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4.

 ミウノはそれからも時々同じような会話を耳にしました。


 彼らは一部の界隈では新進気鋭の投資家集団として急速に名を上げていましたが、一介の男爵令嬢であるミウノにそんなこと分かるはずもありません。その界隈は盗賊団に憧れている不思議な新興宗教だったのかもしれません。


 そもそも彼らはいつだって下品な会話をしていましたから、ミウノにはそんなに有名だとも、羨ましいとも、すごいとも、あまり思えなかったのです。


 トンビに憧れる鷹はいないでしょう。


 彼らは投資以外でもこのような会話をしていました。


「今夜はいつものホテルの最上階を手配した」


「うっひょー!流石っす!」


「馬鹿でかい屋外浴槽があるとこっすよね?」


「水着?裸?」


「おまえはバカか?普通裸だろ」


「マジー?いいっすねえ!」


「最初から脱いでるなら面倒なやり取りがなくてお手軽でいいや」


「バーカ。嫌がってるのを脱がせるのが醍醐味だろ!」


「来る時点で嫌がる女なんていねーよ!やれなかった女がいたか?」


「……いねえな?金さえあれば誰でも脱ぐってわけか」


「金さえありゃ大抵の女はイチコロだからな」


「ホテルまで来て脱ぎたくねえなんてかまととぶってるのは面倒でいけねえな」


 倫理観が高い女は、彼らからすると全員かまととぶっていることになるのかもしれません。そういう貴族令嬢はそのような接待の場に来ないような気もしますから、確かにそう考えると、彼らの目に倫理観の高い人間が映るはずもありませんでした。


「でもおまえら、今日はがっつくなよ?接待でやって来る伯爵子息に好みの女を充てがうからな」


「ういーっす」


「あの最近鼻につくいけすかない男っすか?」


「なんとなく調子に乗ってますよね」


「ちょっと商売が成功したからって良い気になりやがって」


「ボスもあの伯爵子息を嫌ってませんでした?ポッと出が、って」


「顔なんて親の遺伝がいいだけじゃねえか。それなのに家柄がいいとかでチヤホヤされてよ。こっちは必死こいて稼いでるのに、ほんとクソだな」


「仲間に引き込むんすか?」


「引き込めたらいい金蔓ぐらいにはなるかもしれねえな」


「充てがった女が、あの伯爵子息の部屋にアユナ公爵令嬢の大事にしてるネックレスを置くことになってる。女の好みは大体調べてあるから問題はないはずだが……、ま、どの女にいったってどうせ俺らの駒だからな。予定外の女が気に入られても、金を握らせりゃすぐ解決するはずだ」


「なるほどねえ。伯爵子息を窃盗犯ってことにするんですね、流石ボス!」


「最高っす!」


「女に騙されたなんて軽々しく言えねえ身分だもんなあ?お貴族様ってのは大変なこって」


「報道が今から楽しみだなあ」


「ギンも来るか?」


「……ああ」


 悪事を働く者が、いきなり事件を起こすことは殆どありません。むしろ急に大きな悪事を行った者がいたとしたら、そういう集団に巻き込まれたか、利用されていると見るのが一般的でしょう。


 本当に悪事を働く者の多くは、常習的に悪事を積み重ねており、そのような集団に属していることに気付いた時には抜けられないほど、環境に取り囲まれている場合もあります。


 そして彼らは、それだからこそ、なんとなくムカつくだけの者や、目立ち始めた者、成功した者を犯罪者に仕立て上げるのもお手のものでした。


 これこそが、盗賊団の残虐性の正体です。


 その方が自分たちが手を下すより、よほど簡単に相手の社会的知名度を落とせますし、相対的に自分たちが優れているように見せかけることができます。


 それに、こうすれば実は自分たちが犯罪を計画したとはバレにくいのです。彼らは賢いのでしょうか、それともただ卑劣さに特化した犯罪者なのでしょうか。


 (つまりは息のかかった遊女たちの誰かを接待として相手に貢いだ風を装って、体を重ねた後で油断してる隙をつき、更にそれを悟られないよう忘れ物を装って犯罪者に仕立てあげるのですね……!なんだか手が込んでいますわ!どこの演劇舞台の話かしら?いえ、どなたかの本の新刊の話でしょうか?)


 ミウノはそう思っていました。だって、話の内容があまりにも現実的ではないように思いましたから。


 正義は様々な価値観によって形成されているため、信条によりぶつかりがちです。しかし、明らかな正義であっても、そちらが常に賢く、力があるとは限りません。賢さはともかく、力についてはむしろ逆の方が多いかもしれません。


 いくら天才的な正義感の持ち主でも、賢く戦わなければ、世の中は卑劣で理不尽で孤独なものなのです。


 その日、喫茶店の奥の部屋では豪華に祝杯が挙げられていました。いつもよりやたら人が多かったため、ミウノ含め、喫茶店の店員は大忙しです。


 ミウノは無償ですが。


「上手くいったな」


「流石ボス!」


「あの伯爵子息の慌てっぷりったら!」


「いやー、面白かったっすね」


「憲兵にあの夜のことを聞かれてもしどろもどろだったってよ!」


「へー。おまえ憲兵にも金を握らせてるもんな」


「そりゃあ任しといてくださいよ!バッチリっす!」


「その憲兵にはいい女でも紹介してやれ」


「えー……。あんな雑魚にそこまで必要ないっすよ」


「金だけで文句言わねえで引っ込んでるならそれでいいや」


「カタギなんてビビりばっかだから、文句なんて言わねーっすよ!まあ、そもそもあの夜のことを話せるわけねえよなあ?」


「あいつ裸の女に囲まれてめちゃくちゃ鼻の下伸ばしてたもんなあ!」


「あの程度の女で喜ぶなんてチョロかったなー!」


「婚約者がいる貴族子息がそんな遊びしたってなりゃ、婚約破棄だもんな!」


「でもどうせ婚約は破棄だろ?犯罪者になっちまったんだからな!」


「ギャハハ、最高かよ!」


 彼らはそんな話をしていましたから。


 (うーん……?なんだか皆様今日はとても楽しそうですわね。こういう時、ギンさんは絶対部屋の隅で黙ったまま暗い顔をしていらっしゃいますから、また後で水を持っていってあげましょう)


 ミウノは会話の内容よりも、そういう時に必ず青白くなるギンの顔色を心配していました。


 それに、王都学園と寮、そしてその喫茶店での仕事以外はしていないミウノに、その情報はあまり入ってきませんでした。


 王都学園も寮も、入って来る情報がかなり制限されていたからです。そもそも王都学園は貴族の学舎ですから、当然のことですが。


 まさか一般庶民の……いえいえ、盗賊団の常識を知る機会なんて、一体どこにあるのでしょう。


 ただ、そのことはそれなりに大きな問題となったのか、学園内ではしばらくしてこんな会話がなされました。


「ある伯爵子息の方が、アユナ公爵令嬢の方のアクセサリーを窃盗されたそうですわ……」


「貴族子息の方が……ですの!?なんて恐ろしいのかしら」


「そんな貴族の方がいらっしゃったなんて……」


「その貴族の名前を公表すべきではなくて?結婚なんてしてしまったら最悪ですわ」


「お名前は公表されていらっしゃいませんけれど、もうその方には婚約者がいらっしゃったとか……」


「まあ!それでは婚約破棄になるでしょうね。お名前が分かるのも時間の問題ですわ!」


「その方、アユナ公爵令嬢と深い関係でいらっしゃったのではなくて?」


「アユナ公爵令嬢と王家との婚約話が持ち上がっていると聞いていましたけれど、立ち消えてしまうのかしら……?」


「アユナ公爵令嬢がその伯爵子息の方と婚約したいが為に仕組んだのではなくて?」


 王都学園に通う貴族令嬢たちは皆震え上がっていましたが、殆ど誰も真実には辿り着いていませんでした。


 おそらく彼女たちは本当に世間知らずのまま様々な家庭に嫁入りし、貴族夫人となるのでしょう。


 彼女たちがいつか無自覚に悪事や事件に巻き込まれてしまっても仕方がなさそうに思えました。


 大体、やたら金がある者たちは本当に能力があるか、悪事を働いているかのどちらかが殆どなのです。金を稼げるにはそれなりの理由がありますから。


 ただ、貴族は多くが元々金や能力がある本物でしたし、国を守る義務を果たしている彼らは現実を知り、自身の子孫たちがそのような犯罪に巻き込まれないよう財力や知力を尽くして犯罪組織から身を守っていましたから、守られているばかりの貴族子女たちは、まだ、そんな恐ろしい犯罪者が本当にいるなんて、思いもしなかったのです。


 それは未熟な貴族子女ばかりに限りませんでした。貴族が纏め、指揮している憲兵や一般庶民もそうだったのです。


 そのせいで、この国ではいつまで経ってもその国の盗賊団をなかなか壊滅させられず、貴族たちは国を憂いていました。


 (あ!ギンさん今日もいますわね!最近あまり顔色が良くなかったですけれど、今日は少し良いようですわ!)


「はい、どうぞ」


 ミウノはいつも通り喫茶店で呑気にギンに水を差し出し続けていました。


「……ああ」


 足の悪い男はいつも通り部屋の隅で、やはり静かに座っています。


 (もしかしてこの方、声を出すのが少し苦手なのかしら……?)


 だからミウノは、あまり彼に話しかけず、見かけてもただ水を差し出すだけにしていました。ただ、ミウノはその頃、その奥の部屋の異様さに、なんとなく少しずつ気づき始めていたのです。


 遅ればせながら。

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