第27話 同じ判
六月の半ば、書庫。数日前に仕上げた図が、机に広げたままになっていた。地方の金が、三本の線で、三つの口座に集まる。その上の開設欄は、まだ空いている。
クロイスは、商業ギルド本部に、三つの口座の開設記録の閲覧を請求した。いつ、誰の判で、その口座が開かれたか。それを書いた紙だ。
事務官の言伝が、戻ってきた。登録者なしの口座の開設記録は、ギルド内部の帳面だ。外へ出す筋のものではない、と書いてある。
クロイスは、机から動かない。数日前に確かめた一覧を、請求の根に置いた。四つの離れた領地の金が、三か所の口座に収まっている。三つの口座は、同じ型で、同じ手順で作られた疑いがある。ならば、その開設記録の閲覧は、第二局の権限の内にある。クロイスは、それを書面にして、押した。
ライサが、書庫の入口で、その書面を一度見た。
「普通は、出ない紙だ」
そう言って、運ぶ手配だけを引き受けた。
数日して、ギルドが折れた。三つの口座の開設記録の写しが、事務官の立ち会いのもと、書庫に届いた。クロイスは、現地へは行っていない。今度も、紙の方を、こちらへ呼んだ。
◇
クロイスは、三つの開設記録を、机に並べた。
まず目に入るのは、揃っていないことだった。
一つ目の口座が開かれたのは、三年前の春。二つ目は、その翌年の秋。三つ目は、去年の冬だ。開いた日が、三つとも、季節ごとずれている。
申請した名も、三つとも別だった。窓口も別。一つは東の支所、一つは本部の表の受付、一つは離れた街の出張窓口。口座につけた名も、それぞれ違う。三つの口座は、どこをどう見ても、互いに関わりがないように作られていた。
散らしてある。日も、名も、窓口も。
一つが見つかっても、残りの二つは、別の口座のまま残る。三つを、別々の顔で立てておけば、一度に全部は潰れない。そういう作りだった。
クロイスは、それぞれの紙の、下のほうに目を移した。
登録者なしの口座を、本店規模で開くには、商業ギルド本部の決裁の判が要る。すべての受付と窓口を通った、その先に押される、結びの判だ。表の窓口の受付印ではない。その上に、もう一つ。クロイスは、三枚から、その結びの判だけを抜き出して、並べた。
三つとも、同じだった。
同じ位置に、同じ形の判が押してある。縁の欠け方も、押したときの傾きも、揃っている。印肉のにじみ方まで、同じだ。申請の名も、窓口も、開いた日も散らしてあるのに、結びの判だけが、一つに集まっていた。
クロイスは、開いた日を、もう一度見直した。
三つの開設日は、別々だ。だが、それぞれの口座が開かれた、すぐ後を見る。一つ目の口座が開かれた、その期から、男爵レーフェの2000の抜きが始まっている。二つ目が開かれた後に、子爵フレンセンの1500が動き出す。三つ目の口座では、北と東の領地の抜きが、その開設の後に並ぶ。先に、空の器がある。凶作補填の名目で金が動き出すのは、いつも、その器が出来た後だった。器が、先。金は、後。三つとも、その順だった。
ここまでは、紙の上にある。三つの口座は、同じ判で結ばれた。器を先に作る順も、同じだ。作り手の立場は、一つに絞れる。商業ギルド本部で、登録者なしの口座の開設に、結びの判を押せる立場。指で数えられる人数の、その一つだ。
その立場の者は、申請を、自分で出す必要はない。別の名で出された申請に、結びの判を押すだけでいい。だから、申請の名も、窓口も、開いた日も、いくらでも散らせる。散らした先の、いちばん奥の一点だけは、散らせなかった。
判には、名がある。記録に、出ている。
だが、クロイスは、その名を、設計者の名としては書かなかった。
判が、その名の本人の意思で押されたとは、この記録だけでは決まらない。確保したヴェロンは、名前を、書き写しに来ただけだと言った。誰かに言われて、空欄に名を写した。判も、同じかもしれない。本人が押した判か、上の誰かに押させられた判か。開設記録には、そこまでは出ていなかった。
もう一枚、要る。
◇
クロイスは、机の図に、手を入れた。
三本の線、三つの口座、その上の開設欄。空いていた一点に、同じ判の形だけを、一つ描き入れた。名は書かない。判の主が本人か、誰かの代わりか、決まっていない。
次に要るのは、二つ。その判を押せる立場の者の名簿だ。数は、指で足りる。もう一つは、その判が、本人の意思か、押させられた判かを、分ける材料だ。
机の端に、卵粥の椀があった。ヴィオラが、新しく置いていったものだ。湯気が、まだ立っている。クロイスは、匙に手を伸ばしかけた。だが、図の上の判が目に入って、手は、また紙へ戻った。匙は、椀の横に置いたままになった。
三つの紙の、同じ場所に、同じ判が押してある。縁の欠け方も、印肉のにじみ方も、同じだ。
散らしてあったのは、開いた日も、名も、窓口も。揃っていたのは、最後の一点だけだった。
だが、押した手を示す欄は、三枚のどこにもなかった。




