6.
「へー?あの給仕の女やめたんだ?」
「……?給仕?そこにいるじゃねえか」
「いやいや、あんな可愛い子じゃなくて、なんかもっとパッとしない、普通のやつ」
「……?そんなの覚えてるわけねーだろ」
「おまえは女の顔しか見てないからな!」
「いやいや、それが普通だろ!」
「可愛い女以外覚えて意味あるか?」
「俺は胸が大きけりゃ覚えてるぜ!」
「……つまりその女は胸もなかったのか?」
「いいとこなしじゃねえか!」
「女はやれなきゃ意味ねーよなあ」
「いやでも、あの子なんとなく立ち振る舞いが貴族っぽかったんだよな……しかもチップも全然ねだらないし」
「こんなとこに貴族なんている訳ねーっての!」
「チップをねだらないー?そんなの、おまえが色目を使うほどの男じゃないって思われただけだろ。そこらの雑魚じゃないってアピールする為には見た目に金掛けねえと」
「まずはしゃぶでも使って痩せろよ。おまえ最近腹出てきたぞ」
「まあ……そうかもなあ……」
「女将さーん」
「はいはい」
「おい、ほら、聞いてみろよ」
「ああ……女将さん、以前紫色の髪した給仕の子いたよね?結構気が利く……あの子なんで辞めたの?」
「ああねえ。初めはあの子から辞めますとは言われたんだけど、なんかギンさんが言うには、本当はどうもギンさんに付き纏ってるとかでねえ……。しかも、その後ギンさんへの手紙がうち宛に何通も来て……。住所が違うって、何度も受け取り拒否したんだけど、それでもやっぱり何通も手紙が来るから、こりゃギンさんは本当に付き纏われてるのかもしれないと思ってねえ。困ってギンさんに言ったら、付き纏われてることを弁護士に相談したみたいよ」
「……へー?ギン、そうなの?おまえストーカーされてたの?」
「……ああ」
「うわ、きっつ!」
「女って地味なやつほどやべーよな!」
「俺を誘惑してくる女は皆いい子だぜ!俺調べだけどな!」
「ギャハハハ!違いねえ!」
「知らなかったな……。早く言えよ!俺がどうにでもしてやったのに」
「……でも、もう内容証明送ったから」
「そこからは付き纏われてないんだ?」
「……ああ」
「へー?つまんなー。早く言えば俺が直々に社会制裁してやったのに」
「ボスまで出てったらそいつ完全に潰れちゃいますよ!」
「もう潰れてたりして」
「ギャハハッ、あり得るよなあ!?」
「ま、可愛けりゃギンの女にしてやっても良かったもんな?」
「……」
ギンは黙ってグラスの水を飲みました。実は、ギンは殆ど酒を飲めなかったのです。
「あの女ギンさんに惚れてたんだな!」
「そういえばなんかやたらギンさんに水を持っていく女がいたな」
「ギンさんが水を頼んでた訳じゃないんだ?」
「……ああ」
「うわー!親切の押し売りかよ!」
「そういうの迷惑だよな!」
「ギンさんって、昔からそんな女に好かれやすいよなあ」
「ギンさんがボスと同じぐらい金持ってるってバレたんだろ!」
「うわー、最悪。目敏い女っているよなあ」
「ギンさんの見た目でも分かるってのは、やべえな。オーラってやつか?」
「その女占い師かよ!怖えーな!」
「ギン、おまえやっぱバカだなあ。おまえはどんな女にも甘いから」
「ギンさんはどんな女ともヤレるからな!この間なんて、誰も持ち帰らない泥酔した女と便所でやってたぜ!」
「マジー!?やっぱギンさんぶっ飛んでんなあ!」
「俺らとは次元が違えわ!」
「あ、俺も見たわ、それ。便所開けたらびっくりしたもんなあ……。いくらその気になったって、すぐにヤるかあ?別部屋取るなりさあ……なんかやりようはあるだろ。せめて鍵はかけとけ」
「おいおい、ヤるとこぐらいは考えろよな!女たちにバレるだろ!」
「……」
「バレたって構わねえよ!なあ?あいつら、金さえ渡しゃ黙るんだからな」
「確かにな!世の中金さえありゃ好きなようにできる」
「女なんてただの穴だろ?綺麗どころと子作りしてりゃいいんだよ」
「やっぱ生っすよねえ!」
美しい盗賊団の彼らは酒を飲みながらそんな話をしていましたが、ミウノがそれを知ることはありませんでした。
ですが、見る者が見ればミウノはギンの罠により明らかに二次被害を受けており、更に酷い事件にまで発展しかねませんでした。酒に酔った彼らはそんなこと微塵も考えていなかったでしょうが。ギンが内容証明でミウノの手紙を止めず、盗賊団一同が総出でミウノを社会的に攻撃し始めれば、貴族と盗賊団の全面戦争になりかねなかったでしょう。
ミウノがわざと外見や出自、特性を隠していた事実すら、彼らが誹謗中傷の材料にしたであろうことは容易に予想できるからです。
一方の意見や事実だけを拡散されてしまった場合、それを拡散した側は自身に不利な情報を一切出しませんから、それだけが事実や正義と判断され、沈黙している側の二次被害に繋がりがちです。賢く沈黙していた側がそこから逆転する為には、よほどの証拠となる事実を提出し続けるしかありません。
盗賊団とミウノの関わりが一旦の終わりを見せたことは、ミウノや男爵一家が殺害されなかったという点だけを見れば良かったことになるのかもしれません。
ただ、もし仮に盗賊団がわざわざ表に出てきてくれたとすれば、それは貴族たちからすれば格好の材料になったでしょう。盗賊団全体が1人の若い世間知らずな男爵令嬢如きに釣られ、自身で証拠を晒しながら犯罪を披露し続けてくれるわけですから。
無欲な男爵令嬢相手に対し、彼らは人間性という一点だけで負けてしまうほどには脆弱な存在なのです。
これが、本物の知性ある博愛主義者の真の力です。
犯罪者が唯一取り扱えない、禁忌の対象です。
ただし、知能の高低に関わらず、本物の博愛主義者は差別を受けやすくもあります。世の中の大多数は博愛主義ではないため、その存在を信じられない上、どんなにその社会の倫理に沿って正しく理論的に説明しても実践しても、その人物はただの理想主義者に見られがちだからです。つまり、博愛主義者が多数派になることは絶対にあり得ません。
むしろ、偽物の博愛主義を自己の理論の正当化や言い訳として都合よく使い、自身の組織や犯罪者集団の擁護をする者が多い為、本物まで犯罪者と同一視され被害に遭うのが現状でした。
それに、本物の博愛主義者はどう考えても生きにくいでしょう。悪事の被害に遭っても全く相手を憎めず、むしろ犯罪者を思い遣って心配し、他人の罪や被害すら積極的に被ろうとしてしまいますから。犯罪者からすると、最初は格好の獲物に見えるのです。それなのに、博愛主義者は恨みません。そうすると、犯罪者は自分がいじめたはずの相手に恨まれないことに更に怖さを募らせ、攻撃を続けます。そうやって正当化を続けなければ、自身の醜さがバレてしまう気がするからです。
そうして無自覚な博愛主義者が沈黙を解除して犯罪者を心配し始めると、犯罪者側は反撃を食らったと思い込み、今度は被害者のふりを始めます。
ですから、彼らは知性が高いほど、地獄のような世の中においては隠れるしかありません。
そうでなければ永遠に搾取される側になり続けますし、そもそも隠れたところで、属性はともかく目立ちすぎるからです。
守る者も同じです。博愛主義者の代わりに怒ることができる守護者がもしいるのであれば、そして、その守護者が本当の博愛主義者を見つけることができるのであれば、彼らが被害に遭わないよう隠しながら教育し、見守るしか方法はありません。知性が高すぎる博愛主義者は、周囲からは知性が低いと誤解されることさえあるため、長生きする為には普通を擬態するか沈黙するしか方法はないのです。
彼らは精神的に成熟しすぎており、恨みの感情が欠落していますから。
普通とは違う人種なのです。
彼らは自身が殺されたとしても、やはり誰かを恨むことはできないでしょう。
ミウノはその頃少し忙しくなり、頭から喫茶店のことを追い出すことに成功していました。
(えーっと……うわー!今回の試験範囲は広すぎですわね!ダンスぅぅ?……よし、頑張りますわ!)
試験のため忙しくなったのもありましたが、その喫茶店の経験を経て、ミウノには目標ができたのでした。ギンのような、知性があるのに何故か危険な世界から抜けられずに苦しんでいる、水も飲まずに消えてしまいそうな不思議な者たちを救おうと、学園の勉強と並行して、その国の法律をきちんと学び始めたのです。
それは本当に貴族らしく立派で、でも完全にギンとは決別してしまう、盗賊団からすれば恐ろしく残酷な選択でした。
盗賊団は犯罪をし続けなければ盗賊団ではないですから。
ミウノの正義感は、理想主義ではありながらもかなり現実的な、その国としては真っ当で正しい方向へと向かったのです。
その成長はギンからすれば喜ばしく、同時に恐怖する方向性への美しい羽化の仕方でした。ミウノはギンが密かに認めた、本物の潜伏の天才でしたから。その性質が悪に傾けば、それは盗賊団内では最高のスパイとなったでしょう。
ギンは言いませんでしたが。
そう、ミウノは明らかに、内偵向きの才能の持ち主だったのです。




