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【完結】四国転生〜459通のお祈りメールから、旅館若旦那の偽恋人になりました〜  作者: 木風


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第二十二話 大山祇神社で、ちゃんと伝えたいものが見えてきました

大山祇神社を出たあと、亮平さんは車を少し走らせた。


神社の静かな空気が、まだ身体のどこかに残っている。

木々の影。

砂利を踏む音。

手を合わせた時の、心細いような、でも穏やかな感覚。


それが車の揺れに合わせて、ゆっくりほどけていく。

窓の外には、島の道が続いていた。


みかん畑らしい斜面。

低い石垣。

青い空。

ところどころに見える、海のきらめき。


橋の上で見た景色とはまた違う。

島の中を走っていると、海も空も少しだけ生活に近づく気がした。


「予定にはなかったお店に立ち寄っても構いませんか?」

「何のお店なんですか?」

「朝話していた香りのお店です」

「香り……」


一瞬、何のことかわからなかった。


けれど、すぐに思い出す。

今朝、車に乗った時。

柑橘系のシャンプーに変えた話をしたら、亮平さんが顔を寄せてきて、私の髪に触れて。


『甘酸っぱい香りがしますね』


その声が、耳元でよみがえる。


「……あっ」


思い出しただけで、顔が熱くなってしまう。


「美咲さん?」

「いえ、何でもありません!」

「そうですか?」

「はい。とても何でもありません」


肩の上で、いよぴよさんがぼそりと言う。


「思い出し照れなんよ」

「畑に埋めて帰ろうかな」

「みかんの肥料にされるんよ!?」


亮平さんが前を向いたまま、小さく笑った気がした。

もしかして聞こえているのだろうか。

いや、いよぴよさんは見えていないはず。

……はず、なのに。


最近、亮平さんの反応が妙に自然で、少し緊張してしまう。

何もない空間に向かって私が小声でキレても、以前ほど驚かない。

慣れさせてしまったのは私だけれど、それはそれでどうなのだろう。


車は小さな看板の前でゆっくり止まった。


白い壁に、木の扉。

入口のそばには鉢植えの柑橘の木が置かれていて、小さな青い実がいくつかついている。

窓の向こうには、淡い色の瓶が棚に並んでいた。


扉を開けると、ふわりと香りが押し寄せた。


甘いのに、甘すぎない。

鼻の奥が明るくなるような、島の空気をそのまま瓶に詰めたみたいな香り。


「わ……すごい」


声が漏れる。

店内は広くはないけれど、明るくて清潔。

木の棚には小さな精油の瓶が並び、ラベルには柑橘の名前が書かれている。


みかん。

伊予柑。

甘夏。

レモン。

柚子。


知らない名前の柑橘もいくつか。

テーブルの上には、スポイトや小さなビーカー、細長いガラス瓶が整然と並べられている。


「こちらで、オリジナルのアロマ香水を作れるそうです」

「本当に作るんですか?」

「約束しましたから」

「いや、でも、取材ですよね?」

「もちろんです」

「ですよね」


そう言いながら、私の心はかなり浮かれていた。


香水作り。

しかも、島の柑橘を使った香り。


こんなの、女子が好きに決まっている。

少なくとも、私は好き。

とても好き。


「デートなんよ」


肩の上でいよぴよさんが言う。


「取材」

「若旦那からのプレゼントつきなんよ」

「黙って」

「紙袋まで持って帰る未来が見えるんよ」

「予言しないで」


店員さんに案内され、私たちは窓際のテーブルにつく。


まずは、いくつもの精油の香りを試していく。

小さな紙に一滴ずつ香りをつけて、鼻に近づける。


「これは、みかんですね。甘い」

「優しい香りですね」


亮平さんも隣で香りを確かめる。

距離は近い。

けれど、香りを選ぶための距離だ。

そう思わないと、落ち着かない。


「こっちはレモン。すごく爽やか」

「少し鋭い感じがします」

「確かに。朝っぽいです。目が覚める香りというか」

「なるほど」


次は柚子。


「あ、好きです。これ、すごく好き」

「美咲さんは、柚子が好きなんですね」

「はい。甘すぎなくて、苦みもあって。でも明るい感じがします」

「美咲さんらしいですね。明るいけれど、軽すぎない」

「え?」


そんなふうに言われて、指先が止まった。

亮平さんは何事もなかったように、次の香りを試している。


この人は、どうしてこういうことを普通の顔で言えるのだろう。

私はごまかすように、次の紙を手に取った。


「これは……花の香りですか?」

「ジャスミンですね」

「あ、私のシャンプーにも入ってました。たぶん」

「では、少し入れてみましょうか」

「え、亮平さんが決めるんですか?」

「嫌でしたか?」

「嫌じゃないですけど」


むしろ、少し嬉しい。

でもそれを言うのは恥ずかしくて、黙って紙を並べる。


いくつか候補を試したあと、亮平さんは真剣な顔で言った。


「ベースは柚子がいいと思います」

「柚子」

「そこに、少しだけみかん。明るさを足す感じで」

「はい」

「それから、ジャスミンをほんの少し」

「ほんの少しなんですね」

「強すぎると、美咲さんの印象から少し離れる気がします」

「ぷっ。私の印象って何ですか」


聞いてから、しまったと思った。

こういう質問は、自分から沼に足を突っ込む行為だ。

浅瀬に見えて、たぶん深い。

しかも今、隣には沼の管理人みたいな顔をした若旦那がいる。


亮平さんは少し考える。


考えなくていい。

お願いだから、そんな真面目に考えないでほしい。


「よく笑って、よく食べて、よく悩む人です」

「……最後」

「でも、ちゃんと前を向こうとする」


香りの漂う静かな店内で、亮平さんの声だけがやけにはっきり聞こえる。


「だから、甘いだけの香りより、少し苦みや奥行きがある方が似合うと思います」


どう返せばいいのかわからない。

照れればいいのか、喜べばいいのか。

嬉しくて、恥ずかしくて、でも、少し泣きそうにもなる。


私のことを、そんなふうに見てくれていたのかと思うと。

そんな人が、今、隣にいるなんて。


「……亮平さん、香りの話をしてます?」

「しています」

「本当に?」

「はい」


肩の上で、いよぴよさんが首を振る。


「違うんよ」

「何が?」

「若旦那、だいぶ本音混ざっとるんよ」

「まさかぁ」

「美咲ちゃん、現実を見るんよ」

「これでも視力は1.5よ」

「肝心のもんは見えとらんけんねぇ」


亮平さんは、見えていないはずのいよぴよさんの方を一度だけ見た気がした。

気のせいだろうか。


店員さんの説明を聞きながら、私たちは小さなビーカーに精油を落とす。


柚子を三滴。

みかんを二滴。

ジャスミンを一滴。


そこに、やわらかい木の香り。


一滴落とすたびに、空気の色が少し変わる気がした。

甘さだけではない。

爽やかさだけでもない。

いくつもの香りが重なって、少しずつ知らない表情になる。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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