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王立諜報局・第二局分析官  作者: どみさん


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第39話 囲えない相手

 局長室の扉は、書庫より重い。事務官が先に開けて、判を捺してもらう紙の束をクロイスの腕から受け取った。中へは一人で入る。


 ハーグレイヴは窓を背にして立っていた。外套は脱がず、肩にかけたままだ。机の端の燭台は、昼でも芯を落としていない。出した起案が、その机の上に開いて置かれていた。


 「フレンセン領、監査の起案。読んだ」


 声は低く、扉の高さのまま動かない。クロイスは机の前で止まり、座らなかった。椅子は引かれていない。


 「男爵の方は、もう片がついた」と局長は言った。「第一局が兵を入れて、その日のうちに囲った。供述も上がっている。あれは囲える相手だった」


 起案の紙を、指の背で一度押さえる。


 「子爵は囲えない」


 クロイスは番号で受けた。男爵レーフェは突入で確保した。兵で囲った。子爵フレンセンは、その手では届かない。


 「段が一つ上だ」と局長が続けた。「領地に自治の盾がある。貴族院に席がある。兵を入れる起案は、こちらの局では通らない。子爵邸の門は、突入では開かない」


 「承知しています」


 「では、何で開ける?」


 問いの欄のように短い。クロイスは答えを持っていたが、先に局長が物差しを置いた。


 「子爵を開けるには監査令状が要る。令状を出すには、金が抜かれているだけでは足りない。それは兵を入れる根拠にしかならん。令状の根拠は、会計手続きの瑕疵だ」


 局長が机を回って、起案の隣を指で示した。


 「会計年度の締めをまたいで記帳されている――そういう記帳なら、令状を出せる。どちらの年度の帳尻にも一度で照合できんものは、監査の対象になる。それが制度だ」


 クロイスは会計の専門ではない。締めの線をどこに引くかは、局長が持ち込んだ物差しだ。だが線さえ引かれれば、当てる日付はもう手元にある。


 「控えを出します」


 局長は止めなかった。クロイスは腕の中の束から、フレンセンの控えの行の写しを抜いた。新しく解読する紙ではない。何期も前に読み終えてある行だ。毎期1500が、三つの口座のうちの一つに立っている。器が先、金が後。


 写しを机に置き、二つの日付を指で示した。


 「器の開設日。金の記帳日。前から、この二つの日付に前後があります」


 「それは知っている。起案に書いてあった」


 「締めの線を引きます」


 局長が外套の内から会計暦の一枚を出し、机に重ねた。紙と紙の縁が合う音が、短く鳴る。締めの行が、控えの二つの日付のあいだに落ちた。線は、クロイスが引いたものではない。だが線が落ちた途端、手元の二つの日付が、初めて別々の年度の側に立った。


 指を動かさず、線の上と下を順に示す。


 「器の開設は、締めの行の上です。前年度の側にある。金の記帳は、締めの行の下です。新しい年度の側にある」


 締めの行を挟んで、上に器、下に金。


 「金が抜かれているなら、抜きの行は、どちらかの年度の帳尻に立ちます。前年度の欄か、今年度の欄か、どちらかに一度で入る。ですがこの抜きは、器が前年度の欄に、金が今年度の欄にあります。前年度の欄にも、今年度の欄にも、一度では入りません」


 局長の指が、締めの行の上で止まった。


 「締めをまたいでいるな」


 「器の開設と、金の記帳が、締めの行の上と下に分かれているだけです。どちらに寄せて記帳したかは、紙からは出ません」


 クロイスは、付け替えたとも、紛れ込ませたとも言わなかった。口の端まで来た語を、行に戻す。子爵がなぜ締めをまたいで記帳したのか、その行は控えにも写しにもない。あるのは位置だけだ。器が上、金が下。締めの行を挟んで分かれている、という位置の事実が紙に残っている。それより先は、紙の範囲を出る。出れば、それは記録ではなく見立てになる。


 局長がしばらく締めの行を見ていた。燭台の芯が、わずかに鳴った。


 「金が抜かれている、では兵の根拠だ」と、確かめるように言った。「締めをまたいで二つの年度に分かれている、なら令状の根拠になる」


 「位置が違うだけです。数字は前から同じです」


 局長は会計暦を巻き戻し、外套の内へ戻した。それから机を回って、引き出しから様式の違う紙を一枚抜いた。起案の薄い紙ではない。厚みがある。下の端には、封蝋の枠。


 「令状の起案として通す」


 局長が様式の上に番号を入れ、根拠の欄に締めの行のことを書かせた。クロイスは器が締めの上、金が締めの下、と位置だけを書いた。工作の語は一つも書かなかった。書く欄もない。様式の根拠の欄は、位置を書くようにできていた。


 局長が起案の末に判を通す。封蝋の枠は、まだ空いている。令状が下りて封が据えられるまで、子爵の帳簿には封がされたままだ。封がされていれば、こちらの手では割れない。令状の封が据われば、その封を割る権利が、この一枚に乗る。


 「経路は局長室から出す」と局長が言った。「正規で下ろす。子爵相手に、私紋では通らん」


 クロイスは頷いた。私紋を使う線は、初めから引いていない。


 「執行は別の者が行く。お前は机だ。子爵邸へは行くな」


 「行きません」


 事務官が呼ばれ、封蝋の枠のある厚い紙が、薄い起案の上に重ねて運ばれていった。


 男爵の門は、兵の列が囲った。子爵の門には、兵は一人も立たない。段が一つ上の門を囲うのは、封蝋の枠が一つある、この厚い一枚だ。封が据われば、令状が子爵の帳簿の封を割る。兵では届かない段に、囲う輪を掛けるのは紙の方だった。


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