5.
その盗賊団の男女は皆見た目は煌びやかでしたが、やはり何処か異様でした。すぐに見なくなる女もいれば、以前そばにいた男とは違う男のそばにいるようになる女もいました。
(貝殻を脱ぐか、貝殻の種類を変えるようなものかしら……?)
その違いを、ミウノはこう思っていました。仲間内で女を融通させ合う集団など、ミウノの常識の中にはありませんでしたから。
(貴族社会だと婚約破棄は相当な醜聞になったはずですけれど……。まあでも、表面上問題が起きていないということは、お互いに了承済みで遺恨はないということですわよね)
その集団の内部ではあまりにもよくあることでしたから、ミウノ以外は誰も疑問に思わなかったのです。
それに、男たちの容姿も時々微妙に変わることがありましたから、ミウノはもう、耳の形で個人を判断することにしていました。
(今日は耳を隠していらっしゃる方はいませんわね……!ふふふ、絶対に注文を間違えないでみせますわ!)
ミスをする者は目立ちますが、こうやってミスを極力回避していたおかげで、ミウノは目立たずに職務を全うできていたのです。
しかし、いくら働いても給金は出そうにありませんでした。
(うーん……?もしかして王都の喫茶店では、どんなに働いても給金が出ないんですの……?)
そもそもミウノは副業申請をしていませんから、罰則規定がないとしても、給金を貰ってしまうと違法に近い仕事をしたことになってしまうのですが。ミウノの無償奉仕は、無知なまま危険を回避していました。
(見た目がいい店員の方や、制服を着崩して肌をあちこち露出している方は時々奥の扉の方に連れて行かれますわね……。お説教?なんだかあまり顔も覚えられない方が良さそうですわ)
そう思ったミウノは、喫茶店にいる間は、前髪を出来るだけ目に掛け、前髪の隙間から彼らを見ていました。よく見ると明らかに異様でしたが、そもそも奥の部屋でギン以外に声を掛けず、目立とうともしないミウノの方が変わっていた為、注目を集めることもありませんでした。
欲のなさは、無自覚であっても自身を救うことがあります。
……自覚があると尚良かったのですが。
ミウノの働きはある種の慈善事業として社会に消費されていました。でも、喫茶店の仕組みや会話も、犯罪者たちの裏話も、貴族が聞く機会なんて殆どないに等しいでしょうから、ミウノが憲兵のトップに立てば、その知識はかなり活かされることになるでしょう。
盗賊団がわざわざ自ら引き込んだ貴族相手に堂々と内情を暴露し続けてくれているわけですから。
(……なんとなく、あの方々は貴族ではない、むしろ貴族を恨んでいそうだ、というのは分かってきましたわね……?ここで働き続けるのはもしかしたら少し危険かもしれませんわ……)
ミウノはそんな会話にようやく少し怖くなり、でも青白い顔をしたギンのことが心配でなかなか辞めることが出来ませんでした。ミウノがそこを辞めてしまうと、男は水も飲まずにこの世から消えてしまいそうな気がしたのです。
「今日はどうだった?」
「首尾は上々っすね!」
「あざっす!」
「いやあ、いつも分かりやすく綺麗に上がってくれるから助かるっす」
「俺らはあらかじめ分かってる株を教えられた時間に売買してりゃいいしなあ」
「普通のやつらは自分だけで必死こいてデータ集めてんだろうな。ご苦労なこって」
「わざわざ養分になってくれるやつらはありがてぇよなあ」
「ボスが上手いんすよ!」
「まあ俺はこれで生きてきたからな」
「ギンさんは?」
「……」
「うへぇ、これが今日の出来っすか?ギンさんボロ負けじゃないっすか!」
「またかよギン。しゃーねーなー。明日は俺がおまえの魔道具使って稼いどいてやるよ」
「……ああ、明日持って行く」
ボスはやはり、ギンにだけ甘いようでした。
そんな会話の後、(やっぱり、そろそろ辞めるってギンさんに言いにいきましょう!この喫茶店だってギンさんが教えてくれたのですもの)そう思ったミウノは、いつも通り水を持ってギンのそばに行きました。
「はい、どうぞ」
「……ああ。どうだ?ここは慣れたか?」
ですがその日、珍しくギンは口数が多かったのです。
「はい!それなりに」
「……もう少ししたら次のとこに行ってもらうかもしれない」
「……その話ですけれど、そろそろこの喫茶店を辞めようと思っていますの」
「……そうか」
「最近表のお客さんが減ってきてるのに、そのわりに……と言ってはなんですけれど、店員が多すぎる気もしますし……。もしかしたら、あと1年ぐらいで閉店しちゃうかもなーなんて」
「……俺もそう思う」
「ギンさんの連絡先だけ聞いても良いですか?お手紙をお書きしますから」
「……次のグラスの下に置く。シャンパンを持ってきてくれ」
「はーい」
ミウノがシャンパンを持って行くと、ギンは飲み終わった水のグラスを返しました。その下には紙があり、確かに連絡先が書かれていたのです。
「私、本当にギンさんには感謝してるんです!制服も可愛いし!」
「……そうか」
「もっと働きたかったんですけど、ちょっと試験も近くて……」
「……大変だな」
「いえいえ!またお見かけしたら簡易水筒をお渡ししますからね!いつだって応援してますから!」
「……ああ」
シャンパンを持って行くと、ギンはまたいつも通り無口になっていました。
(へー……。これがギンさんの連絡先なのですね)
その連絡先はその喫茶店と同じ住所でしたし、名前もただのギンとしか書かれていませんでしたが、ミウノは不思議にも思いませんでした。
だからミウノは、律儀に手紙を書いたのです。
(えーっと……。女将さんにきちんと説明して辞めたことをまず書かなければなりませんわよね。あとは、可愛い喫茶店に紹介してくれたことへの感謝……、あっ。でも、喫茶店の奥は空気が澱んでいるからギンさんの身体が心配ですわ、ってことも書きましょう)
そしてミウノは少し悩んで、その喫茶店にいる人たちからなるべく離れた方がいいような気がすることも書きました。
(私、あの方のことも結構好きなのかもしれませんわ……!私を認めてくれたからでしょうか?なんだか私と似たような雰囲気だからでしょうか)
好きには色々ありますが、男女や年齢、人種、国、身分構わず、あらゆる種族が好きで平等に接するべきだという考え方のことを、博愛主義と言います。ミウノは博愛精神がやたら強いようでした。
ただ、博愛主義だからといって、罪を罪と思わないわけではありません。勿論、殺人犯ですら博愛主義からすれば心配の対象となり得ますが、だからといって罪を償うことに対しての判断やその過重、物事の善悪の判断、また、何が真実かどうかや、個人の価値観や倫理観がどうであるかについては話が変わってきます。
あらゆる意見や事実と、自身の感情を混同する者は何故か多いのです。論理的に考えるためには、全てを分けて考える必要があります。
そうでなければ、永遠に議論にすらなりません。
ですから、知能の差があまりにも開きすぎている場合、会話がいつまで経っても成立せず、お互いに疲れてしまうことになります。
相手の理論や価値観が理解できず、もしくは理解させられず、話が多方面に散らばりすぎて建設的な妥協案が出ないのです。法案改正や制度の改正など、あらゆる社会の変化にはこれに近いことが起こりがちです。
これが、なんとなくイライラする感情の発端です。会話の仕方がそもそも違いますから。
そして、どちらも相手の知能が低いと判断しがちなため、両者の分断は一生埋まりません。
例えば感情を例に科学的に説明するのであれば、人間の感情を全て否定し、あらゆる母が自身の産んだ子を好きだと感じることすら愛ではなく打算だと解釈する者がいるのだとすれば、それは明らかに異常ですから、その者を取り巻いている環境に問題があるか、その者の精神疾患を疑うべきでしょう。
この世界では脳科学的に、どんな哺乳類にも感情はあるとされていましたから、感情の否定は科学の否定になりました。
多くの人間が何故か科学的事実や状況的証拠、価値観、倫理観、自身の感情など、ありとあらゆるものを混同していることすら、生粋の博愛主義からすると疑問かもしれません。
愛の伝わり方が誤解されることを恐れるあまり、それ故に犯罪に巻き込まれることを恐れるあまり、他人を助けることさえも躊躇われるその国は、彼らからすると恐ろしい地獄に見えるでしょうから。
勿論、ここは地球とは違う異世界ではありますが。
ミウノが手紙を出してからしばらくして、何故かミウノにはその手紙が差出人不明としてそのまま返却されてきました。
(あら……?きちんと聞いた住所ですのに。綴りに不備があったのかしら?)
不思議に思ったミウノは何通も手紙を出しました。
(手紙の書き方が悪かったのかしら……?伝わりにくかったかしら?喫茶店にいる人たちが不審な点や、貴族ではないと思われる点について列挙したら伝わるのかしら……)
このままではギンまで危険に巻き込まれてしまうかもしれませんから。
すると、ある日急に、接近禁止について郵送で内容証明が送られてきたのです。
しかも、それはどうやらミウノの実家の男爵家にまで送られたようでした。ミウノの両親はミウノがそんなことをしたことにかなり怒っており、ミウノを手紙で叱りました。でも、ミウノがどう考えても思い直しても、ミウノは喫茶店で無給で働き、更にそこを紹介してくれた男にお礼の手紙を出しただけなのです。
体の関係があったり、そのせいで付き纏っているのならまだ分かりますが……。ギンとの関係性を考えても、送った手紙の内容はそこまでおかしくはないはずでした。しかも、手紙の宛先だって、喫茶店を辞める直前にギンが自ら教えてくれたものです。
ミウノにはもう訳が分かりませんでした。
(……?何が悪かったのかしら……。お礼を言うのも失礼だったのかしら……?言われた宛先に連絡しただけですけれど……)
ストーカーとは、拒絶しているにもかかわらず、大量のメッセージを執拗に送り続けることです。ただ、ギンは何故か機会があったにも関わらず直接拒否する意思を伝えず、差出人不明としてそれを処理しようとしていました。
このように、比較的親しい間柄だと思っていた相手に何らかの危険性を伝えようとしたところで、相手がそれを受け入れてくれなければ、何通も手紙を送りつけるという事実のみでストーカーとして扱われることがあります。
そう、世の中は理不尽なのです。
ミウノはその時、思い出すべきだったのかもしれません。伯爵子息がどんな手順で彼らに陥れられたかを。
無知であるが故に反論しなかったり告発しなかったりする人間を、社会は被害者と認定しません。むしろ、便利な透明人間として扱い、被害者が後々被害を告発した場合は、犯人に証拠さえ隠滅されてしまっており、嘘つきのレッテルを貼られることすらあります。
さて、ギンはどうして直接言わず、むしろ偽の連絡先を書いて渡しさえしたのでしょうか。
そして、ストーカーとは、隠している個人情報を執拗に拡散することも含みます。喫茶店と契約すらしていないミウノの実家の住所やミウノの名前さえも、ミウノが知らないうちにどこかで把握して内容証明を送ったギンは、そしてその事実を女将や盗賊団に公表すらした彼は、一体何の罪になるのでしょうか。
その国では差出人さえ正確であれば届いたため、ミウノは手紙の宛名を家名まで含めた正式名称では出しませんでしたし、住所は王都学園の寮のものでしたから、ギンがミウノの実家の個人情報まで知っているのは明らかに不自然だったのです。
しかし、届かない手紙を何通も執拗に送り続けたミウノは、事実のみで一方的な加害者と判断され、盗賊団顧問の弁護士に相談されたようでした。
どんな事件もそうです。片方の証拠だけでは、絶対に真実には辿り着けません。ですから、裁判前は片方の理論しか聴取しないことが多い弁護士は、裁判で相手側の弁護を聴いて新事実に混乱することさえあります。第三者の証拠を揃えると更にそうでした。想像もしていなかった真実が出てくることは本当に多いのです。
だからこそ、証拠の残らない犯罪や、脅迫で事実を捻じ曲げた供述は卑劣なのでした。
(……?ギンさんは一体どうしたのかしら?お忙しくなったということかしら……?とりあえず手紙は送らない方が良いってことですわね?)
大混乱したミウノは、やはりよく理解できませんでしたが、一旦そう納得することにしました。
(本当に何が悪かったのか分かりませんわ……)
世間知らずで素直な貴族令嬢でしたから。




