第64話 欄を出る名
机の上には、白い欄が一つ、開いたまま残っていた。外した一点の欄だ。認める場所を隙なく合わせた紙が、そこだけを、白く伏せている。守りたい一点の、在り処。その白さの先へ、クロイスは、突く紙を書く。
芯は、既に、向こうの手の届かない場所にある。だから、認める欄をどれだけ合わせても、外した一点は、もう隠れきらない。クロイスは、外した欄の白いところを、外の記録で、端から囲った。番号の合う場所、判の通った場所、経路の合う場所。合う場所で外側を固めれば、合わない一点だけが、囲いの真ん中に、白く残る。その白い一点を、指す紙だ。
書き上げた一枚を、上へ通す束へ載せた。局長は、今日は来ない。名の載った照会は、門の番の手では止まらない。上の席まで上がって、上の席の判で返るほかない。だから、束へ載せれば、正規の経路を、一枚で上がっていく。
窓の外で、蝉の音が途切れた。書庫に熱だけが残り、紙の縁には、指の湿りが薄く移る。クロイスは、上がっていく一枚の返りを待った。上の席がこの一枚をどう読むかは、束が戻るまで、この机から読めない。
応答は、正規の経路で、戻ってきた。回付の印は、上の席のものだ。束の中に、一枚、綴じ込まれている。クロイスは、それを手前へ引いた。
職掌の欄から、名が、抜かれていた。徴税官の職掌の、集約の席。その席の主の欄、かつて白かったところへ、名が一つ入った、あの欄だ。返ってきた紙は、その欄の名を、消す判を載せていた。名が入った日と、同じ淡々さで、名が、欄を出ていく。
席次の綴りからは、その席が、外されていた。集約の席の一行が、綴りの並びから抜かれ、そこだけ、間が詰められている。罷免の判は、上の席から、回ってきた。停職ではない。席そのものを、畳む判だ。
クロイスは、回ってきた判を来た順に照らした。番号、席次、欄から消えた名。封から積んだ綴りの厚みは、その二つの欄のあいだにある。机の上でするのは、回収された判と席と欄を確かめることだけだった。
処理の綴りが、束ねられていく。下から積んだ判番号も、門を越えた許しの写しも、上へ通した記録も、失脚の処理の綴りとして、一つに回収される。向こうが、この失脚を、もう知っているのかどうかは、この束からは、読めない。
その綴りの、下のほうに、一枚、見慣れない写しが綴じてある。クロイスは、それを、指で引き出した。死んだ手の癖から、起こした写しだ。写せない角の、あの一枚。この失脚まで辿れた線の、その起点の側に、あった一枚だった。角の欠けたその写しを、綴りの下へ、戻した。
だが、綴りは、そこで閉じきらなかった。一本、線が残っている。落ちた席の、そのさらに上、資金の、出所への線だ。この席へ落ちていた金は、どこから来たのか。綴りの上の縁に、その問いだけが、まだ白いまま残っていた。線の先には、名の欄が、まだある。だが、その欄は、この机の高さからは、名を入れられない。届くとすれば、上の席の、そのまた上の判が、要るのだろう。動かせない高さの、名だ。
しばらく、机の上には、束ねた綴りだけがあった。段を上がる足音は、まだない。クロイスは、白いまま残った上の縁を、指で辿っていた。この一本が、どこの席まで続いているのかは、辿る指の先では、まだ分からなかった。書庫の扉が開いたのは、その後だった。ライサが、一枚も提げずに、入ってくる。机の正面ではなく、段の途中で、足を止めた。外套の肩に、外の暑気を、まだ載せている。
「落ちたのか?」ライサは、束ねた綴りへ、顎を向けた。「その席の主だ。封から、あんたが追ってきた名だろう。……で、落とすのに、どこの隊が出た? あんたの紙が一枚動くたびに、外で、誰かの隊が動く。その名を落とすのに、今度は、どこの門が開いた?」
「隊は、出していない」クロイスは、束ねた綴りを、指で示した。「落としたのは、紙だ。職掌の欄から名が抜かれ、席次の綴りから席が外され、罷免の判が回った。それだけだ。封からここまで追って、外へは、誰も出していない。名が席から落ちるのに、隊は、一つも動かなかった」
ライサは、綴りの束を、上から見た。すぐには、うなずかない。
「紙一枚で、あんたの追ってきた名が、席から落ちた、か」ライサは言った。「……で、これで、終わりか? あんたの机の上は、これで、白い行が一つもない、綺麗な綴りになるのか?」
「終わっていない」クロイスは、綴りの上の縁を、指で示した。「ここに、一本、線が残っている。落ちた席の、さらに上だ。この席へ落ちていた金が、どこから来たのか? その出所の線が、綴りの上に、まだ白いまま残っている。……その先の名は、この机の高さからは、入れられない。動かせない高さの、名だ」
ライサは、綴りの上の、白い縁を、指の背で、一度示した。それから、目を上げる。
「落ちた席の、さらに上、か」ライサは言った。「……その、動かせない高さの名を、あんたが次に読むとき、外で先に動くのは、どこの隊だ?」
ライサは、それだけ言って、段を上っていった。
書庫の机に、束ねた処理の綴りが一つ残った。かつて白かった欄に入った名は、今日、その欄を出ていった。綴りの下には、死んだ手の癖から起こした、角の欠けた写しが一枚綴じてある。上の縁には、まだ名を入れられない高さの線が一本、白く残っていた。クロイスは、その縁を指で辿る。積んだ綴りは束ねられたが、上の縁だけは、この机の高さから読めないようだった。




