7.
ミウノはそれからしばらくして同格の男爵令息と婚約しました。
相手は隣の領地のユウキです。親同士が決めた政略結婚ではありましたが、ミウノには選択肢が多くありませんでしたし、特に異論はありませんでした。
(ユウキ兄……?うーん、気弱だけど悪い人ではありませんし、知り合いならちょっと安心かも……!うんうん、問題ありませんわね!)
「同年代の貴族令嬢なら何人もいますけど……、本当にミウノちゃんでいいのですか?」
「はい、父上」
「ユウキがそうしたいなら反対はしませんけれど……。ミウノちゃんは優しくて元気な子ですけれど、他の貴族令嬢と比べてるとあまり自慢できるような容姿ではないような気もしますわよ?」
「それに、この釣書を見ると、ミウノちゃんは鼻が完全に効かないそうです。配達物の中に明らかに異臭がするものが入っていたとしても、気付けないですし、ユウキが不利益を被るのでは……」
「そこは僕がサポートしますよ。貴族の夫婦とはそういうものでしょう。それに、屋敷には使用人だっていますから。きっと大丈夫です」
トッポ家でそんな会話がなされていたことも、ミウノは知りませんでした。
しかし、ユウキの比較的物静かで穏やかな雰囲気に、ミウノは何故か何度も既視感を覚えました。どこかがギンに少し似ている気がしたのです。
(顔はそんなに似ていませんけれど……。目と鼻と口と耳があると考えれば似ているのかしら……?髪質も違いますし……。いえ、でも、髪があると考えると同じですわね?それに、ギンさんとは違ってどこか闇深そうな目とか時折ギラつく視線とかもありませんし……。むしろ喫茶店の方々と比べるとユウキ兄はやたら爽やかに見えるというか……。うーん?何がそんなに似てるのかしら?)
ミウノはその後何度も頭を捻ることになりました。
内容証明のこともあり、ミウノはあれからその喫茶店には手紙も送りませんでしたし、なんとなくその周辺にも近づきませんでした。
単純に用がなくなりましたから。
ただ、王都学園と寮を繋ぐその道にギンがその後現れることもありませんでした。
(……最近お見かけしませんわね?もうきちんと水が飲める場所を見つけられたのかしら?行き倒れていないといいのですけれど……)
だから、ミウノはいつだって新しい水を入れた簡易水筒を持ち歩きました。学園を卒業してからも。
(結局、どうしてギンさんは私をあの喫茶店に連れて行かれたのかしら……?給金が出ないあの喫茶店の奥の部屋にいた方々はどうやって生活をされているのかしら……?そういえば、本当に被害にあった伯爵子息の方なんていらっしゃいませんわよね……?)
ミウノがそう思ってそれから過去の事件を調べ始めたのは、学園を卒業し、ユウキと結婚してからでした。
ところで、その内容証明に書かれていた見知らぬ名前を不審に思った男爵夫妻がそれをわざわざ王宮に報告し、王宮が最近世間を賑わしている悪質な窃盗集団として彼らを正式手配したのは、更にその結婚から3年後のことでした。
(あの方々は盗賊団だったのですね……!あの喫茶店はその拠点だったのかしら……?)
もうその頃には彼らが盗賊団だと理解していたミウノはその時期の内部詳細を告発することだって可能でしたが、ミウノはそうしませんでした。
(あの方々はきっともう、王宮に手配され拠点を追われて苦しんでいらっしゃるでしょうね……。彼らが自身の悪事を心から反省しているのであれば、私まで追加で悪事を追及する必要はありませんわよね……?)
そう思ったからです。
彼女はギンと守秘義務などの契約だって交わしていませんし、そもそも、もし守秘義務が交わされていたとしても、国における法的な犯罪は公共の福祉に反するため、いつだって告発して良かったのですが。盗賊団に内容証明を送られる貴族令嬢なんて、どう考えても前代未聞です。
普通は詐欺師から近付いてきますから。
公表すれば相当面白い事件になったかもしれません。
でも、盗賊団がまだ捕まっていなくとも、ミウノはもうその頃には、植物と法律に詳しい変わった男爵夫人として、トッポ領の農民たちから頼りにされるようになっていました。
(それに、もうあんなに時間が経っておりますもの。事件に関しては王宮が動かれていますし、その上私まで動いてしまいましたら捜査の邪魔になったり、自領の農家の方々が盗賊団から被害を受けることに繋がりかねませんから……)
彼女は晩年、多くの子孫にも恵まれ、賑やかに過ごしたとされています。ですが、また別の顔もあったようで、いつも朝のお祈りの時間を欠かさない敬虔な男爵夫人だと親しい者たちから評価されていたと記録されています。
ただ、彼女が何に祈っているか周囲が知ることはありませんでした。
(あの方が本当に優しい世界で過ごせていますように……。盗賊団から足を洗えていますように……)




