第3話「小さな異変」
朝。
目覚ましが鳴る。
蓮は布団の中で目を開けた。
「……昨日のこと、夢じゃなかったんだよな」
机の横を見る。
布に包まれた天照。
それを確認すると、蓮は大きく息を吐いた。
「……やっぱり現実か」
「蓮ー! 朝ご飯できてるよ!」
「今行く!」
蓮は急いで着替え、リビングへ向かった。
「今日はちゃんと起きたじゃん」
美咲が笑う。
「昨日が遅かったから、今日は早めに起きただけ」
「へぇー」
母親が蓮を見る。
「今日はまっすぐ帰ってくるの?」
「うん。たぶん」
「ならいいけど」
蓮は朝食を済ませ、学校へ向かった。
いつもと変わらない朝。
それでも蓮の頭の中には、昨日の出来事が残っていた。
玄冥。
妖怪。
そして天照。
「……本当に、あんな奴がいたんだよな」
蓮は小さく呟いた。
学校に着く。
友達と話し、授業を受ける。
昼休みになり、蓮は窓際の席から外を眺めていた。
「蓮、飯食わないの?」
「ああ、今食べる」
友達に声をかけられ、弁当を開く。
その時だった。
校庭の隅にある古い木が、突然大きく揺れた。
「……?」
風は吹いていない。
周りの木はまったく揺れていなかった。
なのに、その木だけが激しく揺れている。
蓮は立ち上がった。
「どうした?」
「いや……何でもない」
蓮は窓から目を離せなかった。
すると――
木の陰から、一瞬だけ黒い影が見えた。
「……!」
蓮が目を凝らす。
しかし、そこには何もいない。
「見間違い……?」
友達が不思議そうに蓮を見る。
「何かあった?」
「いや、本当に何でもない」
蓮は席に戻った。
授業が再開されても、あの影が頭から離れなかった。
放課後。
蓮は校門を出る。
いつもの帰り道を歩いていると、今度は――
「……ん?」
道端に落ちている猫の餌皿が目に入った。
近所の野良猫がいつも使っているものだ。
だが、今日は猫がいない。
その代わり、地面に妙な跡が残っていた。
三本の細い爪痕。
「……何だ、これ」
蓮がしゃがみ込む。
その瞬間。
背後から――
「……人間」
声がした。
蓮の身体が固まる。
ゆっくり振り返る。
そこには誰もいない。
「……?」
気のせいかと思った、その時。
電柱の影から、小さな黒い手が伸びた。
「うわっ!」
蓮は思わず後ろへ飛び退く。
影の中から、小さな妖怪が姿を現した。
大きさは子供ほど。
赤い目で蓮を見つめている。
「……天照の匂いがする」
「……!」
蓮の顔が強張った。
昨日の神社で聞いた言葉が頭をよぎる。
妖怪は笑った。
「見つけた……」
蓮は一歩後退する。
「お前……何なんだよ」
妖怪が地面を蹴った。
「喰ってやる!」
「うわっ!」
蓮は必死に走り出した。
まだ天照は家に置いたまま。
戦うことなんて、考えられなかった。
ただ――
逃げるしかなかった。
第3話 完




