第61話 欄に入る名
上へ通した二枚は、三日、戻らなかった。局長が束を提げて書庫を出てから、机の上は、重ねる前の並びに戻っている。下から積んだ五枚の判番号と、門の先から降りた許しの写しが、来た順のまま、脇にあった。指せるところまでは、指した。その先は、この机の上には、もう、なかった。
クロイスは、白い欄の先の一点に、職掌の一つだけを置いたまま、待った。番号の縁は、そこまでかかっている。だが、席に座る者の名は、二枚を重ねても、欄の中に出てこなかった。名は、この机の高さでは、届かない。上の席が要る、と局長は言って、束を提げていった。届くとすれば、その束が、決まった机を回り終えて、返ってくるときなのだろう。
三日目の朝、書庫の扉が開いた。ハーグレイヴ局長が、一枚を提げて、入ってくる。人を番号でなく、名前で覚える男だ。上へ通した束の、応答が、その手にあった。
「返ってきた」局長は、その一枚を、机の上へ置いた。「上の席からだ。……お前の二枚には、王家の名が載っていた。名の載った照会は、門の番の手では、握り潰せない。上の席まで上がって、上の席の判で、返るほかない。だから、返った」
クロイスは、その一枚を、手前へ引いた。回付の印は、上の席のものだった。机の上では、一度も通らなかった層の判だ。その紙の、名の行に、一つ、書き込みがある。上の席が、その席に座る者を、権限で確かめて、返してあった。
クロイスは、ずっと名の空いていた欄へ目を移した。応答の紙の名の行と、白い欄が同じ高さで並ぶ。写しの一行を、欄の白いところへ重ねた。
欄に入った名は、バルナバスだった。地方の棚から抜いた分も、封で止めた綴りの先も落ちていた、集約の席。そのいちばん奥の一行が、初めて埋まった。
クロイスは、その名を一度、指で押さえた。文字の並びそのものに覚えはない。だが、遠くですれ違った背に重なりかけて、それきり離れた。欄には、「向こう」でも席の主でもない、一つの名がある。
脇の椅子で、ライサが、その欄を見ていた。外套は着たままだ。机の端の紙も、重ねた二枚も、応答の一枚も、クロイスと同じ向きで、彼女の前にある。彼女の目は、白かった一行に入った名で、止まっていた。
「白いままだった」ライサは、欄を、指の背で示した。「この前、ここは、白かった。席は割れたが、座っている奴の名は、出ない。……その一行に、名が、入っている」
「入った」クロイスは言った。
「あんたが、書いたのか?」
「書いていない」クロイスは、応答の紙を二人の間へ寄せた。「上の席が、席の主を権限で確かめ、名の行に返した。私は、その一行を欄へ移しただけだ」
ライサは、応答の紙の名の行を、しばらく見ていた。それから、目を、欄の名へ戻す。
「席の主の名だ」ライサは言った。「……で、この主は、次に動くのか?」
「動いていない」クロイスは言った。「名は、入った。だが、入っただけだ。この主を、席から動かす紙は、この応答の先に、まだ、ない。名が割れたことと、その名が席から落ちることは、別の紙だ」
ライサは、名の入った欄を、指の背で、一度叩いた。
「名が一つ、割れた」ライサは言った。「割れた名は、黙って、落ちるのを待つのか? ……名を握られた奴が動くとき、外で動くのは、紙じゃない。あんたの机の上の一行で、外の誰かの隊が、動く。名が割れた先で、次に外へ出るのは、どこの隊だ?」
クロイスは、答えを、すぐには置かなかった。名は、欄にある。だが、その名が、これから席で動くか、黙って落ちるのを待つかは、この応答の一枚では、まだ読めなかった。動くとすれば、この名の主の手が、紙の上で、先に動くのかもしれない。
「隊は、出していない」クロイスは、応答の紙を、指で示した。「動いたのは、この一枚だ。上へ上がって、名を確かめて、戻ってきた。外へは、誰も出していない。名が割れただけで、隊は、一つも動いていない」
ライサは、すぐには、うなずかなかった。名の入った欄と、その一つ下の、白い行を、順に見る。それから、目を上げた。
「名は入った。落とす紙は、まだない」ライサは言った。「そのまだない紙を、あんたは、また上へ通して、三日、待つ気か? ……それとも、名の主のほうが、先に、こっちの紙へ、手を出してくるか?」
クロイスは、答えなかった。名は、欄にある。その先の紙が、どちらの手から先に動くのかは、この応答の一枚だけでは、まだ読めないようだった。
局長は、名の入った欄を、上から見ていた。それから、応答の紙を、指の背で、一度、机の上に押さえた。
「名は、割れた」局長は言った。「俺が上へ通して、上の席が、名で返した。ここまでは、済んだ。……この名を、席から動かす紙は、まだ、書けていない。書けるかどうかは、この先だ」
局長は、それだけ言って、応答の紙を、机の上に残したまま、書庫を出ていった。
その日、机の上には、応答の一枚と、名の入った欄が残った。地方の棚も、封で止めた綴りも、落ちた先の席には主が座っていた。その主の名が、初めて紙の上に出た。
クロイスは、その名の、一つ下の行を、指で辿った。名の主を、席から動かす紙を書く、行だ。そこは、白い。名は入ったが、落とす紙は、まだ、この応答の先にあった。
名の欄が埋まったと、この主も、じきに知る。知った先で、この一人が、名を消しにかかるか、席を守りに動くかは、まだ、白い行の、その先のように思えた。机の上には、名の入った欄と、まだ白い、落とす紙の行が、並んで残った。




