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王立諜報局・第二局分析官  作者: どみさん


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第40話 末端だった

 封蝋を割った跡の残る厚い綴りが、監査の経路を回って机に戻ってきた。子爵家の印は表紙の右下で半分潰れ、押し直した二重の縁が紙の繊維に食い込んでいる。割れた蝋の欠片が綴じ目に一つ残っていて、机の灯りを受けて鈍く光った。クロイスはそれを払わなかった。綴りも、まだ開かなかった。先に脇へ置いた写しを引き寄せ、頁の角を二度撫でて、原本との突き合わせに入る。


 令状の執行には出ていない。子爵フレンセン領へ向かったのは別の者で、封を割ったのも別の手だ。クロイスは庁舎の書庫を出ていない。これまで読んできたのは写しと控えで、本物が机に来たのはこれが初めてだった。写しは線が均されている。原本は、捺し損ねや擦れがそのまま残る。同じ帳簿でも、手触りが違った。


 写しと原本は、抜きの行までは寸分違わなかった。領内三カ所の徴収を水増しし、差額を別口へ流す。手口は既に確定している。写しを下ろした者は、抜きの段で筆を止めたのだろう。そこまでが立件に要る分だと判じて、その先を写さなかった。判断としては正しい。地方領主の罪は、その段までで足りる。


 だが原本にしかない一行があった。写しが切り落としていた末尾の一段——抜いた金の、次の受けだ。


 その受けの欄に判が一つ捺してある。


 クロイスの指が、頁の縁で止まった。


 番号には覚えがあった。委任元の判。地方領主の上で、名を伏せたまま番号だけで居座っていた一枚上の判だ。子爵の抜いた金は地方の棚で止まらず、この判へ向かって出ていた。受けは地方になく、中央にあった。


 クロイスは写しの束を全部、机の上に並べ直した。紙が擦れる音が、書庫の静けさの中で続いた。


 以前に作った図がある。レーフェ、フレンセン、北東の二つの領地。四つの抜きの金が、三つの口座へ収束していく線を引いた図だ。それを開いて、委任元の判の金の作り方を、一つずつ重ねていく。器を先に作り、金を後から入れる順。口座は三つ、必ず同じ並び。登録者の欄は、いつも同じ位置で空けてある。


 地方領主の抜きの全部に、同じ型が出た。


 レーフェの口座の並びと、フレンセンの口座の並びが、図の上で同じ角度で重なる。北東の二領地も、登録者の欄が同じ位置で白いまま揃っていた。別々の領主が、別々の年に、別々の徴収から抜いた金が、一つの設計の手で組まれている。三つの口座は、どの図でも同じ順で並んだ。一つ目に器を据え、二つ目で金を回し、三つ目で名を伏せる。その順番だけは、どこでも崩れていない。


 地方の摘発は、その設計の末端を二つ落としただけだった。図の上で閉じた束が二つ。残った線は、二つの束の外へ伸びて、紙の真ん中の一枚の判へ集まっていた。


 クロイスは息を、一度止めた。


 この型を、知っている。


 前の生で、一度だけ追った。立件の一歩手前まで詰めて、異動の命令で机を離れ、逃した。顔は覚えていない——人の顔は、いつまでも覚えられない。すれ違っても、翌日には消える。だが金の組み方は違う。器が先、金が後、登録者を伏せる手。その筆跡だけは、一年経っても薄れなかった。妹を奪った金を、最初に組んだ手だ。


 その手口が、この国の地方の抜きを、端から端まで貫いていた。


 机の灯りが、図の角で少し揺れた。クロイスは図を見たまま、しばらく次の手を動かさなかった。確かめるべき欄は分かっている。当てるべき番号も控えてある。手順は何も難しくない。ただ、紙の上の三つの口座が、別の机で見た同じ三つに重なって、そこから視線が外せなかった。


 クロイスはしばらく、図の上に手を置いたまま動かなかった。それから委任元の判番号を、徴税官の登録簿に当てた。新しく読み解いたのではない。図はもう描いてある。番号も温存してある。登録簿も既にそこにある。三つを照らし合わせるだけの作業だ。指は、いつもより一拍ぶん遅れて動いた。


 空いていた欄に、名が一つ入った。


 徴税官バルナバス。


 番号だけだった委任元が、名を得た。表の顔は徴税官。地方領主の上に座り、四領地の抜きを一つの設計で受けていた男の名が、登録簿の行に並んだ。地方の棚に名は無く、その上の一行に名があった。


 書庫の扉が鳴った。


 「終わったよ」とライサが言った。突入の男爵、監査の子爵、両方とも閉じた、と。机のそばで立ったまま、椅子に手もかけない。報告を済ませた者の軽い足取りで来たのに、机の上の図を見て、声の高さはそのまま、言葉だけを止めた。「あんた、何を渋い顔してる」


 「……手口を、知っている」


 「手口? 誰の手口?」


 クロイスは答えなかった。図の上に置いた一枚の判から、視線を上げない。ライサはその沈黙を一度見て、口の端を引いた。腕を組み、それ以上は訊かずに、視線だけを机の図へ落とした。


 「あんたがそういう顔するのは、初めて見るね」


 返事はなかった。ライサは図の真ん中の判に、しばらく目を留めた。番号は読めても、それが何を指すかまでは、ライサには届かない。だが机の上の空気が、男爵の突入の前とも、子爵の監査の前とも違うことは、立っているだけで伝わったらしい。


 「片がついたって言いに来たんだけどね」


 ライサはそう言って、それきり黙った。机の上で、灯りの芯がひとつ鳴った。


 男爵と子爵の束は、二つとも閉じた。閉じた束は、図の端で二つ、線を切られて止まっている。だが図の真ん中に残った判は、地方の棚のどこにもない。落ちた末端は二つ、その上へ伸びた線は一本、紙の中心の判へ集まったまま太く残っていた。受けは中央に座っていた。前の生で一度だけ追って逃した設計が、この国の金の中心で、徴税官の名を一行持って止まっていた。


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