第12話 もう一人
午後、ライサが書庫に入ってきた。
手提げの書箱を、机の右端に置く。書箱の蓋を開ける動作は、午前の報告のときよりも一段速かった。
「ファルム・トリエスの聴取、続報です。家計簿の写しも持ってきました」
書箱から、聴取の控えと、家計簿の写しを取り出して、机の中央に並べた。
クロイスは家計簿から読みはじめた。
ファルム・トリエス、商業ギルド本部・経理補佐、勤続十年。独身で、北区集合住宅四階に半年前から住んでいる。家計簿の前半には、リリアの衣服、食費、医者にかかった記録が几帳面に並んでいた。
月の支出欄、最後の頁。月一回、固定の項目がある。三ヶ月前からだった。
受取人欄には、王都郊外・聖アルマ孤児院。受領者名はマリア、金額は銀貨二十枚。リリア宛の支出とは別の頁、別の筆圧で書かれている。
クロイスはペンを置いた。
「ファルムは、リリア以外にも、月額を支払っていた」
ライサが家計簿の頁を覗き込む。
「マリア。これは誰だ」
「聖アルマ孤児院に問い合わせる必要があります。マリアの年齢、家族関係、引き取り経緯」
クロイスは机の右端、リリアの包みの隣に、家計簿の写しを置いた。
◇
ガロウが、観察記録の続報を運んできた。
「カイル・モルタ、昨夜の引き返し地点。本日午前、観察員が現地を再確認した。引き返し地点の植え込みの根本から、紙片一枚を回収した」
ガロウは紙片を、布の保護紙に挟んだまま、机の中央に置いた。
紙片は折り跡から見て、上着の内ポケット程度の大きさ。一行だけ手書きの文字がある。
マリア/六歳/聖アルマ。
クロイスは紙片を見た。
ファルムの家計簿に、月一回、銀貨二十枚を払っていた相手。同じ名前。
「筆跡照合は」
「過去のカイル所属書類と照合中です。今日の夕方までに結果が出ます」
クロイスは新しい羊皮紙を引き寄せた。
〈第六指示書〉聖アルマ孤児院宛、第一局経由
以下、項目順に書く。
照会対象、マリア(六歳)。聖アルマ孤児院での在籍記録を確認されたい。在籍期間、退所時期、退所時の引き取り者、引き取り時の印章控え、これらを本日中に第二局へ転送願う。
担当として#03と#11を当てる。最優先で動かれたし。
ガロウが封筒に局印を押し、外套の内側にしまった。階段を上がる足音が、いつもより一段速い。書庫の扉の閉まる音も、短かった。
◇
一刻ほどして、ガロウが戻った。
第一局からの応答書付。
「聖アルマ孤児院、確認済み。マリア(六歳)は、半年前まで在籍していた。入所は四年前、両親不明で孤児として登録されていた。三ヶ月前に親族と称する者が引き取り、現所在は不明。引き取り時の身なりは黒い外套、徒歩、馬車の控えはない。退所時刻は早朝の一刻、面会の記録もない。引き取り時の印章は孤児院に控えがあり、第一局が押収済み。控えを別添」
書付の下に、もう一枚。蝋紙に挟まれた印章の写しがある。
クロイスは印章の写しを取り上げた。
王立宮内省・出納課の印を、私的に加工したもの。出納課の意匠の上から、別の細かい線が彫り込まれている。一本ずつ意味のある線ではない。だが、組み合わせには見覚えがある。
カイル・モルタが、ナイカ蝋燭店で釣り銭を受け取らないという証言。書類に押印するときの癖と、手の動かし方が、近い場所に並んでいる。
一致する、と断定はしない。だが、近い。
クロイスは机の左端に、印章の写しを置いた。
ライサが、机の上の並びを見た。
左端から、リリアの包み、ファルムの家計簿、カイルの紙片、孤児院の応答書付、印章の写し。
マリア、六歳。
名前は、紙の上にあった。所在は、紙の上にはなかった。
短い時間、机の上で何も動かなかった。
クロイスは、ペンを取らない。
「リリアに集中していた」
声に出さず、ではなく、声に出して言った。
「もう一人を、見落とした」
ライサは何も言わない。机の右端のリリアの包みに、目を一度落としてから、クロイスに視線を戻した。
ライサの視線は、印章の写しと、孤児院の応答書付の間で、一度だけ止まった。引き取り者の身なり、黒い外套、徒歩、早朝の一刻。輪郭は描けるが、顔がない。
「あんた、今度は間に合うのか」
「読めるのは、経路です。間に合うかは、現場の動きです」
ライサは小さく息を吐いた。それから、机の上の並びの脇に立った。包みも、家計簿も、紙片も、応答書付も、印章も。何一つ動かさないまま、立った。
◇
夕方、クロイスは新しい羊皮紙を引き寄せた。
〈第七指示書〉聖アルマ孤児院・周辺地域宛
マリア(六歳)の三ヶ月前の引き取り経路を追跡されたい。引き取り者が偽の親族である可能性を前提に、孤児院から退所後の足取りを段階的に拾う。退所日、退所時刻、引き取り者の身なり、馬車・徒歩の別、退所後の目撃証言を、それぞれ別葉に記録されたい。
ペン先が、紙の繊維に黒を沈める。
マリア、六歳。
名前は紙の上にある。
所在は、紙の上にはない。




