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王立諜報局・第二局分析官  作者: どみさん


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第55話 席を移す

 盤は、凍ったままだった。机には、四枚の控え。動いた順に並んだ三枚と、取り下げの一枚だ。地図の線は、あの一つ上の席の手前で止まり、その先の欄は、白い。向こうは、手を止めたきり、動かない。番号は、増えない。下から積んだ番号では、あの白い欄は、埋まらなかった。


 その朝、正規の経路で、また一枚が机に届いた。だが、今日のは、向こうの紙ではなかった。


 内側の起案だった。第一局の一人を、第二局・分析官の直属へ移す。移す先の欄には、クロイスの席。発意の欄には、ライサの名が書いてある。送り出す第一局の判と、受ける第二局の局長の判が、並んで押されていた。上げたのは、ライサ自身。紙は、本人より先に、机に来ていた。


 起案の回付は、短かった。ライサの発意から、送り出す第一局へ回り、そこから、受けるこちらの局長へ渡って、局長の判で、この机まで来ている。二つの局を、まっすぐに通っていた。向こうの紙のように、封の手前で止まったり、一つの筋を上へ上へと上げ直したりは、していない。移す、と書いて、送る判と、受ける判。それだけで、席は、動く。消す側の紙が、あれだけの回付を重ねて、なお棚の一つを動かせなかったのに、こちらの紙は、二つの局を通って、一人を動かしていた。


 クロイスは、その一枚を、四枚の控えの脇に置いた。片側には、向こうの判番号。消そうとして、動いて、止まった側の紙だ。もう片側には、第一局の端にいた者を、こちらの机へ回す一枚がある。片方は、消すために書かれ、封の手前で止まった。もう片方は、席を移すために書かれ、三つの席を通って、ここへ届いた。どちらも、机の上で、人の手が書いたものだ。同じ机の上に、二種類の紙が、並んだ。


 書庫の扉が、外套の裾ごと開いた。ライサが入ってくる。机の端まで来て、いつものように、控えを見た。椅子には、手をかけない。


 「起案は、届いたか」


 「届いた」クロイスは、移籍の一枚を、指で示した。「第一局から、直属へ。発意は、そちらだな。送りも、受けも、判は通っている」


 「通した」ライサは、机の端の紙を、見下ろした。「あんたが、頼んだ話じゃない。私が、上げた」


 クロイスは、答えなかった。承認の判は、既に紙の上にある。頼んだかどうかは、欄には、要らない。


 ライサは、四枚の控えを、上から下へ見た。動いた順に並んだ三枚と、取り下げの一枚。それから、口を開いた。


 「この四枚は、向こうが書いた」と、ライサが言った。「一枚も、あんたのじゃない。封を一つ載せて、あとは、向こうが書くのを、置いていただけだ」


 「載せたのは、封だけだ」クロイスは、地図から目を上げなかった。「書いたのは、向こうだ」


 「その書かせ方を、私は、一度、認めた」ライサの指が、取り下げの一枚に、触れた。「一人も出さずに、綴りを一つ、棚に留めた。あれを、一度だけの結果だと、私は言った。引っ込めない、とも言った。あんたの指示書で、隊員が死ぬ。それは、まだ、取り消さない」


 「取り消せとは、言っていない」


 「ああ」ライサは、指を、控えから離さない。「だが、一度だけの結果じゃ、なくなった。三枚に増えて、向こうは、自分で席を書いて、そして、止まった。あんたは、私の隊がいなくても、ここまで、綴りを留めている。なら、私の立つ場所は、第一局の端じゃない」


 クロイスは、聞いていた。


 「あんたの読んだ結果に、席を置く」ライサは、そう言った。「認める、というのは、そういうことだろう。一度の結果を認めるんじゃない。あんたが、この机で読む結果の、その側に、立つ」


 彼女は、そこで、一度、切れた。


 「ただし、見える場所で、だ。第一局の端で、指示書を渡されて、後から結果を聞くんじゃない。この机の、こちら側で。あんたが、何を読んでいるか、見えるところで。死なせるなら、私の、見ている前で、死なせろ」


 クロイスは、移籍の一枚の、移す先の欄へ目を落とした。そこには、自分の席の名がある。見える場所、というのは、この欄のことだ。第一局の端から、この机の脇へ。紙の上では、それだけの移動だった。


 「盤は、動いていない」クロイスは、白い欄を、指で示した。「向こうは、止まったままだ。この欄は、白い。あんたが、こちら側へ来ても、それは、変わらない。門は、越えられない」


 「知っている」ライサは、白い欄へ目を落とす。「越える紙が、まだ、机にないだけだろう」


 ライサは、机の端から、動いた。外套の裾が、燭台の火を、一度、傾かせる。彼女は、机の脇の椅子に、手をかけた。


 これまで、その椅子に、手をかけたことは、なかった。第一局の者として机の端に立ち、控えを見て、帰っていた。今日、彼女は、椅子をこちら側へ引く。脚が床を短く鳴らし、そこへ腰を下ろした。地図も、控えも、白い欄も、クロイスと同じ向きで、彼女の前にある。机の端から、見下ろす角度では、なかった。


 クロイスは、地図を、彼女の側へ、少しだけ回した。線の止まった先が、二人の間に来る。それだけの所作だった。ライサは、それを、動かし返さなかった。


 机の上には、四枚の控えと、移籍の一枚と、動かない地図。線は、あの一つ上の席の手前で、凍ったままだ。バルナバスには、指一本、届いていない。白い欄は、白い。下から積んだ番号では、埋まらない。それは、今日も、変わらなかった。


 だが、机のこちら側の椅子が、一つ、埋まっていた。白い欄を、下からでなく、この側から見る者が、一人、増えている。埋める紙は、まだ、机にない。それでも、見る位置だけは、変わっていた。


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