第20話 指示書を書ける場所
五月二十日の午前、書庫の机に、控えが九枚並んでいた。
第十二指示書の応答、以前 宮内省で書き写した控え、マリア保護報告、アーレン動向報告、最後尾に観察継続の余白記載。名前は紙の上に出ている。アーレン・ホロウ、庶務部・財務監査官。だが、その名前へ届く欄が、机の上にはなかった。
クロイスは新しい羊皮紙を引き寄せ、机の右側に縦へ三つ書き出した。指示書を書ける場所の候補だ。
一、庶務長官。以前 宮内省で対面した白髪の男。胸に王家私紋を帯びていた。庶務部内部処分の権限はある。だが、その権限は王女の下にある。独立して書く手ではない。
二、王女エレオノーラ。同じ折に対面した銀髪の女。家計簿に署名がある。副支部長の家計簿に、月三度、定額が並んでいた。
三、第二局以外の局長。同格の局長は王立諜報局に二名。いずれも宮内省庶務部へ指示書を書く立場ではない。
三を線で消した。一は、王女に伺う一手が間に挟まる。独立した場所ではない。残るのは二だけだった。
クロイスは家計簿署名の写しを、控えの隣に並べた。署名の角度、線の細さ、名の綴り。候補二の下に置くには、それで足りた。
新しい羊皮紙に、面会要請を書いた。宛先は王女殿下、差出は第二局・分析官三等クロイス・キリュー。用件は、庶務部財務監査官アーレン・ホロウの処遇についての協議、並びに副支部長の家計簿に確認された署名についての確認とした。持参するのは、マリア保護報告、第十二指示書応答、家計簿署名の写しの三点。
局印を押し、封筒に納めた。控えは九枚から十枚に増えた。第十三指示書ではなく、面会要請書が最後尾に加わった。
指示書を書ける場所は、宮内省にもう一つあった。書く手は向こうの手だが、紙はこちらから出す。
◇
宮内省庶務局の客間は、以前と同じだった。装飾は質素、机と椅子の脚だけが王宮級。床の絨毯は足音を吸い取る厚みがある。扉は内開き、閉まる時もほとんど音を立てない。
白髪の男が立っていた。庶務長官。穏やかな声、冷たい目、胸の私紋は左の鎖骨の下に正確に据えられている。今日も座らない。
クロイスは机の上に、三枚を順に並べた。
マリア保護報告。早朝の三刻、孤児院地下の書架五段目裏で保護した。保護施設へ移送し、外傷はなく、要観察と記されている。
第十二指示書応答。アーレン・ホロウ、庶務部の財務監査官、住所は西区西通り三番。月の十日、二十日、三十日に孤児院へ通う。
家計簿署名の写し。副支部長の家計簿。定額の支出記録に、王女の署名が並んでいる。
長官の目が、三枚を順に追った。何も言わない。指は胸の前で組まれたままだった。
部屋の奥の扉が、静かに開いた。
銀髪の女が入ってきた。青い瞳、堅実な装束、装飾はない。机の前まで八歩。一歩の幅が揃っている。靴音はほとんど立たない。
王女は机の上の三枚を見た。家計簿署名の写しの上で、視線が一拍だけ止まった。
「マリア。六歳。連れ出したのは、あなたの指示書通り」
抑揚はない。事実を読み上げる声だった。
「アーレン・ホロウ。庶務部の財務監査官。月の十日、二十日、三十日に通っていた」
「身柄拘束は、第二局の指示書では届かない場所にあります」
クロイスは言った。王女は机に手を添えた。
「届かせる場所が、ここにあります」
クロイスは家計簿署名の写しを示した。
「貴殿の署名が、副支部長の家計簿に確認されました。三ヶ月前から、月に三度、定額の支出記録に並んで」
王女は一拍だけ間を置いた。
「私の家計から、月に少し出していた。副支部長の妻リューシャは、私の幼少期の侍女の縁筋」
王女は続けた。
「副支部長は、義妹の子の世話を庶務部の文官に頼んでいた。支えは、三ヶ月続いていた」
クロイスは答えた。
「副支部長の死後計画は、貴殿の家計と、庶務部の文官の、二箇所で動いていました」
「動かしていた。今は、別の場所で動かす」
王女は机から、王家私紋の封筒を一枚 取り出した。
「指示書を書きましょう。アーレン・ホロウの身柄拘束と、庶務部内部の聴取。庶務長官の判断ではなく、私の名前で」
長官は、王女の斜め後ろに立った。以前と同じ位置取り。何も言わない。
王女が羊皮紙に書き始めた。クロイスは見ていない。視線は机の縁、絨毯の縫い目に落としている。ペン胼胝のある親指の側面を、もう片方の親指でなぞった。なぞり終わる頃、ペンの音が止まった。
王女が封蝋を押した。王家私紋。蝋は溶けたばかりで、紋の縁がまだ角を立てていない。
「第二局の控えに、これを並べなさい」
クロイスは両手で受け取った。羊皮紙は一枚、重さは思ったより薄い。封蝋の側に、指の腹を当てた。乾ききらない蝋が、わずかに温い。
「あなたは、次の指示書を書きなさい。あなたが書ける場所で」
「承知しました」
◇
五月二十日の夕方、書庫に戻った。
机の上に、新しい紙を一枚 並べた。王女の指示書、王家私紋の封蝋。控えは十枚から十一枚に増えた。
二つの封蝋が、机の上で並んだ。第二局の控えは標準色、面会要請の局印の隣。王女の指示書は、王家私紋の赤。色の違う二つの蝋が、一指分の間を空けて置かれている。
届かない場所には、別の指示書が届く。書く手は向こうの手だが、紙はこちらから出した。一つの机の上で、標準色と王家私紋の赤が、同じ高さで並んでいる。
灯りを落とした。
◇
翌朝、書庫の机に、王女からの書付が一通、置かれていた。
封の蝋は王家私紋。要請していない一通だった。
書付の中には、次に動かす場所の名前が、一つだけ書かれている。
男爵レーフェ。レオハルト派、地方領主。




