第2話「天照の選択」
蓮は、手にした天照を見つめていた。
「……これ、本物なのか?」
刀身からは、まだ僅かに光が残っている。
目の前には、玄冥。
巨大な身体から放たれる妖気に、蓮は思わず息を呑んだ。
「なあ……」
蓮は震える声で尋ねる。
「なんで俺を襲わないんだ?」
玄冥は蓮を見る。
「襲う必要がないからだ」
「必要がない?」
「今のお前は、天照を持っているだけにすぎぬ」
玄冥の言葉に、蓮は眉をひそめる。
「どういう意味だよ」
「その刀を持つ資格と、その力を使いこなす力は別物だ」
蓮は天照を見る。
「俺には……使えないのか?」
「今はな」
玄冥は静かに答えた。
「なら、これから強くなればいい」
蓮自身も驚くほど、その言葉が自然に口から出た。
玄冥の口元がわずかに動く。
「面白い」
「何が?」
「恐怖しているにもかかわらず、逃げようとはしない」
玄冥は蓮に背を向ける。
「その刀がお前を選んだ理由も、いずれ分かる」
「待てよ!」
蓮が呼び止める。
「お前はこれから何をするつもりなんだ?」
玄冥は振り返る。
「まだ決めてはいない」
「だが……」
赤い瞳が鋭く光る。
「長き眠りから目覚めたのだ。まずは、この時代を知るとしよう」
その言葉を最後に、玄冥の身体が黒い霧に包まれる。
蓮が目を凝らした時には、玄冥の姿は消えていた。
「……消えた?」
静まり返った境内。
蓮は一人残された。
「俺……どうすればいいんだよ」
手元の天照を見る。
「これを置いて帰るわけにもいかないよな……」
蓮は神社にあった布で天照を包んだ。
そのまま山を下りていく。
家に帰る頃には、すっかり日が暮れていた。
「ただいま」
「おかえり。遅かったね」
母親がリビングから顔を出す。
「どこ行ってたの?」
蓮は一瞬、言葉に詰まった。
「……ちょっと山まで」
「山?」
「うん。ちょっと歩いてただけ」
「そう。暗くなる前に帰ってきなさいよ」
「分かった」
母親は、それ以上聞かなかった。
蓮も、神社で起きたことを話すことはなかった。
夜。
自分の部屋に戻った蓮は、布に包んだ天照を机の横に置いた。
「玄冥……百鬼の王……」
何度考えても信じられない。
だが、あの刀はここにある。
蓮が布を少し開いた。
その瞬間。
キィン……。
天照が微かに光った。
「……!」
蓮は息を止める。
しかし、それ以上の変化は起きなかった。
「……一体、何なんだよ」
蓮は天照を見つめ続けた。
その頃。
日本のどこかにある古い洞窟。
誰もいないはずの暗闇で、何かが動いた。
ゴトッ。
さらに奥から、低い声が響く。
「……目覚めたか」
暗闇の中で、赤い目が開く。
そして別の場所でも。
古い森。
山奥。
忘れられた祠。
長い間眠っていた何かが、ゆっくりと動き始めていた。
玄冥の目覚めは、まだ誰にも知られていない。
だが、日本のどこかで確実に異変は始まっていた。
第2話 完




