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白き竜への鎮魂歌(レクイエム)  作者: 栢瀬千秋
始まりの街・アベントゥーラン
13/18

第13話:昇格と厄介事

 ――朝、ギレーナ大公邸


「宿泊までさせていただき、本当にありがとうございました」

「いやいや、依頼のついでに少しでも点数稼ぎをしようかと思ってね」


 頭を下げるレオニスに対し、そんな事をウィンク混じりに言ってくる大公。

 それに対してレオニスは苦笑しつつも、出された右手を握る。


「また何かあればご依頼ください。出来るだけ都合が付くようにしますので」

「それはありがたいな。今後、贔屓にさせてもらうよ」


 そんな話をする二人の横では、プエラリフィアと大公妃、そして公女が和やかに会話している。

 一体いつの間に仲良くなったのだろうか、と思いつつ見ていたら、どうやら大公も彼女たちを見ていたらしく、微妙な表情になっている。


「……女性陣はいつの間に仲良くなったのでしょうか」

「……分からん。というより、その質問に答えるものなんて僕は持ち合わせてないよ」

「ですよね……」


 握手をしつつも、なんとも言えない表情になる大公とレオニス。

 だが、ふと表情を変えると大公がレオニスに耳打ちする。


「そういえば……コールマン商会だが、誰かを探しているようだ、と警備隊から報告があった」

「……!」

「何にせよ、気を付けることだ。――僕は公人としての立場があるからね、ある場合動く可能性があるよ」


 そう、真剣な表情で告げる大公。

 対するレオニスは、それに対して笑みを浮かべて答える。


「でしたら、それを優先なさってください。私のような柵のない自由人ならまだしも、大公殿下はあくまで元冒険者、今は一国の主なのですから」

「……分かった。そうさせてもらおう。だが、そうなったときは念のため“前触れ”を出すことにするよ」

「それは助かりますね」


 大公の言葉にニヤリと笑みを浮かべつつレオニスがそう返すと、大公も面白そうに、だがどこか複雑そうに苦笑した。

 そして、さらに言葉を続ける。


「もう一つ、これは先輩としての忠告だ。……この後直ぐにでもDランクに昇格すると思うが、出来るだけ早めにランクを上げるのであれば大物の討伐や、緊急依頼に注意を払うことだ。――君たちのこれからを祈っているよ」


 それは先輩冒険者としての言葉。高みを目指すよう勧める言葉であり、レオニスとプエラリフィアへの信頼の言葉だ。

 それに対して再度頭を下げたレオニスは、プエラリフィアの袖を軽く引き、並ぶ。


「それではメゼンツェフ大公殿下、並びに大公家の皆様。この度はご依頼いただきありがとうございました。また、皆様のご厚意にも重ねて感謝いたします。何かあれば、是非ご連絡くださいませ」

「できる限り皆様の助けと、力となれますよう、今後も邁進いたします故、是非ともご贔屓に」


 そうしてレオニスとプエラリフィアは、大公邸を出るのであった。


 ◆ ◆ ◆


 ――冒険者ギルド


「あ、レオニス君!」


 冒険者ギルドにエリスの声が響く。

 レオニスとプエラリフィアが冒険者ギルドに現れたのは、昼少し前だった。

 既に冒険者たちはそれぞれ依頼に出ており、かなり閑散とした様子のギルドなので、二人に気付いたエリスの声はなおのこと響いたようである。

 ちなみに相も変わらずプエラリフィアをシカトするのが、エリスの常である。


「お帰りなさい、どうでした?」

「……フィアもいるぞ」

「女狐なんて知りません。で、依頼は完了……したに決まってますね、していなかったらこんな時間になりませんから」


 昨日今日で変わるわけがないことは理解していたが、案の定の反応に苦笑するしかないレオニス。

 だが、隣にいたプエラリフィアがこれ見よがしに依頼書を胸元から取り出し、それをドヤ顔でエリスに渡す。

 なお、側にいたギルド職員は少しの間お手洗いから戻ってこなかったとか。


「ほれ、妾たちの共同作業の証じゃ。しかと目に焼き付けて、その功績を理解するが良い」

「……おや、どうも脂肪塗れの雑紙のようですね。贅肉の内側に挟まれていたからでしょう、燃やしてしまいましょうか」

「……お主には“内側”など無さそうじゃがのう」


 売り言葉に買い言葉。

 どうにもこの二人が仲良くなるのは難しいのかもしれない。

 とはいえ話が進まないのは困るので、レオニスは近くの職員に声を掛けた。


「……阿呆二人は放置して、手続きを頼む。ランクアップもあるはずだ」

「ええ、聞いていますよ。直ぐに処理します」


 流石に慣れているのだろう、細身で眼鏡を掛けた男性職員は苦笑しつつもさらりと依頼書をエリスから奪い、手続きを始める。

 そうされては阿呆なことを続けるわけにもいかず、二人も言い合いを止めて自分のポジションに戻るしかない。


「エリスはお二人のカードの更新を。あまり遊んでいると、今度の査定に響きますよ」

「うっ……分かりました。カードを預かりますね」


 そしてレオニスとプエラリフィアがエリスにギルドカードを渡すと、しばらく奥に下がってから更新されたカードを持って戻って来た。

 それには『Dランク』の表記がされており、二人が正式に昇格したことが分かる。

 すると二人がカードを受け取ったのを見て、エリスが口を開いた。


「まず、Dランクへの昇格おめでとうございます。Dランクというのは、いわゆる『一人前』として認識されるランクですから、その分周囲の目も厳しくなります。心してくださいね」

「ああ」


 レオニスとプエラリフィアが頷くと、エリスは言葉を続ける。


「そして、Dランク以上では依頼の種類も変化します。危険度も上がりますから、よくよく依頼内容には注意するようお願いします……といっても、お二人の実力は高いのでそう心配は必要無いかと思いますが」

「とはいえ、油断は禁物じゃ。そこは妾たちも特に意識しておる」

「ならいいでしょう。さて、依頼についてですが、Dランクからは『盗賊討伐』『護衛』そして、『戦争への参加』というものが追加されます。同時に有事において都市防衛に駆り出されるのも、このランクからです」


 依頼の内容も、より人間相手の命の遣り取りが多くなるものになるというわけだ。

 そのため、Dランク昇格時には盗賊討伐にて人を『殺す』事が必須とされる。それに合格しなければ、昇格が出来ないのだ。

 だがレオニスたちについては、既に大公家の騎士がレオニスたちが盗賊を手に掛けているのを見ていたため、合格とされている。


「まあ、対人相手でどうにかなるような鍛え方はしていないさ」

「そうじゃな。それこそ、もっと悲惨な事もあったからのう」


 そう軽く告げる二人に対し、エリスは少しだけ不思議に思うものの、それ以上は追及せずに頷いた。


「お二人については、ギレーナ大公の承認がありますのでそこは心配していませんけど……にしても、どこでそんな繋がりを作ったんです? こっちとしてはびっくりでしたよ」

「ま、色々あるのさ」


 そう言って流すレオニスに、少しジト目を向けたエリスだったがそれ以上は言わず、改めて二人の昇格に祝いの言葉を述べるのであった。


 ◆ ◆ ◆


 ――数ヶ月後


 既に季節は変わり、日付上夏となっている。

 とはいえ、ギレーナは四季がはっきりする方ではなく、基本的にどの季節でも温暖な地域だ。

 だからこそ、この都市は交流や物流の中心となったともいえる。


「しかし、この服は良いな。防御力だけでなく体感温度の調整まで利くし」

「うむ……そういうものなんじゃな、妾も知らんかったが」


 なお、プエラリフィアが着ている服ももちろん体感温度の調整が利くし、防御力も高い。

 だが、魔道書の作成と同時にそのようなマジックアイテムが生まれたというのが、プエラリフィアにとっては初の出来事だったのだ。

 未だにレオニスの装束を見ては首を捻っている。


 さてこの数ヶ月、レオニスとプエラリフィアは様々な依頼をクリアしてきていた。

 その中には、盗賊討伐のみならず、護衛依頼もあり、着実にレオニスたちは実績を積んでいる。


「それにしても……」

「うん?」

「なんの依頼じゃろうな?」

「そうだな……」


 現在二人の姿は、冒険者ギルドの応接室にあった。

 通常、依頼を受ける際には受付カウンターで受領するだけであり、また仮に詳細を確認する必要がある場合でも、精々会議室を使う程度だ。

 それが何故今応接室に通されているのか。


(考えられるのは、相手が相応の立場のある人物であるか、あるいは俺たちが相応の存在とみられているか……まあ、前者だろうな)


 そんな事を考えつつ、待機する二人。

 と、応接室のドアを叩く音がして、受付嬢であるエリスと、それに案内されて老齢の男性が入ってきた。

 身なりの良いその男性は、どこか老練の文官のような雰囲気を醸し出しており、同時にその責任感と経験は皮膚に刻まれた皺によって表されている。

 そんな男性は、レオニスたちに視線を向けると、一瞬だけ目を見開く。だが直ぐに表情を改めてから二人の対面に座った。


「紹介するわね、こちらはミュゲ商会会長、テオドール・ミュゲ殿よ」

「初めまして。テオドール・ミュゲじゃ」

「レオニス・ペンドラゴンです」

「プエラリフィア・ペンドラゴンじゃ」


 お互い自己紹介を済ませると、珍しく紅茶が出される。

 通常冒険者ギルドで、このようなものが出るというのはまずあり得ない。


(まあ、出されたものを飲まないという判断はないが)


 そんな事を考えつつ、レオニスは紅茶を口元に運ぶ。

 だが、何かに気付くと軽く目を見開いた。


「……珍しい紅茶ですね。これはもしやベンガリス王国の?」

「ほう」


 レオニスの言葉に驚いたような、それでいてどこか納得した表情をした商会長。

 商会長はエリスに軽く頷き、エリスは一つの巻物をレオニスたちの前に置く。


「こういった物をしっかり判断できるというのは、相応の教育を受けた経験がある証拠じゃ。メゼンツェフ公からの紹介であったが、信用に値するのう」

「ごめんなさいね、実は紅茶についての銘柄を当てられるかどうかで、依頼するかどうか確かめたいって言われたのよ」


 紅茶に対する反応を見て、頷きながらそう言う商会長と、苦笑しながら訳を話すエリス。

 レオニスとしても、まさかこんなことが試験のような扱われ方をするとは思ってもみなかったのだろう、やはり微妙な表情をしている。

 さて、そんなレオニスたちを置いて、ミュゲ商会長は口を開いた。


「実は……とある依頼を受けて欲しいのじゃ」

「依頼、ですか。内容をお伺いしても?」


 レオニスがそう言うと、商会長は軽く首を振る。


「まあ待て……実はな、これは大っぴらに依頼できるものではない。故に、詳細を述べるのは依頼を受けてもらってから、とさせて貰いたい。分かったな?」


 何らかの事情がある故に、内容を話すことは出来ないという商会長。

 対するレオニスは、一瞬だけエリスに視線を向け何かを言おうとするも、再度商会長に目を向けて口を開く。


「随分と大変な状況のようですね」

「そうじゃ。それこそ……このギレーナの今後に関わってくるやもしれぬ」

「ほう」


 興味深そうに目を見開くレオニス。


「流石はギレーナでも有数の政商。このギレーナすら動かすと?」

「はっはっはっ、そこまでは言わんよ。だが、それほどに重要な内容なのだ」


 機嫌良さそうにそう言う商会長。

 だが直ぐに商会長は表情を改めると、レオニスに正面から視線を合わせる。


「そんな我が商会からの直々の依頼だ……どうだ? 受けてくれるか?」

「今のお話では、お断りですね」

「なっ!?」


 受けてくれるであろう、そう予想していた商会長だったが、レオニスの言葉はあっさりとした断りの言葉。

 Dランクという、一人前とはいえそれでもその日暮らしであろう冒険者が、まさか断るとは……というのが商会長の正直な感想だ。


「お受けすることは出来ませんね」

「……この儂直々に頼んでおるのだぞ?」


 そう言って目を細める商会長。

 商会長は年齢にそぐわぬ体型と眼光を持っており、普通の人であればその迫力に押されて頷いてしまうだろう。

 だが、レオニスには柳に風である。


「大体、依頼というならば依頼書は? 本来受付嬢がここにいるということは、彼女の手元には依頼書があってしかるべき。それがないというのはどういうことでしょうね……まさか、この机に置かれたものを依頼書、などとは言われませんよね?」


 通常、依頼書はボードに貼られている。

 だが貼られていない場合、それはギルド側が保管している特殊な依頼ということになる。

 特に、別室で話されるような類いのものはそうだ。

 同時に、下手な改変や改ざん、そしてギルドが把握しているという証拠のために、同伴するギルド職員が手で、あるいは盆の上に依頼書を載せて、見えるようにしておくのが正しい状態だ。

 そのため、間違ってもレオニスの前に置かれているものが依頼書とは()()()()

 そうなれば、一気にこの話はきな臭くなるのだ。


「そこから考えられるのは、この依頼が『真っ当なルートではない』……つまりギルドの関与がない可能性がある、と予想されますが?」

「……ふむ、それだけで疑うのか? この儂を」


 商会長からは怒気のようなものが感じられ始める。

 対するレオニスも、目を眇めて商会長を見据える。


「随分と傲慢で、無礼な小僧ではないか。……政商である儂が動けば、お主程度どうとでもなるとは思わんのか!」


 商会長の怒声が応接室に響き渡る。

 だが、レオニスが返したのは……笑みだった。


「ほう、つまり商会長殿は『ギルド如き自分の商会に逆らう事はできない』と仰りたいということですね? ああ、これは困りましたね……私個人どころか、ギルド全体に対してそう考えておいでという事なのでしょう。しかも『政商』としての発言……つまり、商会全体の見方ということならば、ギルドマスターのみならず、他方面にもこの『事実』をお知らせせねば」

「!?」

「こう見えて大公殿下にもお会いしたことがありましてね……それなりにお付き合いがあるのですよ」


 レオニスの切り返しに対し、驚きの表情を向ける商会長。

 その隣ではエリスも驚いており、視線をレオニスと商会長の間で彷徨わせている。

 その様子を見ながら、レオニスは立ち上がってエリスの後ろに立ちながら口を開いた。


「ああ、君も同罪だよ、エリス。こんな相手の言いなりになり、ギルドの施設を使ったり、手続きを怠るとは……ギルドへの背信行為かな?」

「ひっ……!?」


 裂けたような笑みを浮かべ、声に楽しさを滲ませながらそう告げるレオニスに、思わず悲鳴を上げてしまったエリスはその場に立ちすくみ、口を手で塞ぐ。


「さてご両人、これ以上の話は不要だろう? 俺は俺の務めを果たす……そうなれば、俺は躊躇わんぞ」


 そう言いながら剣の柄に手を掛け、肩越しに視線を向けるレオニス。

 同時に一瞬だけ、レオニスからは殺気が立ち上る。


「ま、待て……!」


 その効果は凄まじく、先程までの表情とは打って変わったように蒼白となった顔に恐怖を滲ませた商会長が、レオニスを止めようと口を開くが、言葉にならないほどだ。

 だが、レオニスがそこから出て行こうとした瞬間、商会長は椅子から飛び上がって思いも寄らないほどの速さで扉の前に立ち塞がった。


「ま、待ってくれ! 頼む、話を聞いてくれ!」

「……」


 先程までとはがらりと変わった口調でレオニスの前に立ち塞がる商会長。

 それに対し、黙って視線を向けつつ剣の柄に手を掛けたレオニスだったが、横からの別の声に手を止めた。


「そこまでじゃ、レオニス」


 それはレオニスの隣に座り、じっと黙って話を聞いていたプエラリフィア。

 彼女は片手でレオニスの袖の裾を掴んでおり、苦笑したような表情を向けている。


「お主も意地悪をするでない。レオニスには分かっておろうが」

「……ばれたか」


 一瞬で先程までの殺気や様相を霧散させ、ニヤリと笑うレオニス。

 思いも寄らぬところからもたらされた救いに、震える足を抑えながらホッと息を吐いた商会長と、エリスであった。

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