第11話:思わぬ依頼
――翌日・黄金の鹿亭
「……ん……」
レオニスは窓から差し込む光を感じ、目を覚ます。
起き上がって首を左右に振ると、小気味よい音が鳴るのを聞きながら、意識を覚醒させる。
「……6時か」
この世界では、まあ普通の起床時間だ。
マジックアイテムの懐中時計を懐に仕舞い、レオニスは洗面所に向かう。
――その前に。
――ペチンッ!
「ひゃうんっ!」
隣のベッドの毛布から、尻と尻尾をはみ出させている生物の尻を、平手で叩く。
するとなんとも言えない声が聞こえてきて、レオニスはなんとも言えない気持ちになった。
「おい、早く起きろ」
「……あと……5分……」
――パチンッ! ペシンッ! ビタンッ!
「い、痛っ! 痛い! 痛いのじゃ!」
無言で彼女の尻にビンタを続けるレオニスと、その度に声を上げる生物――プエラリフィア。
女性に何をしているか、と怒られそうであるが、これが彼らの普通である。
というか、2週間の間に何があったのか……賢明な読者の方にはお察しいただけるだろう。
「あひっ、ひうんっ、ああんっ!」
朝っぱらからこんな声を響かせていては問題だろう。
ここが高級宿だからこそ出来ることであり、もし声が漏れていたならば、色々と大変なことになる。
なにせ、プエラリフィアはかなりの美少女の狐人なのだ。そんな彼女が常に引っ付いている少年と同じ部屋で泊まっており、さらに朝からこんな声を響かせていたと知られてしまえば……嫉妬に狂った連中がレオニスに襲いかかり、そして血溜まりになってしまう。
「……うぅ……痛いのじゃ……」
「良いから起きろフィア、今日から依頼があるんだぞ」
恨みがましいプエラリフィアの涙声に対し、それだけ言い残すとさっさと洗面所に向かうレオニス。
……なお、洗面所から戻ったレオニスが、未だ唸っているプエラリフィアに対し、追加で数発、尻に平手を打ったのだった。
◆ ◆ ◆
――黄金の鹿亭・食堂
レオニスが食堂の座席に座っていると、着替えて準備を整えたプエラリフィアがやってきた。
「おはよう、フィア」
「おはようなのじゃ、が……よくもあんなに妾の尻を叩いてくれたのう! 二つに割れたらどうするんじゃ!」
「既に割れてるだろうが」
「そういうことではない!」と口を尖らせるプエラリフィアに対して、レオニスはそっと頭を撫でる。
「今日は依頼だって言っていただろう? 叩かれたくなければ早く起きろよ」
「お主が直ぐに寝かせてくれなかったんじゃろうが……」
そう言って頬を膨らませるプエラリフィアだが、その雰囲気は怒っているという感じではない。というより、甘い恋人同士の雰囲気に見える。
というのも、「悪い悪い」と言いつつ頭を撫でるレオニスの手を、彼女はそのまま受け入れているのだから。
……同時に、宿泊者と思わしき男性の一人が、レオニスの方を嫉妬した目で見つめていたのだが。
そんな視線はスルーして、明らかにいちゃつく二人の前に、給仕が食事を持ってくる。
「楽しそうですね……今日の朝食をお持ちしましたよ」
「お、助かる」
そこに置かれたのは、彩りの良い野菜のサラダと、数種類のパンが入った籠、そして肉や野菜がしっかりと煮込まれたスープ。
さらに追加でステーキというメニューだ。
この宿では朝食は付随しているのだが、ステーキについてはレオニスの願いで、追加注文しているもののため、これについてはレオニスが別料金を払っていたりする。
「いただきます」
「いただきますじゃ」
そう言いながら食事に口を付ける二人。
どうやら美味しかったようで、表情を綻ばせる。
「昨日今日と食べているが、流石高級宿だな」
「普通の冒険者では味わえんのう」
そんな話をしながら食事を進める二人は、食後の紅茶まで十分楽しんでから食堂を出る。
このアベントゥーランは独立都市ギレーナの一部であるため、こういった食材だけでなく、嗜好品も豊富だ。
満足した二人は、改めて装備を調えると、冒険者ギルドへ向かうのであった。
◆ ◆ ◆
――冒険者ギルド
「あ、レオニス君。待っていましたよ」
そう言ってレオニスたちに手を振るエリス。
だが、レオニスの名前しか呼んでいない事からして……推して知るべし。
レオニスもエリスの様子が分かっているからか、苦笑しつつ挨拶を返す。
ついでにプエラリフィアは、レオニスの腕を抱き込んでいたりするので、それを見たエリスが微妙に引き攣った表情をしていたりする。
「おはようエリス、受付嬢がここにいて良いのか?」
「いいんです。これもお仕事ですから……ほら、いつまでくっ付いているんですか」
プエラリフィアをレオニスから引き離そうとするエリスに対し、プエラリフィアは聞いていないかのように無視してさらにレオニスの腕に抱きつき、甘えたようにレオニスの方に頭を押しつける。
同時に彼女の豊満な胸がレオニスの腕の辺りで潰れて、形を変えているのを見て、エリスの額に青筋が立つ。
なお、エリスの胸元は押しつけても形は変わらないとか。
「んんっ……今日は依頼主がここに迎えに来てくださるとか」
「ええ。あちらたっての希望ですから……どなたかというのは、まだお伝えできませんが」
そう言って苦笑するエリス。
実は、レオニスとプエラリフィアはまだ依頼主が誰かは知らない。
これは、依頼主がどうしても名を伏せていて欲しいとの願いからだ。
普通ならば、レオニスも受けないのだが、昨日散々職員を脅した事と、そして既に予想が立っている事からレオニスは受ける事にしたのだ。
「まあ、プエラリフィアについては俺が見ているから心配するな。それに彼女だって、そう下手な事はすまいよ」
「むぅ……それなら良いんですけどねっ」
「そうじゃ。どこぞの仕事そっちのけの恋愛脳とは違うからのう」
「……何か言いましたか、この性悪狐、いえ、女狐」
ちょっと拗ねたようにそう言うエリスを見ながら、レオニスは苦笑するしかない。
どうも顔を合わせてからというものの、いまいち相性が良くないのである、この二人は。
しかも基本はエリスが突っかかるのだが、それに対してプエラリフィアも即座に応戦するため、かなり面倒くさい。
こればかりはレオニスとしても何かをする訳にもいかず、このいがみ合いが終わるのを待つしかないのであった。
「だからですねぇ……冒険者ならもう少し独立してですねっ」
「なるほど、独り身が言うと信憑性があるのう」
「あんですって!?」
そんな言い合いをしている二人を端で見ながら、レオニスはふと視線を道路に向ける。
すると遠くから、2頭牽きの馬車がこちらに向けて進んでくるのが見えた。
「……あれか。おい、二人とも、依頼主が到着するぞ」
レオニスの言葉に、二人とも顔を上げて道の向こうを見る。
そしてやってくる立派な馬車を見て、エリスが頷いた。
「確かにそうですね……いいですか女狐、変にレオニス君に絡んだり、寄生したりしないことですよ!」
「ほいほい、そう心配するでないわ」
「ぬぬぬ……!」
一応話が付いたらしい。
レオニスはその様子を呆れた目で見つつ、馬車の様子を見、そして微妙な表情になった。
(やはりか……)
というのも、御者として座っている男に見覚えがあったのだ。
そしてどうやらプエラリフィアもそれに気がついたらしい。
「レオニス、あの馬車はもしや……」
「だろうな……。まあ、どうにかするさ」
そんな話をしている間に、馬車が冒険者ギルドの前で停まる。
ちょうどギルドから出てきた冒険者が、停まった馬車を見て目を見開いたり、あるいは一体何事かと興味深そうな視線を向けていた。
レオニスとプエラリフィアが自然体でその場に立っていると、馬車の扉が開いて一人の男性が降りてきてエリスに軽く頭を下げる。
見た目は、どこかの執事のような雰囲気だ。
「失礼ですが、冒険者ギルドの職員の方でお間違いございませんか?」
「はい、アベントゥーラン冒険者ギルド、受付嬢のエリスです。こちらが今回の依頼を受けております、レオニスさんとプエラリフィアさんです」
エリスは確かに仕事でこの場に居たようだ。
エリスの紹介に、執事らしき人物は頷くと、その視線をレオニスたちの方に向ける。
「お初にお目にかかりますレオニス殿、プエラリフィア殿。私はイライジャ、今回は我が主の依頼に応じてくださり、感謝申し上げます」
レオニスはその様子を見ながら目を眇める。
その立ち振る舞いからして、間違いなく貴族家の執事なのだろうとレオニスは考えていた。
同時にレオニスは、頭は下げずに右手を拳にして胸元に置き挨拶をする。
「初めまして、イライジャ殿。Eランク冒険者、レオニス・ペンドラゴンです。こちらパートナーのプエラリフィア。今日はよろしくお願いいたします」
「プエラリフィアと申します」
レオニスの自己紹介と共に、プエラリフィアは軽く右足を引き、胸元に手を当ててから軽く頭を下げる。
それに対してイライジャは目を見開くと、深々と再度お辞儀をした。
「ご丁寧にありがとうございます。どうぞ馬車へ……我が主の元へ、ご案内いたします」
そう言って馬車のドアを開けると、レオニスとプエラリフィアを招く。
レオニスはプエラリフィアを馬車に乗せ、その後で乗り込んだ。
その所作を見ていたエリスは、なんとなく負けた気分になったとか。
◆ ◆ ◆
「お二方、到着いたしました」
イライジャが馬車の外から声を掛けて来たのを聞いて、レオニスが「分かった」というと、馬車の扉が開けられる。
同時にレオニスが降り立ち、プエラリフィアに手を差し伸べて馬車から降ろした。
二人が降り立ったのは、かなり大きな家――屋敷の玄関前だった。
間違いなく貴族の屋敷だろう。これで大商人ということはないはずだ。
といっても、キョロキョロと不躾な視線を向けるわけにはいかないので、さっと一瞬だけレオニスは周囲を見てから、即座に前に視線を向けた。
「では、参りましょうか」
「ええ、よろしくお願いします」
レオニスがそう言うと、イライジャは先導しながら屋敷の中へと案内していく。
屋敷の中は高級感のある絨毯が敷かれており、通路にも本当に高価な調度品や絵画が飾られている。
そんな通路をしばらく歩いた先、一つの部屋の前でイライジャは立ち止まった。
「恐れ入りますが、こちらでしばしお待ちいただけますでしょうか。給仕を付けますので、何か飲み物等ご入り用でしたらお伝えくださいませ」
「分かりました」
二人が案内されたのは、応接室だった。
それも、中々どうして立派な場所……恐らく貴族を迎えることも出来るようなレベルの部屋。
(わざわざこのレベルの応接室を使うとは……)
レオニスはこれからどう動くか考えつつ、プエラリフィアを座らせてから近くにあったベルを鳴らす。
すると直ぐに、ドアをノックする音が響いた。
「どうぞ」
「失礼いたします。御用でしょうか?」
「紅茶をお願いしても?」
「はい。直ぐにお持ちします」
給仕の女性が下がるのを見ながら、レオニスはプエラリフィアの隣に座る。
そうするうちに、再度扉がノックされ、護衛を連れた壮年の男性が入ってきた。
「やあ、お待たせした」
その人物を見ながら、レオニスはプエラリフィアを伴い立ち上がり、頭を下げる。
男性は長めのウェーブ掛かった金髪を持ち、薄いブルーの瞳を興味深そうにレオニスに向けていた。
そしてダダダッ、とレオニスのところに駆け寄るとレオニスの手を取る。
「君がレオニス君か! いや~、君のおかげで助かった! 娘が無事に戻って来たのだからな! 依頼を受けてくれて良かったよ!」
……ものすごく気さくな感じで手を握ると、上下にぶんぶんと振ってくる。
思わぬ相手の動きにレオニスは目を白黒させつつも、軽く首を振って笑みを浮かべつつ口を開く。
「こ、こちらこそ、お目にかかれて光栄です……メゼンツェフ大公殿下」
そう、今回レオニスたちに依頼をした人物。
それはギレーナの領主である、メゼンツェフ大公であった。
「ほう、気付いていたのか! 凄いな!」
「恐れ入ります」
そう言って頭を下げるレオニスに対し、大公は笑いながら手を離して肩を叩く。
「そんなに堅苦しくなるな、自室のように楽にしてくれ」
そう言いながらソファーに腰掛ける大公に対し、レオニスも大公の後に腰掛け、それからプエラリフィアを座らせる。
そうしている間に、ちょうど給仕の女性が紅茶を持って入ってきたようだ。
渡される紅茶を受け取りながら、レオニスは大公より先に紅茶に口を付ける。
「……」
その様子を興味津々という雰囲気で見ている大公。そして、控える護衛たちもレオニスたちを注視している。
「……ほう、イルディアの茶葉ですか。良い香りですね」
「分かるのかね! それは良かった、これは先日隊商が売りに来たものでな」
「それはそれは……珍しいですね」
レオニスの言葉に笑みを浮かべつつ、自分も紅茶を口にする大公。
そうしてから纏う雰囲気を変え、大公は口を開いた。
「さて……私はあまり長々と遣り取りするのが好きではないのでな、簡潔にいかせてもらう。この場は公式なものではないし、君も普段通りに会話してくれ」
「分かりました」
大公の言葉に頷くレオニス。依頼の話であろうと思いながら、レオニスも姿勢を正して聞く体勢になる。
しかし大公は、突然頭を下げた。
「大公殿下、一体何をなさいます!? どうか顔を上げていただきたい!」
流石にこれにはレオニスも面食らう。もちろんこのままではいけないので、止める言葉を口にしながら大公を促す。
すると大公は頭を下げたまま、言葉を続ける。
「いや、これは大公としてではなく、一人の親としての言葉だ。娘が危険な状況で助けていただき、感謝している。それに、私の騎士たちも助けてくれたとのこと……本当にありがとう」
同時に周囲の護衛たちもレオニスたちに頭を下げている。
どうやら、この者たちはレオニスが盗賊を討伐した際にいた者たちだと思われる。
「大公殿下、私はあくまで一冒険者として、遭遇した盗賊たちを討伐したまでです。頭を下げていただく程のことはしておりません!」
冒険者には盗賊を発見した際の討伐が許されていることは以前にも書いた。
実際、それを行うかどうかは冒険者の自由であるが、同時に冒険者にとっても利があるものなのだから。
「いや、しかしな……」
「私は低ランク冒険者であり、平民です。そのような人物が大公殿下に頭を下げさせたなど、あって良いことではありません! お気持ちだけで十分です!」
どうにかして顔を上げてもらうために言葉を尽くすレオニス。
これが仮に貴族同士や国家同士ならば、こういうこともあり得るだろう。
だが、レオニスはあくまで平民なのだ。しかも、ここアベントゥーランに住んでいる存在。
身分というものを考えれば、あり得ないことなのである。
「……そうか」
ようやく納得したのか、大公が顔を上げる。
その様子に、ホッとした表情のレオニス。
「大公殿下、お気持ちは既に受け取りましたから」
「分かった。とはいえ、私もかつて冒険者だった時代がある。いくら盗賊のアジトと宝を押さえたからといって、そこまでの足しにはなるまい?」
「いえ、既に盗賊たちは警備隊に引き渡しておりますし、その分の賞金や代金もいただいておりますから」
そうレオニスが言うと、大公はようやく納得したようだ。
しかし、レオニスの正面にいる大公がかつて冒険者だったというのは驚きである。
(重戦士ではないな……軽量武器、あるいは徒手か?)
そんな事を考えながら、大公に目を向けるレオニス。
そんなレオニスの様子は気にせず、大公は口を開く。
「しかしな、大公としては何もしないというわけにはいかんのだよ……何か私が出来る事はないかね?」
諦めの悪い大公。対するレオニスは困り顔である。
「こう申し上げてはなんですが、先日ミノタウロスグラディエーターの討伐を行いましたので、そこまで緊急に必要としているものはないのです」
これは事実である。
先立つものはあるし、【亜空庫】というアーティファクト級のマジックアイテムもある。
さらに懸念だった魔法やパートナーについても、プエラリフィアによって解決したのだ。
「ふーむ、それは困ったな……」
大公もミノタウロスグラディエーターの件は聞いていた。
とはいえ、その段階ではレオニスについては知らず、先日娘が盗賊に襲われた際にそれを助けてくれた冒険者を探した際に、その件と繋がった、というところである。
しかし、その件でどれだけの報酬を彼が得ているかは理解していたので、大公も悩むしかない。
「念のために聞くが、騎士や貴族になる気は?」
「……ないですね」
「だろうなぁ……」
念のため聞いたがやはり、というところか。
大公も冒険者としての経験がある故に、貴族になりたいという冒険者が少ないことはよく知っていた。
さらに言うと、高ランクの冒険者や実力のある冒険者ほど、金銭的な心配がなくなるし、下手をすると貴族よりお金を持っている者もいるほどなのである。
(いずれ彼もそうなるだろうな……)
レオニスを見ながら、そんな事を漠然と考える大公。
だがそこで、ある事に気付く。
「そうだ! 君のランクは何かね? それに彼女は?」
そう言われ、レオニスは答えた。
「私はE、彼女はGです……登録したばかりですから」
そう言うと、大公は何故か「よし!」と言いながら手を叩く。
レオニスが不思議そうにしていると、大公は少し興奮したかのように口を開く。
「今回手合わせの依頼をしたが、それを完了したならば君たちがDランクへの昇格試験を受けられるようにしようじゃないか!」
「それは……」
そんな無茶な、というのがレオニスの本音だ。
なにせ、冒険者ギルドは各国に存在する国家を越えた組織だ。
そのため、貴族どころか国でさえ強制力を持つことはないのだから。
しかし、そこは元冒険者の大公殿下。
「こう言ってはなんだが私は元Aランクでね。それにギルドマスターとの繋がりもある。さらに言えばアベントゥーランのギルドはこの辺り一帯の統括ギルドだからね、私の一声でそのくらいならどうにかなるよ?」
「そ、そうですか……」
大公の思わぬ暴露に、レオニスの笑みが引き攣ったようになる。
それはそうだろう、元高ランクであり、さらにその影響力の強さが予想外すぎたのだ。
「まあ、私の一声でもBランクにする事は出来ないんだがね。君たちの強さを考えても、Dランクにさっさと上げた方がギルドとしても良いんだよ。でもギルドとしては規則の関係があるから……私が言ったら私の責任になる、ということさ☆」
そんな事をウィンクしながら言わないでいただきたい。
そう思ったレオニスを責める者はいないだろう。
……どうにも固い名前に反し、中身は軽い感じの大公のようだ。




