第54話 引っ込めた手
三枚目の番号が机に積まれてから、三日。正規の経路で、また一枚が机に戻ってきた。
だが、今日の一枚は、新しい起案でも、照会でもなかった。封を解く照会の取り下げだった。向こうは、一度伸ばした手を引っ込めている。棚番号は変わらず、封も解けていない。差し止めは、効いたままだ。動いたのは、照会が来た道を戻ったことだけだった。
クロイスは、取り下げの控えを、机の三枚の横に置いた。取り下げにも、判が一つ、要る。引っ込めるだけでも、席が一つ、判を押している。その番号を、動いた順に並べた三枚と、照らした。
同じだった。取り下げの判は、三枚に通っていた、あの一つ上の席のものだ。封を解こうと動いたときも、その席の判が要った。回付をやり直したときも、同じだ。そして今、引っ込めるのにも、同じ席の判が押されている。動かすのにも、止めるのにも、その席を通らなければ、どちらも、できない。
その一つ上の席が、この綴りを、動かすか、止めるか、握っている。三枚で番号が指した先の席だ。それが、今日、もう一度、同じ番号で戻ってきた。動かした判と、引っ込めた判。二つとも、同じ席のものだった。
取り下げの控えにも、回付の印が、縦に連なっていた。封の出所の席から中央の受付へ、受付から保管課へ戻っている。動かそうとしたときとは、逆の順だ。一度伸ばした照会を、来た道を辿らせて、引き戻している。封の朱は、乾いていた。日付は、三枚目の控えの翌日から、間を置かずに始まっている。動くのをやめる判断も、動かすのと同じ席から、同じ速さで、下りていた。
地図を見た。線は、中央財務の手前で、止まっている。三枚の番号が継いだ先、その一つ上の席まで。今日、線は、そこから一段も伸びていなかった。取り下げは、席を増やさない。向こうが動かなくなれば、番号は、もう増えない。線は、その席の手前で、止まったままだ。
その席の、さらに上。欄は、白いままだった。誰が、その席に、判を回させたのか。動かすときも、止めるときも、その一つ上の席は判を押したが、その席に押させた者の欄は、どちらの控えにも、白い。
書庫の扉が、外套の裾ごと開いた。ライサが入ってくる。椅子には、手をかけない。机の端まで来て、四枚を見た。
「一枚、増えたのか」
「増えていない」クロイスは、取り下げの判を、指で示した。「向こうが、引っ込めた。封を解く照会を、取り下げた。動かすのも、止めるのも、同じ席の判が要る。取り下げも、その席を通っていた」
ライサは、四枚を、上から下へ見た。それから、動いた順の三枚の、その横に置かれた取り下げの一枚に、目を止めた。
「向こうが、動かなくなった」
「動けば、番号が残る。動かなければ、残らない」クロイスは、地図の、止まった線を指で示した。「向こうは、動かないほうを選んだ。番号は、増えない。線も、この席の手前で止まる。その先の欄は、白いままだ」
ライサは、しばらく、四枚を見ていた。それから、椅子に手をかけないまま、口を開いた。
「向こうが動かなければ、あんたも、この席から先へは行けないのか」
「行けない。向こうが動く以外に、この欄を埋めるものは、今のところ、ない」
「なら」ライサの指が、取り下げの一枚の上で、止まった。「この戦い方に、私の隊の、やることは、あるのか」
クロイスは、地図から目を上げなかった。
「第一局は、中央へ、一歩も入っていない。立ち入りは、止められたままだ。それでも、差し止めは、効いている。棚のものは、棚に残った。誰も、紙の外へは、出ていない」
「一人も出さずに、綴りを一つ、棚に留めた」ライサは、繰り返すように言った。「突入も、逸脱権も、要らなかった。あんたは、私の隊がいなくても、これを、ここまで続けている」
クロイスは、答えなかった。
「答えないのが、答えか」ライサは、短く言った。責める色は、なかった。視線は、四枚から離れない。「私の隊は、この机の上には、要らない。あんたの言いたいのは、そういうことだろう」
「棚の綴りを、棚に留めるのに、要らなかった」クロイスは、地図を見たまま言った。「それだけだ。ここから先は、まだ、白い」
ライサは、四枚を、もう一度見た。何も、書き足さない。取り消しもしない。机の端から離れて、地図と四枚を一度ずつ見て、書庫を出ていった。椅子は、机の脇に残った。
机の上には、動かない地図と、四枚の控え。三枚の判番号と、取り下げの一枚だ。
クロイスは、取り下げの判を、三枚のうちの、あの一つ上の席の判の、真上に重ねた。番号は、同じだった。動かした判と、止めた判が、同じ席の、同じ番号で、二度、そこにある。動かすのも、止めるのも、その席を通る。
その一つ上の欄は、白い。動かした控えにも、止めた控えにも、その席に判を回させた者の名は、入っていない。向こうが、下の席を動かすのをやめた今、白い欄は、下から積んだ番号では、埋まらなかった。番号は、その席で、止まる。
地図の線は、その席の手前で、凍っている。向こうが、また動けば、番号は、もう一枚、戻ってくるのかもしれない。だが、向こうは、引っ込めた。動かない相手からは、番号は、増えない。
線を、その先へ進めるものは、下から積んだ番号の中には、なかった。




