第14話 内側
五月五日の朝、クロイスは書庫の机の左端を見た。
昨日の夕方までに置いた、ヴェロンの数字の写し。留置場担当者が炭粉で写し取った、ヴェロンが指で書いた順序のままの五つ。
五、十三、二十五、七、四十二。
クロイスは数字を眺めた。即断はしない。だが、五つのうち二つは、すでに別の場所で見たことがある。
「十三」。冒険者ギルド本部経理部・ヴェロン・カスパルの出勤日。月の十三日と二十七日のうち、前半の十三日と一致する。
「二十五」。カイル・モルタがナイカ蝋燭店で蝋燭を買う日。月の十日と二十五日のうち、後半の二十五日と一致する。
残りの「五」「七」「四十二」は、まだ意味を持たない。
クロイスは控えの隣の余白に、二行だけ書いた。
十三、ヴェロン出勤。
二十五、カイル購入。
一軸だけが、紙の上で動いた。残りの三つ、五、七、四十二は、机の上で動かないままだった。
十三と二十五。ヴェロンとカイル、二人の規則的な日が、ヴェロンの指の動きの中に並んでいる。だが、二人の日は別の月の中に散らばっている。何の関係で、ヴェロンの指がこの二つを並べたかは、まだ読めない。
◇
ガロウが第八指示書の応答書付を運んできた。
封の蝋は、第一局の標準色。表紙には日付と、第一局の聴取担当者の署名がある。
クロイスは封を切り、項目順に読んでいった。
「副支部長から『マリアの保護を頼まれた』事実、確認。三ヶ月前、副支部長がファルム宅を来訪し、マリアの保護を頼んだ。詳細は、別紙にて。
引き取り者の身なりと正体、ファルムは引き取り者と直接会っていない。副支部長が『信頼できる第三者に預ける』とのみ告げた。ファルムは、現在の引き取り者の名前も顔も知らない。
マリアの現在の隠し場所、不明。ファルムも探していない。副支部長から『探すな、私が言うまで』と指示されていた。
『紙を二回折って燃やせ』の意味、ファルムは副支部長から次のように聞いていた。緊急時、リリアにそう伝えれば、副支部長の元の指示が出る。物理的にどう出るかまでは、ファルム自身も知らない。ただし、リリアが副支部長の指示通り、自分の手で行う必要があるとも言われた」
クロイスは書付を、机の右端、ヴェロン数字の隣に置いた。
副支部長の計画は、リリアの指でしか開かない設計だった。三ヶ月前から、リリアの懐の中で、ずっと。
ファルムが知っていたのは、副支部長の指示そのものだけ。指示の中身は、副支部長とリリアの二人しか触れない構造になっていた。ファルムは伝達役を頼まれただけで、伝達先の名前も、保管場所も知らされていない。
◇
クロイスはペンを取った。
〈第九指示書〉リリアへの伝達依頼、第一局保護施設経由
以下、項目順に書く。
伝達内容、副支部長から託された紙片を、二回折って、燃やしてもよい。判断はリリア本人による。第二局は結果のみを伺う。実行する場合は、火を扱う場所、立ち会い、燃え残りの保全について第一局が支援する。
担当として#03を当てる。リリアの判断を待つこと。急かさず、勧めず、ただ伝えるのみ。
ペン先がインクから離れた。
階段を降りてくる足音が、扉の向こうで近づいた。
局長ハーグレイヴが書庫に入ってくる。机の脇まで来て、第九指示書を覗き込んだ。
「お前、子供に焼くか焼かないかの判断まで委ねるのか」
「副支部長の指示通りに動くなら、本人に判断を委ねるべきです」
局長は何も言わない。机の上の写しと、ヴェロン数字と、第八指示書応答を、順に視線で追った。
ハーグレイヴは、外套の内側で腕を組んだ。書庫の燭台の灯りが、机の上の三つの書付に薄く落ちる。写し、ヴェロン数字、ファルム聴取応答。
あいつなりの線引きだ。手順には入れる。判断権は奪わない。
局長は何も言わずに、扉のほうへ歩いた。途中で振り返らなかった。書庫の扉が閉まる音は、いつもより一段、低かった。
扉が閉まる。
◇
クロイスは第九指示書を封筒に納め、ガロウへ手渡した。
ガロウは封筒を、外套の内側にしまった。階段を上がる足音が、徐々に遠ざかる。書庫の扉が閉まる音は、ガロウの後ろ姿が見えなくなった後で、ほんの少し遅れて届いた。
書庫に残ったのは、写しと、ヴェロン数字の写しと、第八指示書応答の書付と、控えの五枚。
机の上の物の数は、増えた。だが、紙の内側はまだ出てこない。
原本は、リリアの懐の中にある。
リリアの指で燃やされるまで、誰の目にも触れない。
副支部長は、口封じされる三ヶ月前から、ここまで決めていた。三ヶ月、ファルムは指示を守り、リリアは紙を懐に持ち、誰一人として中身を読まなかった。
死んだ後の手順まで、副支部長は残していた。




