表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/17

第16話 先回り

 五月六日の朝、書庫の机の上には、昨夜のまま三つの紙が並んでいた。


 油紙、ヴェロン数字の写し、控えの余白。三つとも、二十五日を指している。


 クロイスは、ヴェロン数字をもう一度眺めた。


 五、十三、二十五、七、四十二。


 「十三」はヴェロン出勤、「二十五」はカイル購入。二軸が動いた。残りの「五」「七」「四十二」のうち、「五」を眺める。


 今月は、五月だった。油紙の文字も、五月二十五日と書かれている。


 「五」は、月だ。五月の中で、何かが動く。


 クロイスは控えの余白に、もう一行追記した。


 五、今月。


 三軸目が、紙の上で動いた。残りの「七」「四十二」は、まだ机の上で動かない。


 ヴェロンが指で書いた順序は、五、十三、二十五、七、四十二。今月、ヴェロン出勤、カイル購入、そして二つの未解読。順序にも意味がある可能性は残る。だが、それを読むには、もう一軸動かす必要がある。


 ◇


 ペンを取り、新しい羊皮紙を引き寄せる。


 〈第十指示書〉王立第三孤児院、構造調査


 以下、項目順に書く。


 調査対象は、王立第三孤児院の所在地、地下の構造、出入り口の数、地下への階段、地下にあると推定される隠れ場所の位置。担当として#11と#07を当てる。観察員は孤児院から二街区以上の距離を保つこと。カイル・モルタ担当の観察員と接近させないこと。


 補足、孤児院内部への踏み込みは禁止する。本調査は構造のみを目的とする。マリア(六歳)の実在確認は、後段の指示書で別途行う。


 期限は五月八日まで。五月二十五日まで残り十九日、まず三日で構造を確認する。


 局印を押す。封筒に納め、机の左端の控えの隣に置いた。控えは五枚から六枚に増えた。


 クロイスは壁際の地図棚から、王都の地区図を一枚引いた。机の上に広げる。王立第三孤児院の位置を、指で押さえる。王都北東区、書庫からは徒歩で半刻あまり。孤児院から二街区離れた地点に、観察員の配置点を二つ、ペンで丸印を入れた。


 地図を畳んで、第十指示書の封筒の隣に並べた。ガロウが書庫に来るのを、待つ。


 ◇


 ガロウが第十指示書を受け取り、外套の内側にしまった。階段を上がる足音が遠ざかる。


 書庫に残ったクロイスは、新しい羊皮紙を一枚、机の中央に置いた。


 羊皮紙の上に、三つの選択肢を縦に書き並べる。


 Aの案。五月二十五日より前にマリアを保護する。先回りで動く。


 Bの案。五月二十五日当日、カイルがマリアに接触する場面を押さえる。当日に張る。


 Cの案。五月二十五日当日、リリアの代理を立てて、副支部長の指示通りに接触地点へ送る。指示を継承する。


 三案の下に、それぞれの利害を書き分ける。


 Aは、マリアを安全に押さえられる。だがカイルが「マリアの所在を読まれた」と気付き、副支部長の計画が壊れる。


 Bは、カイルの動機と計画が直接見える。だがマリアが現場の近くに置かれる。六歳の身柄を、危険のある地点に残す形になる。


 Cは、副支部長の意図を継承できる。だが代理に立つ者の安全が、副支部長の前提条件を満たさない。代理は本人ではない。副支部長は本人を指定していた。


 クロイスはペンを置いた。


 副支部長の指示は、副支部長が生きていれば成立した条件で書かれている。今、副支部長は死んでいる。指示の前提条件が崩れた以上、業務上、指示を継承しない判断もある。


 マリアは六歳。


 子供は、待たせない。記録には、そう書かない。記録には、対象者保全を優先、とだけ書く。


 Aを選ぶ。羊皮紙の左端、Aの行に、二本の線を引いた。


 ◇


 階段を降りてくる足音が、扉の向こうで近づいた。


 局長ハーグレイヴが書庫に入ってくる。机の上の羊皮紙を覗き込んだ。


 「お前、副支部長の指示を破るのか」


 「指示の前提条件が崩れています。生きている副支部長の指示として、もう処理できません」


 局長は何も言わない。机の上の三つの紙を、視線で順に追った。油紙、ヴェロン数字、控えの余白。


 ハーグレイヴは、外套の内側で腕を組んだ。


 死者の指示より、生きている子供を優先した。あいつは、それを業務の形で書く。


 局長は何も言わずに、扉のほうへ歩いた。途中で振り返らなかった。書庫の燭台が、扉の向こうへ抜ける外套の裾を、一度だけ照らした。


 扉が閉まる。


 ◇


 書庫に残ったのは、油紙と、ヴェロン数字の写しと、控えの余白と、三案を書いた羊皮紙、そして畳まれた王都北東区の地区図。


 羊皮紙のAの行の脇に、クロイスは新しい一行を加える。


 「実行は五月八日以降、第十指示書の構造調査結果を待って動く」


 もう一行、その下に書き足す。


 「マリア保護後、副支部長指示の五月二十五日地点は、第一局の張り番のみを残す。第二局分析官は現場に出ない」


 ペン先がインクから離れた。


 机の上の油紙には、五月二十五日と書かれている。


 だが、五月二十五日は、待つ日ではなくなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ