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王立諜報局・第二局分析官  作者: どみさん


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第63話 認める欄と外す欄

 書庫の机へ、一枚が回ってきた。査問の、応答書面だ。消しでは、芯は落とせない。芯を落とすには、向こうも、紙の上で応えるほかない。その紙が、上の席の問いへの返りとして、机の上に回ってきた。回付の印は、上の席のものだった。本人は、机の前には来ない。来たのは、紙だけだ。


 クロイスは、その書面を手前へ引いた。夏の書庫は、昼のあいだ溜めた暑気が、夜になっても段の下に残っている。窓の外では、遠い雷が、夕立の気配だけを置いていった。紙の縁が、指の湿りを吸って、わずかに波打っている。埃の匂いの中で、書面の欄を、端から読んだ。


 認める欄が、あった。上の席に既にある記録と、食い違わない分だけが、そこに並んでいる。番号の合う場所を照らし、判の通った場所を照らし、経路の合う場所を照らす。一つずつ、外の記録と突き合わせても、どこも、ずれない。認めるべきところは、隙なく認めてあり、突くべき矛盾は、どこにも残っていない。


 外す欄が、あった。触れられていない場所が、いくつか、ある。認める欄のきれいさに比べて、その数箇所だけが、白いまま伏せてある。書面は、そこには、何も置いていない。認めるでもなく、否むでもなく、ただ、触れずに、外してある。


 どこまで認め、どこを意図して外したのかは、この紙から読めない。読めるのは、認める欄と外す欄の配置だけだった。


 クロイスは、その配置を、指でなぞった。認める欄の端から、外す欄の白いところへ、指を移す。認める場所を、外の記録と隙なく合わせ、本当に触れられたくない一点だけを、静かに外す。その、選び方の——形。


 指が、一拍、止まった。


 この形を、知っている。


 前の生で、一度見た。


 あと一枚で詰め切るところまで来ていた男の応答が、この形をしていた。認める場所を外の記録と隙なく合わせ、守りたい一点だけを触れられない場所として外す。読む側の手では、そこが開かなかった。


 名は違う。この応答書面の名の行も、遠い覚えの背も重ならない。だが、認める欄と外す欄の配置は、前の生の紙の癖と寸分違わなかった。


 あの時は、この形に逃げられた。取りに行けなかった一枚は棚へ戻り、束は開かれないまま、詰めた線はそこで止まった。


 だが、今度は、違った。芯は、既に、向こうの手の届かない場所にある。向こうに書かせた判番号は、控えにある。門を越えた許しは、門の先だ。上へ通した公的記録は、上の席にある。どれも、この応答書面の届く棚には、ない。だから、認める欄をどれだけ合わせても、外した一点は、もう、隠れきらない。


 外した場所。それが、守りたい場所なのだろう。同じ形なら、外した欄の白さが、そのまま、守りたい一点の在り処を、指している。前の生では、この白さの向こうまで、手が届かなかった。今度は、配置から、読めた。認める欄のきれいさが、かえって、外した一点を浮かせている。同じ手では、今度は、逃げられない。逃げ場が、一つ、塞がった。向こうが、この符合に気づいているかどうかは、この一枚からは、読めないようだった。


 書庫の段を、足音が降りてくる。ライサだ。手には、何もない。机の正面まで来て、そこで足を止める。外套の肩に、外の暑気を、まだ載せていた。


 「応えたのか」ライサは、机の上の書面へ、顎を向けた。「それ、査問の返りだろう。……本人は、来ないのか。顔も出さずに、紙一枚で、済ませる気か」


 「応えた」クロイスは言った。「本人は来ない。来たのは、この一枚だけだ。認める場所は外の記録と合っている。だが、外した一点がある。そこが、守りたい場所だ。……逃げ場が一つ、塞がった」


 ライサは、書面の欄を、上から見た。すぐには、うなずかない。


 「塞がった、で、その先は」ライサは言った。「逃げ場が一つ消えたなら、向こうも、黙ってはいないだろう。……その、外した一点を、あんたが突くとき、外で先に動くのは、どこの隊だ。紙が一枚読めた、その先で、開くのは、誰の門だ」


 「隊は、出していない」クロイスは、書面を指で示した。「動いたのは、この一枚だけだ。向こうが応えて、こちらが読んだ。それだけだ。……外した一点を突く紙は、まだ、この机の上にない。書面が、一枚、読めた。落とす紙は、その先だ」


 ライサは、外した欄の白いところを、指の背で、一度、示した。それから、目を上げる。


 「読めた、で、まだ書けない、か」ライサは言った。「……その、読めた一点。あんたが次に紙を書くなら、そこへ、書くんだろう。書けたとき、初めて、この名は、席から落ちる。それまでは、その欄は、まだ、白いままだ」


 ライサは、それだけ言って、段を上っていった。


 書庫の机に、応答書面が、一枚、残った。認める欄は、外の記録と隙なく合い、外す欄は、白いまま伏せてある。前の生で、この形に、逃げられた。守りたい一点だけを外して抜けていった、あの紙の癖だ。


 クロイスは、外した一点の、白い欄を、指で辿った。同じ形なら、その白さが、守りたい場所を指している。前の生では読めなかった一点が、今、こちらを向いている。逃げ切った手の紙の癖が、今度は、逃げ場を塞ぐ側に回っている。次に向こうの手が動くとすれば、この、外した一点の側からかもしれない。


 だが、その一点を突く紙は、まだ、書けていない。外した欄は、白いまま、机の上にある。落とす紙は、その白い欄の、さらに先にあるように思えた。読めた、というところまでで、今日の机は、止まっていた。


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