第一話 四百五十九通目のお祈りメール
「はいはい。四百五十九通目のお祈りメール、っと……」
瀬川美咲、二十六歳。
職業、無職。
婚約、破棄済み。
絶賛、転職活動中。
「もう、今月で失業手当も終わっちゃうのに……」
スマホを片手に、机へ突っ伏した。
額が安物の天板に当たって、こつん、と虚しい音を立てる。
最初の一社目は、自信満々で受けた。
四年間、Webデザイナー兼SNS広告まわりの担当として働いてきた経験を、これでもかとアピールした。
丁寧に志望動機を書き、リクルートスーツに身を包み、前髪の角度まで整えて面接に臨んだ。
結果、一次面接落ち。
二社目。同じようにやった。
結果、二次面接落ち。
三社目。もっと気合を入れた。
結果、書類落ち。
某ハイクラス転職サイトというものに登録したのが、高望みすぎたのかもしれない。
そう思って、別の転職サイトも使い始めた。
十社落ちたあたりで「書き方が悪いのかも」と、職務経歴書を全面改訂した。
五十社落ちたあたりで「業界が合ってないのかも」と、応募先を広げた。
百社落ちたあたりで「私に問題があるのかも」と、自己分析本を三冊読んだ。
五人いたエージェントのうち、三人から連絡が途絶えた。
残り二人の返信も、だんだんテンプレの事務連絡になっていった。
二百社落ちたあたりで「きっとタイミングの問題だ」と、呪文のように唱え始めた。
三百社落ちたあたりで「もう何でもいい」と思い始めた。
四百社落ちたあたりで、私の表情から感情が消えた。
そして、四百五十九社目。
応募したのは、都内の小さな商社。
あまり有名ではないが、口コミ評価はそこそこ。
求人票の『アットホームな職場』という文言には「また言ってる」と思ったが、それでも応募した。
もう、アットホームでもホットホームでも、雇ってくれるなら何でもよかった。
書類は通った。
一次面接も通った。
二次面接も通った。
最終面接の当日の朝、私は鏡の前に立ち、自分の顔を見た。
目の下にクマ。頬はこけている。
でも、スーツだけは完璧だった。
アイロンをかけたジャケット。汚れひとつないパンプス。崩れないように固めた前髪。
四百五十八通分の不採用通知で磨かれた、戦士の貫禄である。
結果、四百五十九通目のお祈りメール。
「うぅ……もう、ビールの味もしない……」
震える指先で、スマホのメールアプリのゴミ箱アイコンをタップした。
もはや祈られすぎて、こちらが何かのご本尊になれそう。
その時だった。
足元から、突如として眩い光があふれ出した。
「え、何?何?ナニコレ!?」
あまりの光量に目を閉じると、体がふわりと浮き上がるような感覚に襲われた。
椅子の背もたれを掴もうとした手は、空を切る。
そして、次に目を開いたとき。
私は、真っ白な空間に立っていた。
「おめでとうございます。あなたには、四国の広報に転生してもらうけんねぇ」
ちょっと何を言われたのかわからない。
「……なんて?」
「四国の広報に」
「ごめん、聞き間違いじゃなかった」
やっぱり何を言っているのかわからない。
瞬きを一つした、その直後。
白い空間がぱっと消えた。
代わりに目の前へ広がったのは、一面のみかん畑。
枝いっぱいに実ったみかんが、太陽の光を受けてつやつやと光っている。
風が吹くたび、青い葉がさわさわと鳴った。
そして、その真ん中に。
みかん色をした、丸い鳥のような巨大な着ぐるみが立っていた。
「あんた。その着ぐるみ脱ぎなさいよ。話はそれからよ」
私はよろよろと歩み寄り、着ぐるみの背中に回った。
けれど、あるはずのチャックがない。
ない。
どこにもない。
背中だけじゃない。脇にも、首元にも、足元にも。
縫い目らしきものすら見当たらない。
「ワシはみかん大明神。愛媛の広報神、いよぴよさんなんよ」
「神様?ゆるキャラの間違いでしょ?」
「ゆるくはないんよ。神様なんよ」
「その語尾で説得力出ると思ってる?」
「とにかく、四国の広報に転生してもらうけんねぇ」
「転生って、普通は剣と魔法の国とかじゃないの?四国って、あの四国?」
「その四国なんよ」
「貴族でもなく?」
「四国」
「聖女でもなく?」
「四国」
「魔王討伐でもなく?」
「広報」
「それって転生っていうか、転職では?」
「いんや、転生」
私の居住地は東京だし、実家は神奈川。
四国の会社にエントリーした記憶なんてない。
というか、四国どころか、もうどこの会社にもエントリーしたくない。
求人票という単語を聞くだけで、胃が小さく縮む身体になっている。
「拒否権は?」
「ないんよ」
「はぁ!?」
「では、内定承諾書を送るけんねぇ」
「やっぱり転職じゃないの!!」
再び、私の足元が光り始めた。
みかん畑の緑と橙色が、まばゆい白に塗り潰されていく。
「ちょ、待って!せめて労働条件!雇用形態!社会保険は!?」
「そこは現地で確認なんよー」
「一番大事なところを現地任せにするなぁぁぁ!」
その光の中に、私の悲痛な叫びは吸い込まれていった。
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