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【完結】四国転生〜459通のお祈りメールから、旅館若旦那の偽恋人になりました〜  作者: 木風


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第二話 寿退職のはずが、浮気されて婚約破棄になりました

去年の夏までは、自分は世界で一番幸せだと思っていた。


都内の制作会社で、Webデザイナー兼SNS広告まわりの担当として四年間働いていた。

毎月の残業時間は軽く六十時間を超え、クライアントからの無茶な要求を「お任せください!」の一言で引き受け、上司からのパワハラ紛いのプレッシャーを「はい、頑張ります!」でかわし続ける。


絵に描いたような社畜。


それでも続けられたのは、岡崎淳一という彼氏がいたから。

二十八歳。長身で、清潔感があって、休日には料理をして待っていてくれる。

私が疲れ切って彼の家に行くと、温かいご飯と「お疲れ」の一言を用意してくれる、いわゆる『いい人』。


少なくとも、あの日まではそう思っていた。


「美咲、話があるんだけど」


付き合って一年が経つ頃、淳一に近所のファミレスへ呼び出された。

向かいに座った彼の顔は、どこかぎこちない。

コーヒーの入ったカップを何度も持ち上げては、ほとんど飲まずに戻している。


もしかして、別れ話?

そう身構えたけれど——。


「岡山への転勤が決まって」

「え」

「来月から。で、その、せっかくだし……一緒に来ない?結婚しよう」


思考が、ぱたりと止まった。


プロポーズ、だ。


ファミレスのドリンクバーのジュースを、ストローでずずっとすすりながらのプロポーズ。

指輪もない。

花束もない。

フラッシュモブ……は嫌なので、それは無くてホッとした。

テーブルの上にあるのは、使いかけのおしぼりと、セットで頼んだポテトの空皿。


ドリンクバーでプロポーズ。

でも、その時の私は、それすら少し笑えて、少し可愛いと思ってしまった。


四年間、仕事に打ち込んできた。

会社を辞めれば、あの地獄の残業生活からも解放される。

淳一は『いい人』だし、岡山という新天地も悪くない。

いい加減、落ち着きたかった。


これが私の幸せかもしれない。


そう思った。


「……うん、行く」


パパパパーン♪というファンファーレとは違う、ファミレスのBGMが流れる中、二人は婚約した。

あの時の私は、運命の場面には案外、ロマンチックな演出なんてなくてもいいのだと、本気で思っていた。


こうして、四年間勤めた会社に退職願を出した。

送別会では「おめでとう!」と言われ、花束をもらい、同期の女子には「いいなあ」と羨まれ、上司には「向こうでも頑張れよ」と肩を叩かれた。


その手の重さすら、もうすぐ終わるものだと思えば我慢できた。


人生、順調。

そう思っていた。

三か月後に、全部崩れるまでは。


遠距離恋愛をしながら、十二月の結婚式に向けて東京と岡山を行ったり来たり。

料理を覚えようと毎日クックパッドとにらめっこし、近所のスーパーの特売情報をリサーチし、式の招待客の席次に悩む毎日。


新しい生活のために、私は私なりに必死だった。

知らない土地で暮らすことも、仕事を辞めることも、不安がないわけじゃない。

それでも、淳一と一緒なら大丈夫だと、自分に言い聞かせていた。


そのころから、淳一はたびたび「残業で遅くなる」と言うようになった。


遠距離になって三か月経ったある日。

結婚式の打ち合わせのために、私は前日から岡山へ来ていた。


残業で遅くなるという淳一の家で待っていると、ゴミ箱に入っていたレシートが目に入った。

本当に、何の気なしに。

丸められた紙の端に、見覚えのない地名が印字されていたから、つい手に取っただけ。


「……倉敷の、ホテル?」


日付は、「残業で遅くなる」と言っていたあの日。

二人分のディナーのレシート。

そして、ホテルのルームサービスの領収書。


その二枚が一緒になって出てきた時、脳内でパズルのピースがことごとくはまっていく音がした。


最近そっけなかったこと。

休日に「友達と飲み会」と言って出かけていたこと。

メールの返事が遅くなったこと。

電話をかけても、折り返しが翌朝になる日が増えたこと。


ああ。

全部これが答えなんだ。


不思議なくらい、頭は冷えていた。

台所に行き、湯を沸かし、お茶を淹れ、一口飲む。

湯呑みを置く音が、自分でも驚くほど小さかった。


落ち着いてから、帰ってきた淳一に言った。


「ねえ、これ何?」


レシートを差し出した手は、完全に静止していた。

淳一の顔が青ざめるのを、私は静かに見ていた。


「……ごめん」

「誰?」

「岡山支社の、中途の……」

「いつから?」

「……転勤する前の、出張の時から」


転勤が決まる前から。

何かが、ぷつりと切れた。


じゃあ、何。

あのプロポーズは、何だったの。


「遠距離って、やっぱり寂しくて」

「でも、結婚したいと思ったのは美咲だけ」

「彼女とは終わらせるつもりだし」

「仕事も辞めたんだし、岡山でやり直せばいいじゃん」


なんだか色々言い訳をされているけれど、耳に入ってくる言葉はどれも、ぬるい水みたいに胸の上を滑っていった。


つまり、あの「一緒に来ない?結婚しよう」というプロポーズは、もしかしたら後ろめたさからの勢いだったのかもしれない。

もしくは、その女性との関係を清算するための、都合のいい区切りだったのかもしれない。

いずれにせよ、私にとって最悪の解釈しかできなかった。


「わかった。婚約解消で」


涙は出なかった。

怒鳴りもしなかった。

問い詰めたいことは山ほどあったはずなのに、口にするだけの価値が、もうどこにも見つからなかった。


その場ですぐ荷物をまとめ、ビジホに移動した。

翌日、始発に近い新幹線で東京へ帰った。


窓の外を流れていく景色を見ながら、私は何度もスマホを握り直した。

退職願を取り下げるには、もう遅い。

結婚式場のキャンセル料も、招待客への連絡も、親への説明も、全部これから。


淳一と作るはずだった未来だけが、きれいに消えていた。


こうして私の、四百五十九通に及ぶ転職地獄が始まった。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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