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王立諜報局・第二局分析官  作者: どみさん


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第35話 領地のある名

 七月の初め、書庫。机の上に、受任者記録の閲覧の返答が届いていた。事務官が朝のうちに置いて去った束だ。代理の朱の登録一件を起こし、その判の主は受任者の側の記録に出る――そう書いて経路へ載せた起案が、決まった順に役所を回って、紙になって戻ってきた。


 クロイスは、現地へは行かない。判の主の記録は、地方の役所の棚にある。だが、棚を開けに行く者と、欄を読む者は、別の机に座る。返答は、確かめ終わって、ここへ来た。


 控えを開く。受任を受けた側の記録だ。委任の欄、受任の欄、判の照合の欄。一葉ずつ、欄の見出しを指で辿っていく。返答の端には、戻った日付が一行、もう書き入れてある。控えの紙は、こちらへ届く前に役所の判を二つ通った跡があった。確かめ終わった紙だけが、この順でここへ来る。


 二葉目の受任の欄に、名が入っていた。


 男爵レーフェ。


 クロイスは、その一行を、指の先で押さえた。三年あの席を止めていた手は、ここまで形でしかない。ギルドの紙では名のための場所だけしか持たず、役所の登録簿では一つの判の縁にまで寄っていた。それが、この欄では、爵位を一つ持った名として書かれている。判の主の名は、委任を受けた側の記録に書かれる。にじみの下にあった名が、いまその欄に入っている。


 受任の欄の名と、登録簿の委任の欄に捺してあった判。受任者記録には、その判の照合欄もあった。二つの欄が、同じ判の番号で揃っている。登録簿の右端でにじんでいた朱と、この記録の受任者は、番号で一致する。推測ではない。判の番号が、二つの紙で同じだった。


 その名の隣に、領地の照合欄がある。地名が一つ。王都ではない。地方の領地の名だ。金が出ていた四つの領地の、その一つと同じ地名だった。


 ◇


 名が出れば、推測の要らない問いがいくつか片づく。


 代理の朱の受任者がレーフェであり、その登録の許しなしには席が動かない。三年、異動の起案が決裁の手前で止め戻されてきたのは、この受任の通りだった。一度目、二度目、三度目。止まる場所が三度とも同じだったのは、止める許しが一人の手にあったからだ。なぜ止めたかは、欄に出ない。受任が一件あること、その受任の通りに席が止まっていたこと。記録に出るのは、それだけだ。記録が、そう書いてある。


 レーフェは、地方に領地を持つ男爵だった。後ろ盾の追及は、ここで形を一つ替える。判の縁でも、欄の右端でもない。地名と爵位を持った一人の貴族が、紙の上に立った。三年、王都のギルドの席を外から止めていた手の住所が、王都ではなく地方の領地にある。記録の上で、その二つがつながった。


 ここから先は、第二局の正規の業務だ。地方に領地を持つ貴族が、王都のギルドの席を外から止めていた。摘発の起案を起こし、経路へ載せる。だが、現地で領地を押さえるのは、第一局の領分だった。ライサの局だ。


 クロイスは、摘発の経路へ名を載せる起案を、新しい紙に書き起こした。受任者記録の写し、領地の照合欄、止まった三度の起案の番号。確かめ終わったものを、決まった順に並べる。第一局へ渡る紙には、現地の段取りを書かない。書く欄が、第二局の様式にない。書けば、こちらの様式の外を一度通る。


 現地の段取りを書く側の名は、第一局の様式の中にある。ライサの局が、この名を受けて、地方の棚を開けに行く。前に一度、別の案件の経路で、第一局の起案がこちらの机を通ったことがあった。様式は違っても、確かめ終わった紙だけを回す筋は、向こうの局も同じだった。クロイスは、その手の段取りまでは読まない。読む欄が、こちらの机にはなかった。名を確かめて経路に載せるところまでが、この机の業務だ。


 ◇


 起案を揃えながら、もう一つの欄を見ていた。


 レーフェの受任の欄の、すぐ上だ。代理の朱は、レーフェがどこからか受けて、ギルドの席へ下ろしていた。受任の上には、委任の欄がある。委任元の欄だ。


 その欄は、空ではなかった。判が一つ、照合の側に控えている。受任者の判とは、別の番号だ。だが、委任元の名は、この受任者記録には書かれていない。委任を下ろした側の記録は、また一枚上の棚にある。受任の欄に名が入っても、その名へ委任を下ろした手は、もう一枚先にあった。


 後ろ盾の上に、もう一枚ある。レーフェへ代理の朱を下ろした手が、委任元の欄に判だけを残している。それが誰かは、紙に出ていない。番号は控えてあるが、番号の主の名は、この棚にない。クロイスが読めたのは、委任元の欄が一枚上にあって、別の番号の判が一つ控えている、という形までだった。中身は、まだ閲覧していない棚の中だ。


 黒幕がいる、という読みではない。委任元の欄が一枚上にあって、そこに判が一つ控えている。記録が、そう書いてある。それ以上は、欄に載らない。


 クロイスは、ペンを持つ右手の親指の側面を、左手の親指でなぞった。固い胼胝のある場所だ。固いところが、いつもの位置に収まる。それから、起案の宛先を確かめた。


 書き上げた起案の宛先は、局長ハーグレイヴの机だった。局長から、第一局へ。摘発の経路だ。名は、決裁を経て、地方の領地のある方へ向かう。レーフェの名は、王都の棚から出て、金の出どころと同じ地名の側へ、最初の宛先を持った。


 二葉目の受任の欄で、名は王都の方角を向いてはいなかった。金の出ていた領地の名の側へ、欄の端を揃えている。委任元の一枚上を読みに行くのも、その地方の棚の方だ。宮内省の方角ではない。クロイスは、その地名の隣で、起案の宛先欄に一行を引いた。


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