表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】四国転生〜459通のお祈りメールから、旅館若旦那の偽恋人になりました〜  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/36

第七話 お布団の中で、広報官の仕事について考えてみました

食後、私は満腹でベッドの上に転がりながら、撮った写真を見返す。


湯気の立つ鯛めし。

白い器の柑橘ジュレ。

箸で割ったじゃこ天の断面。

出汁をかける前と、かけた後の鯛めし。

食べかけの写真まである。


「あ、これ投稿に使えそう……」


口に出してから、はっとした。


投稿?

私は今、投稿と言った?


「広報官っぽくなってきたけんねぇ」


いよぴよさんが、座卓の端で偉そうに胸を張る。


「まだ何もわかってないわよ」

「でも、美味しいはわかったやろ?」

「それは……わかった」

「ほやけん、まずはそれでええんよ」


いよぴよさんのくせに、たまにまともなことを言う。

私はスマホの画面に映る鯛めしの写真を見つめた。


たしかに、美味しかった。

ただ、それをどう伝えればいいのかはわからない。


きれいに撮るだけでいいのか。

美味しいと書くだけでいいのか。

誰に向けて、何を、どう届ければいいのか。


画面の中の鯛めしは、さっきまで私の目の前にあったものより、よそ行きの顔をしている。

でも、食べた時の温かさまでは写っていない。

出汁の香りも、じゃこ天のかりっとした音も、湯上がりの身体にご飯が染みていく感じも、写真だけでは伝わらない。


「……難しい」


ぽつりと呟くと、いよぴよさんが小さく羽を揺らした。


「ほやけん、明日から仕事なんよ」

「急に現実に戻すのやめて」

「でも、楽しそうに見えるんよ」

「……それは、気のせい」


そう言いながら、私はもう一度スマホの画面を見た。

どの写真を残すか、どれを消すか。

考え始めている時点で、気のせいではないのかもしれなかった。


広報って、何をしたらいいんだろう。


東京で働いていた頃は、クライアントに言われた通りにバナーを作り、決められた文言を入れ、納期に追われていた。

クリック率や表示回数の数字は見ていたけれど、その向こうにいる誰かの顔まで想像する余裕はなかった。

「誰かに届ける」なんて、きれいな言葉だ。

少なくとも、あの頃の私には遠かった。


でも、今日食べた料理は、本当に美味しかった。

この旅館は、本当にきれいだった。

温泉は、本当に気持ちよかった。


それを、ちゃんと伝えたいと思ってしまった。


「……困ったな」


私は小さく呟いた。


「何が?」

「ちょっとだけ、ちゃんとやりたくなってる」

「ええことやけんねぇ」

「いよぴよさんの思惑通りみたいで、串を打ちたくなる」

「寝る前に物騒なんよ」


白いシーツ。

ふかふかの掛け布団。

ほのかに香る畳。


東京の狭い部屋で、スマホ片手に求人票を眺めながら眠っていた日々が、急に遠く感じる。

あの部屋には、いつも焦りがあった。

読まなきゃいけない本と、返さなきゃいけないメールと、消したいのに消えない不安が積み上がっていた。


私は布団にもぐり込む。

身体がゆっくり沈んだ。

温泉であたたまったせいか、指先までぽかぽかしている。


もう一度スマホの写真フォルダを開く。

今日だけで、写真が百枚以上増えていた。


松山駅。

旅館の玄関。

ロビー。

ウェルカムドリンク。

客室。

色浴衣。

夕食。


そして、鯛めし。


「……これ、どう使えばいいんだろ」


愛媛担当SNS広報官。

契約期間、半年。

肩書きだけは立派。


でも私は、四百五十九通のお祈りメールを受け取ったばかりの無職で、元婚約者に浮気されて、人生の行き先を見失った女。

そんな私に、誰かを愛媛に行きたい気持ちにさせることなんて、できるんだろうか。


写真の中の鯛めしは、ちゃんと撮れている。

けれど、出汁の香りまでは写らない。

ひと口食べた時に言葉が止まったことも、湯上がりの身体に温かさが染みたことも、写真だけでは届かない。


「……まあ、明日考えよう」


小さく呟くと、いよぴよさんが枕元で丸くなった。


「美咲ちゃんは、考えすぎなんよ」

「考えないと、また失敗するから」

「失敗しても、別の場所に転生すればええんよ」

「転職でしょ」

「転生なんよ」

「……もう、どっちでもいい」


まぶたが重い。

お腹はいっぱいで、身体はぽかぽか温かくて、外は静かで。

遠くで、どこかの部屋の戸が閉まる音がした。


明日から働く。

愛媛で、謎の広報神と。

イケメンすぎる旅館の人がいる宿を取材するのが初仕事。


不安しかない、はずなのに。

温泉の湯気と、鯛めしの香り。

曽我部さんの「ありがとうございます」という声。

それらが頭の中でゆっくり混ざって、私の意識は少しずつほどけていった。


「……広報って、まずは……美味しいって、言うところからで……いいのかな……」


最後にそう思ったところで、眠りに落ちた。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



こちらの作品もよろしくお願いします
▶ 鬼狩りの番
〜置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる〜
和風ファンタジー/鬼/大正浪漫/半人半鬼/番/契約結婚/溺愛/虐げられ
本作品の文章・タイトル・設定等の無断転載、無断複製、生成AIへの入力および学習利用を禁じます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ