第43話 控えを切った手
保管課の別綴りから、受領の控えが一枚、机に届いていた。第二局の照合請求を通して、正規の手続きで取り寄せたものだ。クロイスは書庫を出ていない。棚を開けたのも、封を解いたのも、別の手。届いたのは、紙だけだった。
控えは、バルナバスの補正の判を「正規」にした一枚だ。徴税官の判が捺された補正を、別系統の照合掛が受け、数字を突き合わせ、受領の印を切る。その控え。バルナバス本人の綴りには無い。本人が書いた側ではなく、本人の判を受けた側の記録。
クロイスは控えの端に、指を置いた。
前の生で、あと一枚で令状が出るところまで来て、取りに行けなかった一枚。受けた側の判。それと同じ位置にある紙が、いま、机の上にある。指は動かさない。紙の厚みだけを、指の腹で確かめた。
控えを読む。照合掛が突き合わせた数字、受領の日付、欄外に小さく付した註記。どれも、バルナバスが書いたものではない。バルナバスは自分の判の綴りなら、日付も順序も思うように整えられる。だが、別系統の手が控えに残した日付までは、整えられない。
その日付に、一つ引っかかった。
バルナバスの補正の判は、凶作補填を理由にしている。補填の判が下りたのは、記録では晩夏。だが控えの照合日付は、補填の判より、ひと月早い。受けの手は、まだ下りていない補正を、先に照合して、受領を切っていた。
順序が、合わない。補正の判があり、それを受けて照合があり、控えが切られる。それが正規の順だ。だが控えの日付は、判より先に立っていた。受けの手が先に動き、判が後から乗っている。本体の綴りだけを読んでいては、出てこない一行。別系統の控えと突き合わせて、初めて机に乗った綻びだった。
欄外の註記にも、目を留めた。照合掛は、突き合わせた相手の書類を、控えの隅に短く書き留める。この控えの註記が指していたのは、補填の判ではなかった。判が下りる前に回った、額面だけの照会。補填を受けての照合ではなく、判より先に動いた額を、先に合わせた記録だ。金は、判とは別の紙の上を、先に進んでいた。
クロイスは、新しく解いたわけではない。控えにある日付と、判の綴りにある日付を、並べて読んだだけだ。
ただし、まだ糸口だった。日付が一つ食い違う、それだけでバルナバスの判は崩れない。書き損じか、写し違いか、別の補正との取り違えか——潰す筋はいくつも残っている。確かめるには、控えを切った本人に、一点だけ訊く必要があった。この日付は、何の照合だったのか。
書庫の扉が開いて、ライサが一人連れて入ってきた。
「財務の照合掛だ」とライサが言った。「ヨナス。補正の受けを、十年やってる男だよ」
クロイスは、入ってきた男を見なかった。机の控えの、欄外の印を見ていた。几帳面に角の揃った受領の印。右下の角だけが、わずかに濃い。同じ手が、同じ角度で、何百枚も切ってきた印だ。クロイスにとって、それは控えを切った手であり、照合掛の登録番号であり、一つの筆跡だった。
「この受領印は、あんたの手か?」とクロイスは訊いた。
「……はい」と男は控えを覗き込み、すぐに頷いた。「私の印です。綴じ方に癖が出ますから、すぐ分かります」
几帳面に綴じられた控えの角を、男は指で軽く揃え直した。仕事の手つきだった。
「この照合の日付を訊きたい」クロイスは控えの一行を示した。「補正の判より、ひと月早い。なぜだ?」
男はその一行を見て、少し考えた。
「先に、金額の照会だけが回ってきたんです」と男は言った。「補填の判が下りる前に、額だけ合わせておけ、と。順番が前後するのは、たまにあります。急ぎの補正だと、判より先に、数字だけが動く」
「誰の指示で?」
「そこまでは、控えに残りません」男は少し言い淀んだ。「私は回ってきた数字を照合して、控えを切るだけなので。……ただ、この回し方をする補正は、決まった筋からしか来ません」
「その照会は、どこを通ってあんたに届く?」
「回付簿です」と男は答えた。「先渡しの照会でも、受付の係が一度は判を押します。誰が回したかまでは残りませんが、どの係を通ったかは、回付簿の判で辿れます」
クロイスは、回付簿の在処を訊いた。受付の係ごとに別綴りで、月締めで保管課へ下りる。男の答えは短い。バルナバスの判が触れない、もう一段下の紙。要件は、そこで終わる。
ライサが男に短く声をかける。子が熱を出したと聞いたが、もういいのか——そんな一言。男は、夜には下がりました、と小さく笑い、控えの綴じ目をもう一度確かめてから、礼をして書庫を出ていく。扉が、静かに閉まった。
クロイスは、その控えを、もう一度机の中央に置いた。判より先に立った日付。その先に、回付簿の受付の印がある。前世で取りに行けなかった一枚は、いま、机の上で開いていた。受けた手の控えから、次の一枚へ、線が伸びている。
欄外には、几帳面に揃えられた受領の印が、まだ乾いた角を残していた。クロイスにとっては、控えを切った番号の印だ。ライサは、その番号を、名前で呼んでいた。
机の上で、判より先に立った日付と、その日付を切った手の印が、並んで乾いていた。




