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王立諜報局・第二局分析官  作者: どみさん


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第36話 損耗の欄

 七月の初め、書庫。机の上に、第一局の様式の紙が一束、置いてあった。事務官が運んできて、上に一行、経路の覚えを書き添えてある。第一局から、第二局の机を経て、第一局へ戻る――そういう順だ。


 クロイスは、現地へは行かない。男爵レーフェの領地を押さえに行くのは、第一局の領分だ。だが、その領地の記録は、こちらの棚にあった。摘発の起案を起こしたとき、領地の運用の控えも、照合のために第二局の経路へ来ている。人員の給金の控え、門の出入りの控え、金が金庫へ動く段取りの控え。第一局は、突入の段取りを立てられる。だが、領地の人がいつどこで動くかの記録までは、向こうの棚にない。だから、計画書が一度、この机を通る。


 束のいちばん上が、突入の計画書だった。突入の刻が一つ、記してある。三つのチームの配置。攻め入る経路が三筋。最後に、損耗見込みの別表が綴じてある。第一局の様式で、整って書いてある。


 別表の隅に、一つ、欄があった。損耗の欄だ。見込みの数字が、入っている。


 一割。


 階段を降りる足音がした。三十六段の途中から、歩幅で誰かは知れた。


 「読んでくれ」ライサは、机の前で止まった。座らない。「現場の段取りは、こっちで立てた。領地の中の動きは、そっちの棚だろう。突入の刻が、それで合っているか見てくれ」


 クロイスは、計画書を、領地の控えの隣へ置いた。


 ◇


 給金の控えを開く。レーフェの領地で雇われている人数が、月ごとに書いてある。常の人数と、刻ごとに詰める人数は、別だ。門に立つ者の数は、給金の出方で分かれる。昼の通しで給金が出る者と、夜の割増が出る者。割増の出る刻には、門の人数が増える。出ない刻には、減る。


 出入りの控えを、その横へ並べた。門が開く刻、閉じる刻、荷の出入りの刻。荷が動く刻には、門の方へ人が寄る。荷の出入りのない刻には、門の人数は、給金の控えの常の数まで落ちる。


 金の動く段取りの控えを、三枚目に置いた。領地内の徴収金が奥の金庫へ集まるのは、月のうち決まった刻だ。集まる刻には、金庫番の補助と護衛が奥へ寄る。寄れば、門と内庭の人数は、その分だけ薄くなる。


 三枚を、横に並べる。給金、出入り、金の段取り。三つの控えの、人数の落ちる刻だけを、指で押さえていく。三つが揃って落ちる刻が、一つあった。荷の出入りがなく、割増の出ない、徴収金が奥へ集まる刻。門の人数が常の数まで落ち、内庭の人数が金庫の方へ寄る。領地が、いちばん薄くなる刻だ。


 計画書の突入の刻を、その刻と照らした。第一局の立てた刻は、半刻ずれていた。荷の出入りのある刻に当たっている。門に人が寄り、内庭にも人がいる刻だ。攻め入る経路の三筋のうち二筋が、その刻には人数の厚い側を通っていた。第一局の別表では、その刻とその経路に、一割が入っている。


 クロイスは、突入の刻を、半刻ずらして引き直した。三つの控えの揃って落ちる刻へ合わせる。経路の三筋のうち二筋を、人数の薄くなる側へ書き替えた。門は常の数、内庭は金庫へ寄った後。記録の上で人の薄い場所を、攻め入る側が通る。


 これは、戦の冴えではない。給金の控えに人数が書いてある。出入りの控えに門の刻が書いてある。金の段取りの控えに、人が金庫へ寄る刻が書いてある。三つを横に並べて、揃って落ちる刻を読んだ。記録が、そう書いてあった。


 第一局の別表には、人数の厚い側と薄い側で、損耗の見込みが分けてあった。引き直した刻と経路を、その別表へ当てる。欄の数字は下がる。クロイスは、一割の数字に線を一つ引いた。その下に、新しい数字を入れる。


 二分。


 ◇


 ライサの前に、書き替えた計画書がある。突入の刻が、半刻ずれている。経路の二筋が、引き直してある。


 「現場を知らない男が、段取りを書き替えるな」ライサの声は、低くならなかった。「半刻ずらせと、紙に書くのは楽だ。その半刻に、門の向こうで何が動くか、あんたは見ていない」


 「見ていません」クロイスは、給金の控えを指で押さえた。「見たのは、ここです。この刻には、門の人数が常の数まで落ち、給金の割増も荷の出入りもなく、徴収金が奥の金庫へ寄ります。三つの控えが、同じ刻に揃います」


 「控えが、剣を持つわけじゃない」


 「持ちません」クロイスは、損耗の欄を指した。線で消した一割と、その下の二分だ。「持つのは、門に立つ人数です。給金の控えに、その人数が書いてあります。第一局の別表にも、その人数のときの損耗が書いてあります。引き直した刻なら、門の人数はこの数です。前の刻なら、この数でした」


 損耗の欄では、一割の上を線が一本横切り、下に二分が入っている。


 別件の経路で、ライサは、こう言ったことがあった。クロイスの紙は最適解だけ書いて、こっちの命の数は書かない、と。書けない所は、現場が決める、と。今度の紙には、命の数の欄がある。一割が線で消され、二分が入っている。その数の根拠は、現場ではなく、三枚の控えと第一局の別表の中にあった。


 ライサは、しばらく黙っている。それから、損耗の欄の二分を、指で一度押さえた。


 「計算には、文句がある」ライサは言った。「だが、この欄は……」


 言葉は、そこで切れた。ライサは、二分の数字から、指を離さなかった。


 ◇


 ライサが書庫を出ていく足音は、来たときと同じ歩幅だった。三十六段を上って、消える。


 机の上には、書き替えた計画書が残った。損耗の欄で、一割の上を線が一本横切り、その下に二分が入っている。突入の刻は、三枚の控えの揃って落ちる刻に合わせて、半刻ずれていた。荷の出入りのない刻、割増の出ない刻、徴収金が奥の金庫へ寄る刻。その一点で、領地の人数がいちばん薄くなる。


 刻は、記録から定まっている。


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