファーに足を組んでいるだけ。
だが商会長からすると、その姿の方が途轍もない圧迫感を感じていた。
(な……なんなのだ? この圧倒的な気配は……!)
どこか自分たちとは異なる、そんな存在を前にしているような気分。
今の商会長の心中というと、そのような状態だった。
そのためか、言葉に少しの動揺が混じってしまう。
「……用件というと? 儂がここに居るのは――」
「――ああ、基本は理解していますよ。恐らく何か我々への試験……予想としては、【認定冒険者】の試験でしょうか」
商会長の言葉に被せる形で口を開くレオニスにより、商会長は言葉を止められてしまう。
同時に、レオニスの口から語られる推測に関して、彼は自分の心臓が跳ねるのを感じていた。
声を出さなかっただけ、流石というところだろう。
「……何のことかな?」
「おや、違いましたか? 私が思うに、テオドール商会長の立場は冒険者ギルドの非公式外部監査役では? そして、エリスはギルドからの指示で、判断を担う立場だ……そうだろう?」
「…………」
跳ねる心臓を抑えつけ、レオニスの言葉に対して平静を装った表情でしらを切ろうとしたテオドール商会長だったが、さらなるレオニスの言葉には顔が引き攣るのを抑えられなかった。
確かにレオニスの言う通りなのだ。だが何故そのような裏側を知っているのか、そのことに驚きが隠せない。
エリスはあまりにも動揺しており、あからさまに視線が泳いでいる。
その二人の様子を見ながら、レオニスは苦笑する。
「あまり正直過ぎるのもどうかと思うが……。まあ、試験は置いておいて、何かご依頼があるはず」
そう告げてくるレオニスに対し、テオドール商会長は溜息が隠せなかった。
実際彼は、ギルドと大公からの連名依頼を受け、不意打ちのような形でこの試験を行った。
それはレオニスがギルドの規約を理解しており、さらにはそれを指摘できるか、権力に簡単に靡くことがないかなどを見るためのものだったのだ。
この試験に通り【認定冒険者】となるならば、ギルド上層部のみならず、王侯貴族からの特別な依頼を受けることが出来るようになるのだから、その辺りの力を見られるのは当然だろう。
(しかし、こうも状況を反転させられるとは……)
もちろんテオドール商会長としては、ここから逆転を狙うということも不可能ではない。
だが、どうしてもレオニスから感じる得体の知れない何かが、そうすることを諦めさせようとしてくるのだ。
「……ちなみに、この状況からそう考えた理由を聞いても良いかね?」
「おや、わざわざ聞かれますか?」
「……ああ」
含ませた言い方をするレオニスに対し苦い顔になりつつも、商会長はそう求める。
レオニスは組んでいた足を下ろし、膝上に肘をついて手を重ねながら口を開いた。
「まず……そうですね、改めて説明するのは面倒ですが、まずは商会長の態度でしょうか」
「というと?」
「『ミュゲ商会』という政商……それもギレーナの中でも老舗である商会のトップが、その役職をもって訪ねてくる意味。それは公人としてのものであるということです」
「ふむ」
頷く商会長に対し、レオニスは言葉を続ける。
「はっきり言って、先程の遣り取りなど初歩中の初歩でしょう? 王侯貴族と遣り取りを頻繁にされるような方が、あの程度で引っ掛かるとは思えません。――商人ならば、私人であろうと損得勘定を規範とし、信頼を損なうことなかれ。ならばこそ、違和感しかないのですよ」
「むぅ……そうか」
レオニスの言葉に、商会長は納得するしかない。
商人にとっての基本であり、そして中心であるその言葉は、商会長にとってはなじみが有るどころでは無い。
それは自らの心となって今を形作っているのだ。
そんな事を考えている商会長に対し、レオニスは口を開く。
「2つ目。それはエリスの動きですね」
「ほう、それはどういうことじゃ?」
受付嬢である彼女がどうかしたのか? そう問う商会長に対し、レオニスは頬笑む。
「彼女は、普通の受付嬢ではない。確かにギルドにおいて受付嬢は職員の一人で顔ですが、あくまで彼女たちは実際に冒険者と接する末端部に位置します」
冒険者ギルドのみならず、多くの『ギルド』と称される組織には明確な役職や階級が存在する。
その中で、来客に最初に接する受付嬢というのは、見た目麗しい人物が選ばれるのが一般的だ。
だが、彼女たちの役職はあくまで一職員であり、ギルド内における権限は低い。
「さて、対するエリスは確かに受付嬢ですが……恐らく幹部候補生、いや既にそれなりのポジションに就いているのでしょう。待遇としては恐らくチームリーダー以上……恐らくは部門のリーダークラスでしょうか」
「……どうしてそう思ったのじゃろうか。何か彼女が違うのかね?」
「ええ」
エリスは今では静かにレオニスの言葉を聞いている。
時折、目元が震えることからして、内心の反応を必死に抑えているのであろう。
「まず、彼女とそれなりに付き合いがありますが、例えば大公家からの依頼の際に、ギルド側の職員として立ち会っていること。これは通常、受付嬢の範疇ではないでしょう。間違いなく幹部クラスでは?」
「でも、あの日の奥は忙しかったのよ?」
横からのエリスの言葉に対し、レオニスは軽く視線を向けてニヤリと笑う。
「逆に、忙しかろうが領主相手だぞ? 立場からすれば国王同等だ、通常ならギルドマスター、あるいは相応の幹部クラスが共にいてこそ俺たちが保証されるのにか?」
「う……」
領主邸に招かれるのであれば、その人物の保証が必要だ。
例え恩人であろうと、保証された人物以外をギルドが領主邸に向かわせるとは思えない。
そして、領主側から派遣された者も、ギルドの保証を確認した上でその者を連れていくのが普通だ。
「しかもあの時、エリスは俺たちを紹介している。普通の受付嬢がする対応じゃないだろうに」
「そ、それは……」
それに、とレオニスは言葉を続ける。
「大体、この応接室に立ち入りが出来て、かつ政商相手の対応が出来るって……普通、ここの利用は部門リーダー以上の許可が必要のはずだろ? さらに、実際に応対する場合はチームリーダー以上が原則選ばれるし」
「そ、そうなんだけど……」
「……とまあ、分かっている情報と俺の知識を合わせて考えれば、こんなところか」
レオニスがそう言い切ると、商会長とエリスは頭を抱えていた。
どうやらそこまで読まれていたことがショックだったらしい。
「……これはなんというか、どう評価したら良いか」
「……ここまでとは思わなかったわ、本当に」
そう言って項垂れている二人。
対するレオニスは不思議といわんばかりの表情をしている。
「この程度、普通だろう? 言葉遊びも、言質を取るのも、噂を使うのも」
「「…………」」
当然と言わんばかりのレオニスの反応に、二人は無言になるのであった。
◆ ◆ ◆
「……実は、ある種の討伐依頼を受けて欲しい」
少し時間がたって回復した商会長は、そうレオニスたちに告げる。
同時に、エリスは一つの依頼書の載った盆を差し出してきた。
「依頼書ですね。……うん、正式な判だ」
蝋封を見ながらそう呟くレオニス。
「そこも見とったか……まず、開封してくれて構わん。内容を確認した上で受けるかどうか判断して欲しい」
「分かりました」
商会長からそう言われ、頷いたレオニスが蝋封を解く。
中を見ると、そこには今回の正式な依頼内容が記載されている。
「ほう……連名依頼とは珍しい。しかも、『奪われた素材の奪還』ですか」
「うむ……というのもな」
そう言って商会長は説明を始めた。
彼曰く、とある薬の材料を先日商会の者が他国より取り寄せ、持ち帰るところだったらしい。
だが、どこからともなく現れた盗賊たちにより材料を奪われたとのこと。
「命あっての物種とも思わなくないが、しかし今回の材料は特殊だ。それこそかなりの金額を使っておる」
「なるほど。しかし材料であれば、鮮度の問題があるのでは?」
「それは心配ない。乾燥させて粉末にした物じゃからな」
「ふむ……」
レオニスは話を聞きながら、情報を組み立てていく。
基本的に薬の材料というのは、状態によって価格が変わる。
だが乾燥状態のものでも相応の値段がするならば、自ずと材料の種類は狭まっていくのだ。
「ちなみに、作成予定の薬の名は?」
一応薬の名前も聞いておこう。
そう思ったレオニスだったが、思わぬ反応に面食らう。
「そ、それは……」
というのも、商会長はその薬の名前を口にしようとしないのだ。
瞬間、レオニスにはその理由が理解できた。
「フィア、防音結界」
「了解じゃ」
レオニスの言葉に従い、即座に防音結界を発動させるプエラリフィア。
レオニスは目を眇め、商会長に視線を合わせる。
「……テオドール商会長、まさかその薬……【ドラゴステアの秘薬】などと言われませんよね?」
「……!」
レオニスの口にした名前に、肩を跳ねさせる商会長。
だがその反応だけで、レオニスは自分の予想が正しかったことを理解する。
「図星ですか……なぜ必要なのです? 誰かを“消す”おつもりで?」
「そんな事はない!」
笑みを浮かべつつも、目は笑っていないレオニスに対し、必死の表情で否定する商会長。
というのも、【ドラゴステアの秘薬】というのは基本的に劇薬であり、かつては暗殺手段として用いられたような特殊な薬剤なのだ。
無論、ある一つの難病には利用される特効薬なのだが、それ以外で使えば間違いなく対象者は死ぬ、とされるとんでもない薬。
もし使われれば、相手は体内の魔力が凍り付き、直ちに死んでしまうのだ。
「……この薬が必要な症例など、一つしかあるまい?」
「【魔力暴走】の特効薬なのは事実です。しかし、発生要素がないのでは?」
【魔力暴走】とは読んで字の如く、体内の魔力――マナが暴走し、アストラル体だけで無く肉体をも変質させ、崩壊させるという恐ろしい病気だ。直ぐに死ぬことはないが、それでもかなり苦しいものであり、同時に抵抗力を奪っていくためどんどん衰弱してしまう。
同時に、これに罹るということは元々の魔力の高さが関係するため、一般にはあまり知られていない病気でもある。
そして原因となるものはとある魔獣の体液であり、高ランク冒険者が複数で討伐にあたるような強力な魔物である。
もしそのような魔獣が現れていれば、噂になっているはず。
そう思って指摘するレオニスだが、商会長は首を横に振った。
「分かっておるようじゃから言うが、あの体液も手に入れようと思えば手に入る。無論相応の値段が掛かるが……っと、話がそれた。とにかく、何かやましい問題がある訳ではない。それは、それだけは断言出来る! どうか助けてくれ!」
そう言ってレオニスに向かい頭を深く下げる商会長は、どこか苦しそうである。
恐らく彼のよく知る人物が、【魔力暴走】に罹っているのだろう。
「……完全に信用できないとはいえ、話は分かりました。必要なのは【ドラゴンの血の粉末】……間違いありませんね?」
「……そうじゃ。出来れば現在の状況からして、本当は粉末ではなく新鮮な血液の方がいいのだが、な。欲張りは言えまい……」
その言葉を聞きつつ、レオニスはしばし考える。
実のところ、レオニスの亜空庫にはランドドラゴンの死骸が丸々一匹、収められている。
しかも内部の血液も当然、新鮮なままだ。
(そうは言っても、俺がランドドラゴンを討伐したなどと知られるのは……いや、今更だろうか)
レオニスはちらと隣に座るプエラリフィアを見やる。
同時に彼女もレオニスに視線を向け、お互いの視線が交錯した。
「「……」」
プエラリフィアが頷くのを見て、レオニスは一つ溜息を吐いてから頷いた。
その上で、手元の依頼書を再度巻き直し、エリスの持つ盆の上に置く。
「……レオニス殿?」
訝しげにレオニスを見やる商会長に対し、レオニスは口を開く。
「……申し訳ありませんが、一旦この依頼は保留にさせていただきたい」
「「なっ!?」」
驚きの声を上げたのは商会長とエリスだ。
まさか断られるとは思ってもいなかったのだろう。
実際、レオニスとプエラリフィアの実力からすれば、盗賊からの材料の奪還くらい朝飯前だ。
なのに断るとは一体どういうことだろう、という疑問、不信……そういったものがない交ぜになったような表情をしている。
「商会長としては、まずその相手を治したいのでしょうか?」
「そ、それはそうじゃが……じゃが、いずれにせよドラゴンの新鮮な血液など簡単に手に入るものではない! あの粉末ですら、かなり厳しい金額だったのじゃぞ!?」
「ええ、分かっています。しかし――どちらを優先したいか、それによって我らも動きが変わりますので」
「!」
商会長はここで気付いた。
レオニスは、何らかの手段か伝手を持っているのではないか。
「もしや……」
「さて、どうでしょう。しかし、商会長としてはどちらが良いですか? 商会長とて、個人的にその素材を求めているわけではないのでしょう? どこからの依頼かは知りませんが……それなりの依頼だったのでは?」
「む……」
商会長は言葉に詰まった。
というのも、彼自身あくまで材料を集めるように他から依頼された立場。
同時に、自分が準備できなかったものを他の人物に準備されてしまえば、商会としての面目は潰れる。
だが、もしこのまま奪還を依頼するならば、他の確実な手段を見す見す逃したという“事実”が、自分を追い詰めるだろう。
(なんともまあ……これを笑顔で言ってくるとは)
商会長としてはなんとも言えない気分である。
こんな若い相手にもかかわらず、まるで臆せずに交渉を持ちかけてくるのだから。
しかも、自分のような大商会の商会長相手に、である。
「……やりづらいのう。まあよい、彼女の命には替えられんからな。お主の提案に乗らせてもらおう」
「それは重畳」
商会長が了承したのを確認し、レオニスは頷き、とある提案を出す。
「私は今、ランドドラゴンを丸々一頭、討伐して手元に持っております。それの血液を一部、ご提供しましょう」




