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王立諜報局・第二局分析官  作者: どみさん


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第19話 届かない場所

 五月十九日の深夜、書庫の机に、ガロウが第十二指示書の応答書付を置いた。


 封の蝋は標準色、表紙の日付は五月十九日。指示書発行から六日、追跡期限の前夜に応答が戻った。


 クロイスは封を切った。


 「追跡対象、黒い外套の男。身元判明、アーレン・ホロウ。所属、王立宮内省・庶務部・財務監査官。独身、住所は西区西通り三番」


 「日々の動線、朝は宮内省庶務局へ出仕、夕は自宅へ徒歩帰宅。月の十日、二十日、三十日に王立第三孤児院へ徒歩で通う。所要時間は半刻程度、布包みを携行、退出時には包みを持たない」


 「副支部長との直接接点、公的記録上はなし。ただし庶務局内部の月例会議に複数回、同席記録あり」


 「ヴェロン・カスパルとの接点、庶務部の財務監査官として、ヴェロンが提出する本部経理部の査定書類を受領する立場にある」


 クロイスは以前、宮内省で書き写した控えを引き寄せた。ヴェロンの査定書類の宛先欄には、宮内省庶務部。同じ宛先欄が、月の十日、二十日、三十日に、王立第三孤児院の裏手通用口で動いている。


 副支部長は、義妹の子の保護を、庶務部の文官に頼んでいた。月三度、定刻の届け物。半刻の滞在。それが三ヶ月、声に出されないまま続いていた。


 クロイスは控えの余白に短く書き加えた。


 「アーレン・ホロウは観察継続。身柄拘束は別途指示を待つ。地下踏み込みは対象退出後に行う」


 明朝の先回り保護は進める。書付を机の左端に重ね、ガロウへ返した。


 ◇


 五月二十日、早朝の三刻。私は孤児院の裏手、二街区先の路地に立っていた。


 ガロウ #11 が西の角、マルク #07 が東の角、私が南の路地。三方を押さえて、通用口の正面だけ空けている。


 早朝の空気は冷えていた。息は短く吐く。足音は立てない。


 指示書が頭に残っている。マリアを優先し、黒い外套の男は観察に留める。身柄拘束は別途指示を待つ。地下踏み込みは対象退出後に行う。男を確保しろとは書いてない。


 通用口の前に、黒い外套の男が現れた。


 徒歩、布包みを抱えている、馬車の控えなし。月の二十日、定刻だ。


 男は通用口の扉を外から開けて、地下へ降りていく。扉が閉まる音は、ほとんど聞こえなかった。


 半刻ほどで、扉がまた開いた。男が出てくる。布包みは持っていない。北東への徒歩で去っていく。マルクが角の影で、動かなかった。指示書通りだ。追跡しない。


 男の足音が遠ざかってから、私はガロウに合図を送った。マルクは裏手通用口を押さえに残す。


 私とガロウは、本館北側階段から地下へ降りた。


 地下の書架の前で、五段目の書棚に手を掛ける。手前に引くと、書架が音もなく動いた。


 書架の裏に、人ひとりが立てる程度の隠し空間。


 奥に小さな毛布。脇に、温かいパンが半分、子供用の衣服、毛糸の人形が一体置かれていた。


 毛布の上、奥の方に、子供が一人、丸まって眠っている。六歳、痩せている、頬に汚れ。


 私は名前を呼んだ。


 「マリア」


 子供が目を開けた。私を見る。声は出さない。


 抱き上げる。重さは思ったより軽い。子供は腕の中で、また目を閉じた。


 ガロウは地下階段の上で待機。私はマリアを連れて、本館北側階段から出た。路地で無紋馬車が待っていた。


 馬車に乗せる。御者が手綱を引く。第二局保護施設まで、半刻もかからない。


 馬車の窓から北東の通りを見た。あの男が去った方角。月の十日、二十日、三十日に来てた。今日も来た。子供のために来てたんだ。男を確保しろとは書いてない。観察、それだけだ。


 ◇


 五月二十日の朝、書庫の机に、二通の書付が並んだ。


 一通目、マリア確保報告。早朝の三刻、孤児院地下、書架五段目裏で保護。保護施設へ移送、外傷はなく、要観察と記されている。子供は声を出さず連れ出した。


 二通目、アーレン動向報告。定刻通り到着、布包みを地下へ運び、退出時には包みなし。観察員は二街区距離を維持、追跡せず、北東への退出経路まで確認した。


 クロイスは机の上に、三枚の紙を並べた。


 第十二指示書の応答、アーレン・ホロウ、庶務部・財務監査官。以前の控えには、ヴェロン査定書類の宛先欄が並んでいる。本日朝のマリア保護報告。


 三枚は、同じ宛先欄で繋がっている。


 副支部長から義妹リリアへの送金、ヴェロン・カスパルが本部経理部で動かした査定書類、その受領者であるアーレン、王立第三孤児院・地下のマリア。線は紙の上で、送金欄、査定書類の宛先欄、受領者欄、保護報告を順に通っている。


 副支部長は、義妹の子の保護を庶務部の財務監査官に頼んでいた。アーレンは月三度、定刻に届け物を運んでいた。


 クロイスは控えの余白に書き加えた。


 「アーレン・ホロウは観察を継続。身柄拘束は第二局権限外とする。庶務部内部処分の要請は、別経路で扱う」


 第二局の指示書は、宮内省庶務部の文官には届かない。三枚の紙は宛先欄の名前で繋がったが、その先に書く欄が、机の上にはなかった。


 届かせるなら、別の経路がある。あるいは、別の指示書を書ける場所が、まだ一つ残っている。


 机の上の控えは、八枚から九枚に増えた。第十三指示書ではなく、観察継続の余白記載が最後尾に加わった。


 ◇


 書庫に残ったのは、第十二指示書の応答、以前の控え、マリア保護報告、アーレン動向報告、観察継続の余白記載。


 身元は、紙の上に出た。第十二指示書の応答に書かれていた。


 名前はアーレン・ホロウ。宮内省・庶務部・財務監査官。


 だが、その名前は、第二局の指示書では届かない場所にあった。


 届かせるなら、別の指示書を書ける場所が、まだ一つ残っている。


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