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【完結】四国転生〜459通のお祈りメールから、旅館若旦那の偽恋人になりました〜  作者: 木風


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第六話 鯛めしとじゃこ天で、広報官の胃袋が寝返りました

温泉から戻ると、部屋では夕食の支度が始まっていた。


低い座卓の上に、白い器や小さな蓋物が少しずつ並べられていく。

仲居さんが手際よく料理を置くたび、湯上がりでぼんやりしていた私の意識が、ぐんぐん覚醒していった。


湯気。

器の白。

小鉢に添えられた緑。

柑橘の皮の、鮮やかな黄色。


「本日のご夕食でございます」

「……え、すごい!」


鯛のお造り。

小さな鍋には、薄く切られた魚と野菜。

炊き込みではなく、ほぐした鯛を出汁と卵でいただくタイプの鯛めし。

揚げたてらしいじゃこ天。

柑橘の皮が散らされた酢の物。

白い器に入った、みかん色のジュレ。


品数が多い。

色がきれい。

何より、どれもこれも全部美味しそう。


さっき温泉で「駅弁を食べすぎた」と反省したはずなのに、胃袋がもう次の戦いに備え始めている。

人間の欲とは恐ろしい。


「写真を撮ってもいいですか?」

「もちろんでございます」


スマホを握る私を見て、仲居さんがにこりと笑う。

その許可を得た瞬間、私の中の何かが切り替わった。


角度。

明るさ。

器の配置。

湯気。

箸を置く位置。

背景に余計なものが入らないか。


座卓の周りを移動しながら、夢中でシャッターを切った。

畳に膝をつき、少し身体を乗り出す。

光が器の縁に当たる角度を見ながら、スマホの画面を指で明るくした。


「まず全体。次に鯛めし。じゃこ天は寄りで……あ、湯気が消える前に撮らなきゃ」

「急に仕事の顔になったけんねぇ」


肩の上で、いよぴよさんが感心したように言う。


「黙って。今、忙しい」

「ワシも撮る?」

「見えないでしょうが」

「心の目で写すんよ」

「そういう精神論、求人票の『やりがいのある職場』くらい信用できない」


言いながらも、ひたすら連射。

気づけば、同じ鯛めしだけで二十枚以上。

じゃこ天は十五枚。

柑橘ジュレに至っては、器の透け感がきれいで、無駄に三十枚近く撮っていた。


無駄ではない。

たぶん。

少なくとも、未来の私が何かの投稿に使うかもしれない。

使わなくても、見返した時にお腹が空く写真にはなる。


「……瀬川様」


ふいに声をかけられて振り向くと、襖のそばに曽我部さんが立っていた。


「失礼しました。お食事はいかがでしょうか」

「あっ、すみません!まだ食べてなくて!」


慌ててスマホを下ろす。

食事の前に料理を撮りまくっている女を見られた。

しかも、座卓の周りをうろうろしながら。


曽我部さんは座卓の上と、私の手元のスマホを見比べて、目元を和ませる。


「ずいぶん熱心に撮っていらっしゃいますね」

「その、明日から広報って聞いていたので。せっかくなら記録しておこうかなと」


言い訳のように言ってから、我ながら驚いた。

あれだけ怪しい内定だの、四国転生だの、ブラックだの文句を言っていたくせに。

私はもう、広報の仕事らしいことをしようとしている。


たぶん、料理がきれいだったからだ。

この宿を少しでもよく見せたい、というより、目の前にあるものを雑に扱いたくなかった。

そう思ってしまうくらいには、この場所に心を動かされている。


曽我部さんの声が、やわらかくなった。


「ありがとうございます」

「え?」

「料理長も喜ぶと思います。食べる前に、そこまで丁寧に見てくださる方は多くありませんから」


褒められた、のだろうか。

わからないけれど、指先が落ち着かなくなる。

スマホの画面を消そうとして、うっかりもう一枚シャッターを切ってしまった。


「すみません」

「いえ。よろしければ、あとでお写真を拝見しても?」

「えっ」

「瀬川さんがどう切り取られるのか、気になります」


仕事の話なのに、そんなふうにまっすぐ言われると、変に緊張する。


「……見せられるものが撮れていたら」

「楽しみにしています」


曽我部さんは膳の方へ視線を落とした。


「温かいうちにどうぞ。鯛めしは、まずそのまま召し上がってから、途中で出汁をかけるのがおすすめです」

「はい!」


返事が勢いよくなりすぎて、いよぴよさんが肩で小さく笑う。


「食べる気満々やけんねぇ」

「黙って」

「では、ごゆっくり」


曽我部さんが一礼して部屋を出ていく。

襖が閉まるのを確認して、私は箸を手に取る。


まずは鯛めし。

白いご飯の上に、ほぐした鯛と薬味を少しのせる。

すすめられた通り、最初はそのまま。


「……いただきます」


一口食べると、鯛の旨みと出汁の香りがふわっと広がった。


「美味しい……」


湯上がりの身体に、温かいご飯とやさしい味が染みる。

今日一日でどれだけ移動して、どれだけ文句を言って、どれだけ混乱したかわからない。

それでも今は、目の前のご飯がちゃんと美味しい。


その事実だけで、救われた気がした。


二口目を食べる。


「何これ、美味しい……」


三口目。


「待って、これ、毎日食べたら人としてだめになるやつ……」

「人としては知らんけど、広報としては正しい反応なんよ」

「美味しい……!」

「聞いとらんねぇ」


次はじゃこ天。

箸で持ち上げると、揚げたての香ばしい匂いがふわっと鼻をくすぐった。

思っていたよりずっと厚みがあって、外側はかりっとしている。

中はふわっとしているのに、魚の旨みがぎゅっと詰まっていた。


「え~!?岡山で買った冷えていたじゃこ天と全然違う!」


もう一口食べる。

噛んだ途端、じゅわっと旨みが広がって、箸を持つ手に力が入った。


「違う。これ、海を手で持てる形にしたやつだ」

「急に詩人になるけんねぇ」

「うるさい。美味しいものを食べてる時は語彙が増えるの」


鍋の魚も、酢の物も、柑橘ジュレも、どれも丁寧で美味しい。

同じ美味しいなのに、一品ずつ全部違う。


やさしい美味しい。

目が覚める美味しい。

ほっとする美味しい。

あと一口だけ、と言いながら止まらなくなるほど美味しい。


酢の物に散らされた柑橘の皮は、口の中をさっぱりさせてくれる。

ジュレは透き通ったみかん色で、スプーンを入れるとぷるんと揺れた。

甘いのに重くなくて、最後までちゃんと愛媛がいる。


気がつくと、私はほとんど黙ったまま食べ続けていた。

さっきまでいよぴよさんに文句を言っていた口が、今は完全に食事専用になっている。


「美咲ちゃん」

「美咲ちゃん……?って、馴れ馴れしいな」

「駅弁で気持ち悪いって言っとらんかった?」

「温泉で治った」

「都合のいい胃袋なんよ。広報向きの胃袋なんよ」

「それ褒めてる?」

「たぶん」

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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