第15話 焼け残り
五月五日の夕方、私は第九指示書を持って、第一局保護施設の北棟二階に上った。
小部屋の扉を、私が叩く。中から「はい」と短い返事が返ってきた。
扉を開ける。リリアは机の向こうに座っていた。手は膝の上に組まれている。昨日、あの男が同じ机を挟んで座った位置に、今度は私が腰を下ろした。
封筒を、机の中央に置く。
「第二局から、あんたへの伝達だ」
「私への、ですか」
「副支部長から託された紙片を、二回折って、燃やしてもよい。判断はあんた本人による。第二局は結果のみを伺う」
封は切らない。指示書は、私たち第一局へのものだ。リリアに渡すのは、文面の内容だけだった。
リリアは、しばらく動かなかった。三呼吸ほどして、ようやく言った。
「燃やします」
声は静か。昨日、あの男の前で「マリアを、見つけてください」と言ったときと、同じ間隔の声だった。
「準備する」
私は立ち上がった。急かさない、勧めない。あの男の指示の中身は、そういうことだった。
◇
火皿を、机の上に置く。第一局の備品で、鉄製、底に砂が敷いてある。砂は念のため指で平らに均した。砂の上に蝋燭を立て、火を灯す。
布袋を、火皿の脇に用意する。燃え残りの保全用。湿気を吸わない蜜蝋紙の内張り。
リリアが懐から布の包みを取り出した。最初の固い結び目はもうない。リリアが昨日、自分の指で結び直した新しい結び目だった。
リリアが結び目を解く。中から、副支部長の小さな紙片。折り目は三本、副支部長の指でつけられた等間隔の直線のままだった。
「二回折る、と書いてあった」
リリアが小さく言った。
「既存の折り目を、二回畳めばいい」
私が答える。リリアが、紙の上の折り目に沿って、紙を二回畳んだ。畳まれた紙は、親指の腹より少し大きい程度の四角になった。
リリアが、その紙の角を、蝋燭の炎に近づける。
紙の外側が、黒く縁取られていく。火の回りは早かった。副支部長が選んだ王立書庫の上質紙は、よく燃える紙だった。
炎が、紙の中央まで進む。副支部長の筆跡の四行が、外側から順に火に呑まれていく。「困ったら」の三文字が黒くなり、「燃やせ」が灰になり、「ファルムに頼んだ」までが縁取られた。
リリアの指が、わずかに震えた。
私は息を詰めた。詰めたのは、リリアより遅かったかもしれない。十五歳の指が、長く懐に抱いていた紙を、自分で炎に入れている。私は息を詰める以外、できることがなかった。
燃え落ちる寸前、私は火皿の縁で、燃えていない端に指を添えた。完全に燃え落ちる前に、灰の上に、別のものが落ちる。
外側の上質紙は、灰になった。火皿の砂の上に、薄い黒い灰の塊と、もう一つ。
灰の中に、薄い油紙の小片が残っている。
火に強い油紙だった。外側の上質紙の下に、副支部長は油紙を一枚、挟んでいた。二回折ったときに、油紙が中央に来るように、折り目の位置を計算していた。
長い間、リリアは知らずに、それを懐に抱いていた。中身を読まずに、ただ持っていた。副支部長の計画には、リリアが読まずに持ち続けた時間まで入っていた。
◇
私は、灰の上から指で油紙を浮かせた。指の腹で、灰を払う。
油紙の表面に、薄い文字が現れた。副支部長の筆跡で、一行だけ。
王立第三孤児院・地下、五月二十五日。
場所と、日付。マリアの隠し場所と、副支部長が指定した接触日だった。
リリアは、油紙を見て、黙っていた。
「持っていく」
私は油紙を、布袋の中に灰ごと入れた。湿気を避けるためだ。
「あの男のところへ」
リリアが、頷いた。一度だけ。
◇
夜、地下書庫。
あの男は、机に向かっていた。私は布袋を、机の中央に置く。袋の口を開け、油紙を取り出して、机の上に広げた。
「燃やした。中に、これが残っていた」
あの男はペンを置いた。即断はしない。油紙の文字を、二度だけ眺めた。
「王立第三孤児院・地下」
マリアの隠し場所。
「五月二十五日」
今日は五月五日だった。二十日後。
あの男は、机の左端の控えに視線を移した。私も、その視線を追う。控えの隣の余白に、二行だけ書かれている。
十三、ヴェロン出勤。
二十五、カイル購入。
五月二十五日は、カイル・モルタがナイカ蝋燭店で蝋燭を買う日だった。ヴェロンが指で書いた五つの数字の中にも、二十五日は入っていた。
油紙の文字、控えの余白、ヴェロン数字の写し。
二十五日が、三つの紙の上で同じ場所に来た。
あの男は、ペンを取らずに、机の上の三つを順に見た。油紙、ヴェロン数字の写し、控えの余白の二行。三つとも、同じ二桁を指している。
「副支部長は、カイルの動きを知っていた」
あの男が、声に出して言った。それだけだった。
あの男は、それ以上言わない。私も、聞かなかった。書庫の燭台の灯りが、油紙の薄い文字の上に、低く落ちていた。
カイルの足音は、口封じの三ヶ月前から、紙の内側に折り込まれていた。灰の中で、二十五日だけが残った。




