第11話 順序
五月三日の朝、書庫の扉が叩かれた。
ガロウだった。手に書付を一通、外套の内側から取り出す。
「第一局からです。留置場、朝の取調報告」
クロイスは書付を受け取り、机の中央に置いた。封の蝋は、第一局の標準色。一晩冷えた書付の角は、机の木目より少し冷たい。
封を切る。
「ヴェロン・カスパル、本日朝の取調。核心について沈黙を継続。追加供述なし。ただし取調中、机に指で数字を書く動作が長く続いた。留置場担当者が指の軌跡を炭粉で写し取った。以下、写し取られた数字の並び」
書付の二段目に、数字が並んでいた。
五、十三、二十五、七、四十二。
五つの数字。漢数字で、一つずつ、ヴェロンが机に指で描いた順に書き写されている。間隔は不揃いだが、書く速度は一定だったと注記がある。
クロイスは数字を眺めた。即断はしない。月日にも見える。口座の末尾にも見える。ヴェロンの出勤日(十三日と二十七日)に近い数字もある。だが、一致しない。
書付の余白に、一行記す。
「ご苦労さまでした」
ペンを置く。机の右端に書付を移した。数字の並びは、まだ意味を持たない。
◇
昼前、ライサが書庫に入ってきた。
手提げの書箱を、机の右端に置く。書箱の蓋を開ける動作は、いつもより一拍ゆっくりだった。
「リリア、保護完了です。本日朝、北区集合住宅四階で身柄を確保。ファルム・トリエスは同居中。現場で抵抗なし」
クロイスは顔を上げない。
「ファルムは」
「第二局立ち合いの聴取を受け入れています。拘束はしていません。『彼女を育てている』と現場で言いました」
ライサは書箱から、聴取の控えを一枚抜いて、机の左端の控えの隣に置いた。左端には、昨日の夕方までに第四指示書と第五指示書の控えが加わり、五枚が並んでいる。
「リリアは、栄養状態は良好。十五歳、痩せてはいない。ファルムが半年、面倒を見てきた跡があります」
ライサが、書箱からもう一つ、小さなものを取り出した。
布で巻かれた包み。親指の腹ほどの大きさ。布の端は擦れているが、結び目は固い。
「リリアの懐に、これがありました。半年前から肌身離さず持っていたと、ファルムが証言。リリア本人は、副支部長が三ヶ月前に渡してくれた、と言いました」
ライサが包みを、机の右端、ヴェロンの書付の隣に置いた。
クロイスは包みを見た。布の擦れ方は、毎日触られた手の幅を示している。結び目は固いが、何度も結び直された跡はない。最初に結んだ者の手で結ばれたまま、半年。
半年前と三ヶ月前。二つの証言は、同じ時点を指していない。
「中身は」
ライサが訊いた。
「リリアの所有物です」
クロイスは包みに触れなかった。
「本人に許可を取った後に確認します。副支部長から託された物を、本人を介さずに開く理由はありません」
ライサは何も言わない。少し経ってから、包みの隣に手のひらを置いた。包みを倒さないためだけの動作だった。
◇
ライサが退出して間もなく、ガロウが別の書付を運んできた。
第一局からの催促書付。中央貴族・侯爵フリードリヒ家の脱税案件、第二局の指示書をお待ちしている、とある。
クロイスはペンを取った。返答の一行。
「侯爵案件、指示書発行は明日以降に回します。本日は本部・経理部および北区関連の精査が先です」
書付の余白にそう書き、再び局印を押した。机の左端ではなく、右端に置く。明日扱う側だった。
階段を降りてくる足音がした。
局長ハーグレイヴが書庫に入ってくる。
「お前、侯爵案件を一日後ろにずらしたな」
「リリアの所持品の確認と、ファルムの証言の精査が先です」
局長は何も言わない。机の脇まで来て、書庫の壁を見た。
ハーグレイヴは、外套の内側で腕を組んだ。
あいつは、子供の名前が出ると、業務の順序を変える。
局長はそれ以上聞かず、書庫の扉のほうへ歩いた。途中で振り返り、机の右端の小さな包みに視線を落とした。
「ガロウに、観察記録の書付を持ってこさせる」
「お願いします」
扉が閉まる。
◇
ガロウが、観察記録の書付を運んできた。
「カイル・モルタ、昨夜の動向。退勤後、徒歩で北区方面へ移動。ファルム宅から二街区手前で停止し、引き返した。停止時刻は深夜の二刻、戻る足は来た時より早い。観察員は距離を保ったため、引き返した理由は不明」
クロイスは書付を読み終え、机の右端、ヴェロンの書付と包みの近くに置く。
カイルは、リリアがそこにいないと知ったのではない。観察員が距離を保っていた以上、ファルム宅の状況をカイルが視認したわけではない。何かに気付いて、引き返した。
机の上には、三つが並んでいた。ヴェロンの数字、リリアの包み、引き返したカイルの足。
三つは、まだ繋がっていない。
クロイスはペン先をインクに沈める。
数字の並びを、控えの隣の余白に書き写した。
五、十三、二十五、七、四十二。
書き写してから、ペンを止めた。




