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第17話 最後の二つ

 五月八日の朝、ガロウが書庫に入ってきた。


 第十指示書の応答書付。封の蝋は第一局の標準色。表紙には日付と、現地調査担当者の署名がある。


 ガロウは報告だけを置き、扉の外へ下がった。


 クロイスは封を切り、項目順に読んでいった。


 「王立第三孤児院、北東区。本館の北側階段から地下一階へ。地下一階に古い書庫が一室、書架が五段。書架の五段目を引くと、人ひとりが立てる程度の隠し空間が開く構造になっている。


 出入り口は二つ。本館北側階段と、孤児院裏手の通用口。通用口は外から見ると倉庫の扉だが、内部から地下へ繋がっている。


 隠し空間内部は調査せず、観察員は二街区距離を保ち続けた。ただし、書架の前の床に、子供の足ほどの小さい足跡。直近数日のうちに歩いた痕跡を確認した。


 なお本日朝、カイル・モルタは王立宮内省・出納課に通常出勤。観察員と接触なし」


 クロイスは応答書付を、机の右端、油紙の隣に置いた。


 マリア本人ではない。だが、足跡はあった。構造は把握できた。書架の段、隠し空間の広さ、出入り口の位置、観察員の配置範囲。踏み込みは可能になった。あとは時刻と人員の組み合わせを決めるだけだった。


 ◇


 クロイスは机の上の三つを、もう一度眺めた。


 油紙には「王立第三孤児院・地下、五月二十五日」と書かれている。ヴェロン数字の写しには「五、十三、二十五、七、四十二」と並ぶ。控えの余白には「五、今月」「十三、ヴェロン出勤」「二十五、カイル購入」が三行記してある。


 五つの数字のうち、三軸が動いている。残りは「七」と「四十二」だった。それぞれを別の意味として読むと、月にも日にも合わない。番号としても、年齢としても、収まりが悪い。


 「七」を別に読んでも、意味が出ない。月にも日にも合わない。


 「四十二」も同じく。日付には大きすぎる。年齢でもない。


 二つを一緒に読むと、どうか。


 七時四十二分。


 時刻として、読める。


 クロイスはペンを取り、控えの余白に追記した。


 七・四十二、七時四十二分。


 油紙の文字は「五月二十五日」までだった。だがヴェロンの指は、その日の中の正確な時刻を、別の紙の上に書いていた。五月二十五日、七時四十二分。


 ヴェロンが指で書いた順序は、五、十三、二十五、七、四十二。順番に読み解けば、五月、十三日、二十五日、七時、四十二分となる。


 月、日、日、時、分という五つの単位が、ヴェロンの指の動きの中に並んでいた。


 十三日と二十五日、二つの日付にはそれぞれ意味がある。十三日はヴェロン自身の出勤日にあたる。二十五日はカイルの蝋燭購入日であり、副支部長の指定接触日でもある。


 副支部長は、二つの日付を順序で示していた。動きの日と、接触の日。


 五月十三日に何かが動き、五月二十五日七時四十二分に接触する。


 ヴェロンの指は、副支部長の計画の時刻表だった。沈黙して座っている男が、机に指で書き写していたのは、自分が見聞きした副支部長の予定そのものだった。書き写したことを本人の声では出さず、机の上にだけ残した。


 炭粉で写されたのは、ヴェロンが声にしなかった数字だった。


 ◇


 クロイスはペンを取り、新しい羊皮紙を引き寄せた。


 〈第十一指示書〉マリア先回り保護準備


 以下、項目順に書く。


 実行日は五月二十日。五月二十五日の五日前、ヴェロン出勤日の十三日と二十七日の間隙にあたる。実行時刻は早朝の三刻から四刻、カイル・モルタ担当の観察員が休息に入る時間帯。


 実行場所は、王立第三孤児院・地下、書架五段目裏の隠し空間。


 担当は#03、#11、#07の三名体制。同時踏み込み、本館北側階段と裏手通用口の両方を同時に押さえる。


 保護経路は、地下から裏手通用口、無紋馬車、王立諜報局・第二局保護施設まで。


 補足として、カイル・モルタ担当の観察員には気付かれないこと。五月二十五日七時四十二分の地点には、第一局の張り番のみを残す。マリア本人は同地点には出さない。


 局印を押す。封筒に納め、机の左端に置く。控えは六枚から七枚に増えた。


 呼び鈴を鳴らす前に、机の上を一度だけ見渡した。油紙、ヴェロン数字の写し、控えの余白、三案羊皮紙、地区図、孤児院応答書付、第十一指示書の封筒。机の上に並ぶ紙の数は、増え続けている。


 ◇


 ガロウが第十一指示書を受け取り、外套の内側にしまった。階段を上がる足音が、徐々に遠ざかる。


 ペン先がインクから離れた。


 ヴェロンの指が机に書いた最後の二つは、時の単位だった。時刻として、紙の上で噛み合った。


 七時四十二分は、ヴェロンの指で順番に書かれていた。


 順番に、五月の中に並んでいた。月、日、日、時、分。すべてが順序を持っていた。


 五月二十日に、書架の五段目を引く。副支部長の時刻表より、五日早く動く。


 ヴェロンの指が机に描いた数字は、副支部長が決めた接触の時刻だった。だが、その時刻にマリアを置いておくかどうかは、もう副支部長が決めることではない。


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